領主と女中の誕生日4
「――もう、観劇中に眠ったら演者さんに失礼だと言ったのに。大体あんなに素敵な舞台だったのにどうして眠れるんですか?」
帰りの馬車で、向かいに座るロアにマリアは説教を始めた。
「ごめんごめん、綺麗な音楽を聴いているとつい、ね。でもマリアが楽しめたなら良かったよ」
その言葉に、マリアは口をつぐまざるを得なくなった。
演劇はこの上なく素晴らしかったし、心が躍った。
これ以上を求めるのは贅沢なのかもしれないが、それでもマリアは、「ロアも一緒に楽しんでほしかった」。
しかしそれを言うのは、やはり押しつけがましい、子供じみた我が儘なようで憚られるのだ。
「帰ったら、少し早いけど夕食にしようね。お腹減ったでしょ」
「え、でも」
マリアはその言葉に首を傾げる。
今日一日、外に出ていたのだから何も準備できていないはずだ。
しかしロアはただ微笑んでいた。
* * *
「……まあ。いつの間に」
次々とテーブルに並べられる豪華な食事を前に、マリアは思わずそうこぼした。
生ハムのサラダ、マリアの好きなかぼちゃのスープ、ほっこりじゃがいもと白身魚のグラタン、とろとろのビーフシチュー。
「今日バタバタしないように、大体昨日の間に準備しておいたんだ」
そう言って、ロアはアルコールの入っていないシャンパンの栓を開ける。
「え、でも昨日って……」
昨日の昼間はロアはずっと書斎で仕事をしていたし、マリアが夕食の片づけを終えるまでは厨房には入れなかったはずだ。
となると
「もしかして夜中に?」
「ふふ、こっそりね」
それでは観劇中に居眠るのも無理はない。
ビーフシチューは牛肉がとろとろになるまで随分煮込んであるし、相当に時間がかかっているはずだ。
だというのにいつもより早く起きて、洋服までちゃんと準備してあって。
マリアにすれば、誕生日プレゼントは、1週間前にくれたあの約束だけで十分だったのに。
(……ずるい)
馬車の中でロアの居眠りを怒ってしまったことをマリアは後悔した。
グラスにシャンパンを注ぎ終えたロアは席につき、マリアにグラスを手に取るように促す。
マリアは気を取り直してグラスを持ち上げた。
「そういえば、まだお祝いの言葉を言えてなかったね。
17歳のお誕生日おめでとう、マリア。今日はこのシャンパンだけど、もう少ししたら一緒にボルドウの葡萄酒を飲もうね」
ふたりは微笑みを交わし、グラスを掲げて乾杯をした。
「……ケーキまで準備して。昨夜はもしかして一睡もしていないのではないですか?」
食後、ロアが厨房からチョコチップクッキーのささった手作りのバースデーケーキを取り出してきたのを見て、マリアは流石にそう尋ねた。
「いやいや、流石に少しは寝たよ」
ロアはそう言い繕っているが、どこまで本当なのか怪しいところだ。
「……でも美味しいです。どれも美味しかったですけど」
「いつもマリアに美味しいものを食べさせてもらってるからね。日頃のお返しだよ。……でも少し作りすぎちゃったかな? お腹いっぱいだねぇ」
ロアはそう言って紅茶をすすった。
それから、そうだ! といわんばかりに人差し指を立てた。
「マリア、ダンスは踊ったことある?」
「ダンスですか? ないですよ、ないに決まってるじゃないですか」
マリアの脳裏に今日の舞台のワンシーンが蘇る。
『魔女と野獣』の目玉のシーンと言ってもいい、最もロマンチックな場面だ。
「……踊れたら楽しそうだな、とは思いましたけど……」
「マリア、あのシーンすごく見入ってたもんね」
「起きてたんですか?」
ロアは一応ね、とはぐらかす。
寝たふりをしてずっとマリアに寄りかかっていたのを少し後ろめたいのだろう。
しかも、舞台のほうだけでなくしっかりとマリアの様子までうかがっているとは、かなりの確信犯だ。
しかし。
「……今日は不問にします。寝不足だったのは事実でしょうし」
マリアの言葉にほっとした顔をしながら、ロアはマリアを誘う。
「よかったら少しだけ踊ってみない? 今日は風が涼しいから、庭で」
「え。でも私、ほんとに経験がなくて……」
「私がリードするから大丈夫。ちょっと食器だけ片づけてくるから、マリアは少し休憩してて」
そう言って、ロアは厨房に入っていった。
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