領主と女中の夏2
想定外の人物の登場に、マックスは思わず固まって、目をしばたかせた。
大地の色を彷彿とさせる朱色の長い髪、中性的で端正な顔立ち。
そして、あまりにも似合いすぎているその出で立ちは、都で流行っている男装歌劇の登場人物――それも間違いなく主役級――を思わせる。
一方で彼女の女性としてのプロポーションは抜群で、どこに視線をやっていいのか分からず、泳いでしまう。
「なにか?」
「ぁっ、いえ! いつもは女中さんが出てこられるので!」
マックスは慌てて配達物の小包を手渡す。
その様子を見て、彼女は真紅の眼を伏せ微かに笑う。
「今日は用事で出ていてね。あの子じゃなくて残念だったかな?」
そう言った彼女の顔は、笑みを作りつつもどことなく真面目だった。
「っ、いえ! 全く! あの、お元気そうで何よりです、領主様!」
そう、この女性こそ、ボルドウの引きこもり領主その人なのだ。
「ありがとう。郵便屋さんが心配してくれているとマリアから常々聞いていたよ」
それを聞いて、マックスは思わず顔を赤くした。
マックスがこの領主と対面するのは全くの初めてだ。
ではなぜ彼がこの女性を領主だと一目でわかったかというと、同郷で、同じく新卒でボルドウに赴任している警察官、トニー・マクドナルド巡査からの情報だ。
トニー巡査は赴任直後に一度だけ、領主と面会する機会があった。
そのときのことを彼はマックスにこう語った。
『男装の麗人って実在するのな。あと一緒にいたメイドさんも可愛くてやたら緊張したわ』
この言葉だけで、マックスの想像は膨らみに膨らんでいたわけだ。
「お仕事ご苦労様。いつもありがとう」
受け取りのサインをさらりと書いて、領主はマックスに伝票を渡した。
「領主様も、どうぞご自愛ください! 女中さんによろしくどうぞ!」
マックスは帽子をとって一礼し、踵を返した。
彼の午後の仕事はこれで終わり。
あとは支店に帰って帰宅するだけだ。
マックスは一刻も早く帰宅したくなった。
帰宅したらすぐにペンをとろう。
はやる気持ちを噛みしめながら、マックスは自転車のペダルをこぐ。
余談かもしれないが、彼の趣味は『執筆活動』だ。
今は、病弱で美しい女性貴族と、可憐で献身的な女中の、身分差に揺れる愛の物語を書いている。
まあ、構想のきっかけとなったその人は、あまり病弱そうにも見えなかったわけだが、そのあたりは誤差範囲だ。
今日の領主との短い会話の中で彼が得た最大の収穫は、領主の口からこぼれたこの言葉。
『あの子じゃなくて残念だったかな?』
言葉だけなら色んな捉え方ができるが、領主のあの表情からするに、女中に好意を抱いていそうなマックスに対する警戒心から出た言葉としか思えなかった。
涼やかな表情の裏に隠す激情。
しかし隠しきれない独占欲!
つまり、ああ、うん。
(尊い……!)
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