着色 後編
散々泣いたあとに彼女が助けを求めた瞬間、部屋に満ちていた神気が散るのを感じた。
「ねぇ、わたくしに名前をつけて」
白い少女がはにかむ。
「じゃあ君の名前はアルビノだ。君はとても白いから」
「アルビノ…アルビノね!私の名前はアルビノ!」
あぁ、人類はこれで完全に滅ぶんだな。そう直感した。無垢なる存在に名前などという俗なモノを与えた時点で完全に人間へと墜ちる。
人々が紡いできた神聖な存在を地に落としたのは俺だと、痛感した。
「あなた、どこか身を隠せるようないいところはない?部屋に残った微かな神通力を集めれば一回は転移くらいできるはず」
「転移なんてできるのか…そもそも俺は根無し草の旅商人だ。そんな場所は…」
「まぁいいわ。あなた額を貸しなさい」
かがんだ俺の額にアルビノの額が触れた瞬間、紙芝居のように部屋から野外へと景色が変わった。
飛んだ先はどこかもわからない夜の草原だった。
見渡す限りの草原の海原を風が通り抜けていく様子がわかる。草の海の上には満点の星空が広がっている。
「あなたの記憶にある1番綺麗な場所に来てみたの」
今にも降って来そうな星空に手が届きそうだ。溢れんばかりの星が、無限の光が瞬いている。
お前な、こんなところに何も考えずにと言いかけて振り向くとアルビノが座り込んでいた。
「お前!どうしたんだよ!」
「ちょっと無理しすぎたみたい…」
玉のような汗をかいて、息を切らしている。
「どうしてそんな…」
「それにしても綺麗な場所ね。世界中を旅して来たあなたが1番綺麗と感じただけあるわ…
わたしね、実は今日会う前からあなたのこと知ってたの。千里眼でこう、ビビッとあなたを覗いてね。千里眼とか未来視とかってね、映像が白黒でしか見えないの。でもあなたのことを見ている時だけは、あなたを通して見る世界は色鮮やかなの。どうしてかしら」
「無理して喋らなくていい!少し休めば良くなるから…」
「わたしはもう消えて無くなる。神になるべく生み出されて、半ば神様状態から急に人間という存在にまで降りて来た。存在を急に薄めすぎたせいで歯止めが効かないみたいなの。もうじきわたしは世界全体に溶けて無くなる」
わかるのよ、と弱々しく笑った。
「そういえば、あなたの名前を聞いてなかったわ。ずっと見ていたのに名前すら知らなかったなんてばかみたい」
彼女の手を握ろうとしても彼女に触れることができない。触れることすらできないほど存在が薄まっているのか。
「俺の名前はテネスムス。テネスムスだ!」
「テネスムス。いい名前ね」
「消える前にあなたにわたしの権能を少しだけ分けてあげるわ。目をつぶりなさい」
「消える前って…!」
認めたくはなかったが彼女が消えてしまうのは明らかだった。とりあえず彼女のいうとおり目をつぶった。星の海と草の海が瞼に阻まれて視界から消えた。
次の瞬間、唇に柔らかな感覚が触れた。永遠とも思える刹那の間の接吻。甘く、強烈な体験に驚いて瞼を上げるともう彼女はそこにはいなかった。草の海を渡る風が残された雫を葉先から落とした。思わず懐の小瓶を出してそれを受けると、雫は星の1つかのようにキラリと光った。
この輝きが彼女の一部であると、そう直感した。この輝きを集めれば彼女と再び会えると。
彼女の欠片を全部拾い集めて、もう一度会いたい。何か伝えられることなんてない。でも彼女の話をもう少しだけ聞きたい。彼女の声をもう一度だけ聞きたい。あの赤い瞳をしっかりと見つめて彼女の思いをちゃんと受け入れたいと、そう思った。
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