領主と女中の夏3

 日も落ちた頃、ボルドウ領主、クロワ家の屋敷に修道服を纏った少女が帰宅した。


「ただいま戻りました」

「おかえりマリア。教会の奉仕活動ご苦労様」


 領主、ロア・ロジェ・クロワは玄関で彼女を嬉しそうに出迎えた。

 日差しの強いこの季節に、ほぼ全身真っ黒の修道服で、一日屋外での清掃活動は流石に暑かったのだろう。マリアと呼ばれた少女は、屋内に入ると同時に修道服のウィンプルを脱いで、肩まである栗色の髪を揺らした。

 その様子が少しだけ、首を振る子犬の仕草に似ていて、ロアは思わずにっこり笑う。

 マリアはそんなロアを怪訝そうに眺めた。


「何です? にこにこして」

「やっぱりマリアは存在自体が世界規模で可愛いなあと思って」

「酔ってます?」

「えッ、酔ってないよ! 平常運転だよ!」


 マリアは頭痛げにふうとため息をつく。

 平常運転でそういうことを言われても困るのだが……


「困らせちゃった? ごめんね」


 寂しげに苦笑するロアの顔を見ると、マリアの良心が少し痛む。

 確かに、あまり大袈裟にそのようなことを言われ続けるのは困るが、マリアにとって、ロアがストレートに好意を向けてくれること自体は


「…………嫌ではないですよ」


 マリアは小さな声でぼそりと呟いた。

 一方、ロアは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。


「ロア様?」

「……ロア様はそんなマリアちゃんが大好きだよーー‼」


 次の瞬間、ロアはマリアにガバリと抱きついた。


「ちょっと! もう! 汗が移ってしまいますから、離してください!」


 マリアは必死にじたばたするものの、ロアの腕は離れない。


「やだ。離れたくない。マリアの汗ならむしろ」

「それ以上言ったらさっきの発言を撤回します。貴女への認識をただの変態と改めなければなりません」


 そこまで言われて、ロアは大人しくマリアから離れた。

 さっとシャワールームへの道を空ける。


「……いつにも増して態度が変ですけど、留守中何かあったんですか?」

「ううん。別に」


 郵便配達員の言動が気になっただけ、とロアは心の中で呟いた。

 と同時に、自身の狭量さに苦笑する。


「あのね、夕食の足しにと思ってかぼちゃの冷製スープを作ったから、あとで一緒にどうかな」


 かぼちゃのスープという単語を聞いて、不機嫌そうだったマリアの表情が一瞬で晴れた。

 ロアが押さえているマリアの好物は第一にチョコチップクッキー、その次にシチュー、同順位でカボチャのスープだ。


「それは良いですね。楽しみです」


 クリーミーなかぼちゃの甘みを想像してか、彼女は幸福そうに微笑んだ。

 上機嫌にいそいそとシャワールームに向かったマリアの後姿を見送りながら、ロアは思わず口元を緩めるのだった。

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