領主の爆発

「領主様ってー、大事なものは汚したくなくてガラスケースに飾っておくタイプなの?」


 今日も突然来訪して、好き勝手にソファーに寝転がっているサキュバスに、ロアは思わず引きつった笑顔で振り返った。


「それはどういう意味かな、お嬢さん」


 この時間、マリアは買い出しに出掛けていて不在にしている。

 どうやらリィもこの屋敷について熟知してきているようで、マリアの不在時を狙った侵入が増えてきていた。


「そのままの意味よぉ。もっと具体的に言ってほしいの?」

「いや結構。露骨に言ってくるのは先生だけで充分だよ」


 ロアの言葉に、「先生って?」とリィは首を傾げる。


「昔この屋敷で家庭教師をしてた先生。最近結構な頻度で来るんだよね」


 ふぅん、とリィが頷いている間に、来客を知らせるベルが鳴る。

 この時間の来訪なら、郵便屋ではない。


「ほら来た」

「……この匂い……」


 リィは眉をひそめる。

 ロアはそれに気づかず、億劫そうにロッキングチェアから立ち上がり、玄関へと向かった。


「よォロア、相変わらずシケた面だなァ。今日はマリアちゃんの出迎えじゃないのか、残念だナー」

「マリアは出かけてるんです。人がせっかく出てきたのにいきなり失礼なこと言わないでくれますか」


 挨拶もほどほどに、半そでのTシャツを汗だくにしたライア・ロビンソンは、「暑ぃ暑ぃ」と言いながらずかずかと屋敷に入り込む。

 汗が相当気持ち悪かったのか、ライアは歩きながらTシャツを脱ぎ始めた。


「ロア、これ洗っといてー」

「うちは洗濯屋じゃありませんから! ていうか上! マリアが帰ってくる前になんか着て!」

「すぐ着るって。あとアイスティーくれ。ガンガンに冷えたやつ」

「だからうちは喫茶店じゃな……」


 居間に踏み込んだふたりを、リィが仁王立ちで迎えていた。


「相っ変わらず本当に貧相な胸ね、アマゾーヌ」


 リィにしては珍しく、遊びのない、冷たい視線だった。

 ライアはそんな彼女を見て一瞬目を丸くする。


「こりゃまた懐かしいカオがいるなァ。何年ぶり? 相変わらず出すとこ出す古風なサキュバス衣装で、若作りなことだヨ」

「るさいわッ! アンタこそ上半身裸でしょうが!」

「いや、さっきまでちゃんと服着てたし。なァ?」


 ライアは傍らのロアに同意を求めるが、ロアは状況がいまひとつ飲み込めず、眉をひそめている。


「知り合い?」

「そう言われたら古い知り合いだナ。ってかその古い名前で呼ぶのやめてくれヨ。今はライア・ロビンソン」

「コロコロ名前変える奴の名前なんていちいち覚えてられないわよ! 大体なんでアンタがここにいるわけ? テリオワ大戦で死んだんじゃなかったの?」


 テリオワ大戦とは、およそ100年前に起った大国間の大戦だ。

 この戦争の終結以降、各国は均衡状態を保っている。


「先生、ほんとにいま何歳いくつなの」

「バッカ、女性に歳聞くのはマナー違反って教えたろ?」

「いやもうその範疇超えて……」

「とにかくそこの貧相な胸の奴‼」


 ロアの言葉を遮るように、リィは叫んだ。


「ここで会ったが百年目! アンタが人の身になろうと知ったこっちゃない、ここで私はアンタに勝って、この私こそ史上最強のサキュバスだって、今度こそちゃんとクレスに証明してみせる!」


 まるで今からスポーツでも始めるかのような宣戦布告である。

 しかしそもそも、サキュバスという悪魔は戦闘を得意とする種族ではない。

 つまるところ彼女の言う勝負というのは、別の方面での意味だ。


「相変わらずお盛んだねェ、リィちゃんよォ。そんなにお望みならその勝負、乗ってやっても構わないゼ?」


 ライアは悪い顔をして笑い、ロアに向かって手を差し出した。


「空いてる客室の鍵を貸せロア。マリアちゃんが帰って来ても2階には上げるなよ?」

「貸しませんってば! うちはラブホじゃないっていうか、やるならほんとに他所でやって!?」


 ロアの必死の抵抗に、リィもライアもぎろりとロアを睨む。


「ここまで啖呵を切らせておいて部屋を貸さないなんて、私に恥をかかせる気なのぉ? これだから好きな女にすら手が出せないヘタレの領主様は」

「勝手に啖呵切ったのそっちだし私がヘタレなの関係なくない!?」


 辛辣なリィの言葉にライアも乗っかる。


「そーだそーだ、人がせっかく回りくどく『思わずキスしたくなる魅惑の口紅』をマリアちゃんに渡してけしかけたのに、チューもしねえとかありえねェわ」

「ちょッ! やっぱあの時タヌキ寝入りして!?」


「なにそれほんとヘタレ」

「ったくほんとに世話のかかる教え子だヨ。いつまでもチキってんじゃねーぞ? 先に食っちまうぞコラ」


 ちくちくと針で刺すような攻撃に、ロアはふるふると肩を震わせた。

 そして、遂に爆発する。


「うっっ……るさいわあああああ‼ 私だって好き好んでヘタレやってんじゃないよ‼ 繊細なの! 後ろ向きなの! せっかくこの自分でもどうかと思うぐらいぐちゃぐちゃな好意を相手に受け入れてもらってるのに下手に身体に手を出して嫌われたくないの‼ 

 大体私がアンタらみたいに積極的な性格だったらとっくの昔に襲ってんの! これでも滅茶苦茶我慢してんの! バカバカバカ!

 あと先生テメェさっきの台詞本気だったらここで縁切るからな!? すっぽんぽんのまま外に放り出すからな!? 公然わいせつで逮捕されてマリアにドン引かれてしまえバーカバーカ‼」


 貴族らしからぬ暴言を吐ききって、ぜーぜーと肩で息をするロア。

 そんな彼女に、リィとライアは憐れみの視線を送る。


「……ごめん、ちょっと同情しちゃったかも」

「……お前相当溜まってたんだナ。悪ィこと言ったな。すまん」


「うわーん! 憐れむなぁああ! 余計に傷つく!」


 ……その日、ロアは部屋に引きこもったまま、夕食まで姿を現さなかったという。

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