領主と女中と口紅1

「え。何お前、まだマリアちゃんと何もシてないの? だっせぇなァ」

「いきなり情緒のない下ネタ振ってくるのやめてくれませんか先生」


 夏のある日。クロワ家の屋敷を突然来訪したのは、いかにも健康そうな褐色の肌と、見事な銀髪を短く刈り込んだ女性だった。

 彼女はライア・ロビンソン。

 かつてロアがまだ少女だった頃、1か月間だけ家庭教師を務めた女性だ。

 今は隠れ里に身を隠し、怪しげな薬をつくってはこっそり売っているらしい。


 ライアはまるで我が家のようにクロワ家の居間のソファーにふんぞりかえる。


「せっかく私がとっておきの媚薬をくれてやったのにー。あの薬結構人気なんだぞ? 噂では回りまわって首都の貴族様界隈でも目をむくほどの高値で取引されてるらしいんだぞ?」

「威張るな! どうせくれるならもっと役に立つもの下さいますか!」

「じゃあ売ればいいじゃん。冗談抜きに結構良い値つくぜ?」

「……」

「ははっ、売るには勿体ないとか思ってる顔だな? どうせ鍵のかかる引き出しにでも大事にしまい込んであるんだろ~」


 図星をつかれてロアはうぐ、と黙り込む。

 それを見てライアは一層にんまりと笑った。


「お前はほんとにわかりやすいなあ。ま、人にもらったものを大事にするのは良いことだネ。そんな可愛げのあるロアちゃんにはお土産にこれをあげよう」


 そう言って、ライアは足元に置いていたリュックのポケットから人差し指サイズの小さな箱を取り出し、ロアに差し出した。


「……これは?」

「いぶかしげな眼で見ているが、別に変なものじゃないヨ?

 口紅だよ口紅。マリアちゃんにあげてみ?」


 マリアは厨房で今晩の夕食の準備をしているところだ。

 久しぶりに来訪したライアのために腕をふるってくれるらしい。


「マリアにあげるなら先生から直接渡せばいいじゃないですか。

 なんだかんだ、マリアは先生のこと慕ってますし、喜ぶと思いますよ」


 不本意ですが、とロアはしっかり付け加えた。


「それは嬉しいなァ~。でもほら、私が渡すとかえって使ってくれない気がするんだよなァ。だからお前から渡せ?」


 ずい、とライアは物をロアに押し付けた。


「私が渡したところで同じことのような気もしますけど。

 マリア、普段は口紅使わないし……」

「だからだヨ! 一番近しいお前が『使って見せて?』って渡すんだよ! そのほうが使ってくれるだろ、オーケイ?」


 ライアの妙な押しに負けて、ロアはそれを受け取った。

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