いい旅夢気分

現世は夢。夜の夢こそまこと、こんな言葉はもはや語られすぎて陳腐とも言えるワードになってしまった。厨二乙!


だがそんな人間が本当にいたとしたら?現世にいる時間が夢の時間のように一瞬で、夢の時間がまことであるかのような長くながい時間夢を見ているような人間がいたとしたら?


ハイ、アタシのことです。

アタシがだんだん睡眠時間が伸びて行く病気にかかったのは5年ほど前のことだ。当時ピチピチのJKだったアタシには正直言ってイマイチ現実として捉えることができず、居眠りが多くなるくらいかなーなどと軽く考えていた。


だけどだんだんと睡眠時間が伸び、所謂フツー(笑)の生活ができなくなっていって初めて自分の置かれている状況を飲み込むことができた。

幸い夢の中の時間は現実の時間と比べてはるかに長い。これから自分がどうなるか、夢から現世に戻れなくなるまでに何をすべきか考える時間は有り余るほどあった。


でも死ぬまでにやるべきことなんて世の中に一度も出ず、小中高と順当に箱入りで育てられたアタシにはほとんどなく知人や友人に別れの言葉を告げること、身辺の整理程度しかやれることはなかった。


残された人生のほとんどの時間を夢の中で過ごすことになったアタシがしたことは夢の制御を試みることだった。残りの時間のほとんどが夢の中なら、夢を自由にできる方が面白いに決まっている。


まぁそんなこと割と簡単にできてしまったんだが。


今ではアタシの夢の中はお菓子の大陸が広がり金平糖の星が降るふわふわファンシーな感じに仕上がっている。アタシを女王にした人形の帝国と操り人形が率いるネズミの王国が絶賛戦争中でありロールケーキの城が陥落したり、プリンの要塞を攻め落としたりするのは実に痛快だ。


戦火がやまない熾烈な戦争が起こる、ふわふわファンシー世界。アタシ以外人間のいない孤独な世界。

そんな場所に、初めてアタシ以外の人間が現れた。

小さな包みを背負い妙ちきりんな模様の上着を羽織った男だ。


「初めましてマドモアゼル。私は世界を股にかけて世界中の世界を盗む大泥棒、人呼んで界賊のテネスムスでござんす」


翡翠色の瞳の男は案外流暢な日本語を喋った。


「おじさん、確かめたいんだけどさ」


翡翠色が私の言葉を待つ


「アタシの夢の中にいるってことはおじさんもアタシが生み出した夢の一部ってことだよね?人間はガワは作れても中身作るのムリだからさ、もし夢の一部なら少し解剖して今後の方にしたいんだけど」


「いやいやいや!俺は君の夢の一部なんかではないさ。少し美味しそうな甘い香りがしたからここに立ち寄っただけさ」


「夢の中に?」


思わず笑ってしまう。何をいっているのだこの男は。この正気とは言えない言葉は失敗作が誤作動を起こしてしまったから出て来たものだろう。無意識のうちに人間なぞを作っているから帝国が押され気味だったのか。マジウケる。


「言ったろう?俺は世界を盗む大泥棒だって。君の夢の世界をいただきに参上した」


「アタシの夢の世界を?」


「そうだ。俺が君の世界を盗めばこの夢と現世が入り混じった空間は消失する。君は夢を見ることができなくなる」


「夢を見られなくなるのは無理!1日のほとんどを眠って過ごしているアタシには夢の中で自由にするしかできることはないの!泥棒だかなんだか知らないけどもう消えて。マジ不快」


でも目の前の男がメレンゲの塊に変わることはなかった。


「俺はあんたに作られたわけじゃないからな。ムダムダ。まぁ嫌がられても奪って行くから賊なわけだしな。念のため確認してみただけだ。じゃあな、女王様」


男が包みから出したガラスの丸い小瓶に私が作り上げた世界が吸い込まれて行く。圧縮され、ちぎれ、かき混ぜられて世界が、アタシの魂の一部が奪われていくのがわかった。圧倒的な引力が小瓶から生まれていた。






界賊を名乗る男に夢の世界を、アタシにとっての現世を取られてしまってから、アタシはごく短い時間しか眠ることのできないようになった。

結果的に病気は治ってしまったが、アタシが築き上げてきた世界はあの男に盗まれてしまった。アタシが気づかないうちに「お詫びの品」と書かれた包みを病室に置いていったようだがそんなもので許すわけもない。

ちなみに包みの中身は小さなモミの木だった。カード付きの。


『あなたの世界を今一度頂戴する機会があれば、またお会いしましょう。


貴女の一番の味方 界賊テネスムス 』



やかましいわ

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