女領主とその女中~Vacances!~
あべかわきなこ
領主と女中の夏1
山間部の田舎町ボルドウの若き郵便配達員、マックス・フロイトの一日はほぼルーティンと化している。
毎朝6時、首都ロンディヌスに住む心配性の母からのモーニングコールで起床。朝食にはミルク多めのカフェオレと、こんがり焼いた厚めのトーストに、お隣のおばあさんからもらう葡萄のジャムをたっぷり塗る。
弁当を準備し、身支度を整え、午前8時に事務所に出勤。郵便の仕分け作業を手伝い、午後は愛用の自転車に跨って、ボルドウの人々に郵便物を配達しにまわる。
彼が任されている配達エリアはボルドウの北東。
配達ルートは決まっており、いつも同じ時間、同じ場所を走るので、すれ違う人も、郵便物を手渡す相手も大抵同じだ。
彼が新卒で郵便局に就職しボルドウ支店に赴任してからはや2年。
彼の目に映るボルドウは常に穏やかで、大きな変化はひとつもない。
もともと都会のせわしない生活に向いていなかったマックスには、これぐらいがちょうどいいのだ。ひとつだけ文句を言うならば、彼にとっての数少ない娯楽である漫画本の入荷が、首都に比べて1日遅いぐらいだろうか。
そんなボルドウの夏の日差しを背に受けながら、なだらかな坂をのぼる。
さて、彼の配達ルートで最後の配達先になるのがこのボルドウ領主の屋敷になる。
随分古い館で、広い庭はなかなか手入れが追い付かないのか背の高い樹が生い茂っている。その一方で門前はいつも綺麗に掃き掃除が施されていた。
マックスはあまり気にしないが、ボルドウの人々はこの屋敷を気味悪がってあまり近づかない。又聞きなので詳しいことは知らないが、約4年前、前領主が亡くなった際に、不審に思えるほどこの屋敷の関係者に不幸が続いたそうだ。
今は前領主の一人娘が家を継いでいるとのことだが、病弱で屋敷に引きこもっており、つい最近も流行り病で危篤、などという噂があったが、いつの間にか皆忘れている。
そんな、いわくありげで領民すらも詳しく内情を知らない領主の屋敷に、ほぼ毎日郵便物を配達しに入ることに、マックス自身は少しだけ誇らしさのようなものを感じている。
自分しか知らないという優越感、のようなものだろうか。
彼はいつものように門をくぐり、扉の前で呼び鈴を鳴らす。
しばらくすれば、年若く可憐な栗色の髪の女中が扉を開けて出てくる。
……いつもなら。
「お留守かな。珍しい」
普段であればすぐに扉が開くのに、しばらく待っても開く気配はない。
マックスは少しだけ肩を落とした。
いや、これまでにイレギュラーが全くなかったわけではない。
あれは春先のことだったが、マックスがいつもの通り屋敷に配達にくると、初めて見る屈強な黒いスーツの男性が出てきたことがあった。
恐る恐る聞けば、領主がしばらく留守をされるので、この屋敷の管理を任されたということだった。
委任状も見せてもらったが、後日、再び女中の少女の姿を確認したときは心底ほっとしたものだ。
念のため、彼が再度呼び鈴を押そうとしたその時。
前触れもなく、扉が開いた。
「待たせてすまない」
そんな声とともに現れたのは、まるで紳士のようなスーツベストを着用した、美しい女性だった。
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