ハロウィーン
私が店長を務めているお店は秋葉原電気街から少し離れたところ、かろうじて「アキバ」に含まれる位置にある。秋葉原のお店としては何も珍しくない基盤や延長コードを売っているお店であるが、その手の人々からは愛されている店である。
狭く埃っぽい店の片隅に魔術グッズコーナーがある。どうやらその売り出されている魔術グッズが本当に効果のあるものらしく、たまに怪しい風貌の人物が現れてはそこのものを買ってゆく。というのもこのお店はもともと祖父が開いていたもので祖父が亡くなり私が店を継ぐことになったのがつい先日のことなのである。
陳列されているよくわからないカードやら乾燥した草にどういった効果があるかは知らないが怪しい雰囲気を漂わせるその一角が私は小さい頃から嫌いだった。
いつかそこの売り場を無くしてやると心に決めているがそれを阻止する者がいる。祖父が存命の時からバイトとしてお店で働いている牧田という男である。私は彼が大学生くらいであると踏んでいるが正確な年齢は不詳である。
「そういえばここにあった本ってどこにやりました?」
私が崩れてしまったお団子を結い直していると、牧田が掃除をしながら聞いてきた。
「あ、なんか近所の子が仮装するのにいい小道具はないかって言うから貸しちゃったよ」
今日は理由もわからずとりあえず仮装して騒ぐだけの日に成り下がってしまった日、ハロウィンなのである。
「え、それはまずいですよ」
マスクとメガネの隙間から牧田の顔色が悪くなっていくのが見えた。
「なにが」
「あれはモノホンの魔道書なんですよ」
「モノホンの」
とりあえず彼の言葉を反芻する。
「あれは開かないように前の店長が処理してくれてたんですよ。霊感あらたかなベルトで縛ってあるんですけど、霊感がある人は割と簡単にベルトを外せちゃうんですよ」
「開くとなにが起きるかはさておき貴方が思ってるほど霊感が強い人なんてそうそういないでしょ」
「知ってますか?子供って自覚してないだけで誰もが霊感やアッチ系の強いパワーを持っているんですよ?」
「それはまた、私も都合のいい相手にそんなものを貸し出してしまったなぁ」
そんな危ないものをなぜ店に置いているのか。
「とりあえずすぐにあの本を回収しましょう」
そう言い終わるのと同時に牧田は店先の錆びた自転車に乗ってハロウィンで賑わう秋葉原の街へと繰り出していった。
霊だとか魔法だとか、そんなものは小学三年生の時に読んだ小説を最後に信じなくなってしまった。所詮この世は物理法則でしか成り立っていないのだということを私は良く知っている。オカルトなんて信じるというステージに立ててすらいないのだ。
「あ!電気屋のお姉ちゃん!」
本を貸した子供である。探しにいくのと入れ違いで帰ってくるとは、つくづく運のない奴だ
「お、探しにいくまでもなく返しに来てくれたか」
うん、と頷いて子供は私に本を手渡した。
受け取った本をまじまじと見る。紫の装丁の少し古めかしい本。開いて中を見て見るがアルファベットで細かくいろんなことが書いてあるがなにが書いてあるかはわからない。
「そういえば君、これにはベルトが巻いてあったはずだったけどどこにやっちゃったのかな?」
「どっかに行っちゃった。ごめんね、お姉ちゃん」
まだ成人式を迎えていないとはいえ、申し訳なさそうに謝る子供相手に怒るほど私も子供ではない。
「まぁボロボロのベルトなんて捨てようと思ってたし、今回は許してあげる。暗くなる前に帰りな」
「ほんとうにごめんねお姉ちゃん」
そう言うと少年は帰って行った。
私の手元には少年がお詫びに置いていったハロウィンの戦利品と開いてはいけない本が残った。
開いてはいけないと言われたが少年の手によって封が切られ私の手によって開けられてしまったこの本は何も悪さをすることなく普通の本と同じように机の上でじっとしている。中身を見た人物に呪いをかける類のものであるかもしれないと恐ろしい考えが一瞬脳裏をよぎったがそんな馬鹿馬鹿しい呪いなんてものがこの世に存在しないことを思い出して胸をなでおろした。
閉店時間になっても牧田が戻ってこなかったので勝手に店を閉めて店舗二階にある自宅に引っ込んだ。ハロウィンにもオカルトにも疎い私にとっては人が多く牧田がうるさいだけの一日であった。あの怪しい本のことなど忘れて私はご飯を食べ、お風呂に入って布団に潜り込んだ。
次の日から秋葉原で異形のモノが跋扈し、怪しいグッズを売る露天商が増えたのはきっとあの本が原因ではないと思う。10月31日以来毎晩金縛りにあうことも誰もいないはずの店で物音がすることもあの本を開いたことが原因ではないだろう。
牧田があれ以来店に来なくなったことも小学生の列に明らかにヒトではないものが混じっていることも、見たことがない星座が見れられるようになったこともきっとあの本は関係がないだろう。私が仙人を名乗る男と交流を始めたこともまたあの本とは関係のないことだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます