領主と女中の誕生日2

「マリア―、どうー?」


 ロアは試着室のカーテンの向こうに向かって声を掛ける。すると中から弾丸のような速さで返答があった。


「開けないでくださいよ!? 絶対ですからね!?」


 その返答にロアは思わず吹き出す。

 流石に試着中にカーテンを開けるような真似はしない。

 それも水着の試着中ならなおさらだ。


「……むぅ」


 下着の上から水着を試着したマリアは、しかめ面をしながらも、姿見でじっくりと自身の姿を確認する。

 上下が分かれている、いわゆるビキニタイプはやはり駄目だ。

 胸が小さいのがより貧弱に見える。

 もう少し、寄せて上げて、カップで固定すればいいのかもしれないが、所詮は一時のテクニックで、動いているうちに谷間は消える。


 そもそも、今日は水着を購入する予定などなかったし、面倒な試着などもってのほかだったのに、ロアが「演劇の開演まで時間があるし、せっかくだから夏物の洋服を見ていかない? わあ、水着が50%オフだって!」などと言葉巧みにマリアを特設の水着売り場に誘ったのである。


(確かに、「機会があれば行きます」とは言いましたけど。何もそんなに急いで水着を準備しなくてもよくないですか? いつ行くかもわからないのに……)


 ちなみにロアは試着を早々に終わらせている。

 というのも、バストサイズからして選べる水着がごく限られていたのだ。店員も苦笑する、恐ろしい胸囲である。


 一方で『どれでもお好きなものを選んでくださいね』と店員に言われたマリアは半ばヤケになりながら、試着を終えた。


「どうだった? どっちにするの?」


 試着室の目の前のソファーに座っていたロアが、にこにこしながらマリアを出迎えた。


「……必然的にこっちで」


 マリアがふてくされた顔をして持ち上げたのは、きわめてオーソドックスなワンピースタイプの水着である。


「しっくり来てない顔だね。まだ時間あるし、他のも見ない?」

「……もう試着するのに疲れました」

「んー、そう? せっかくだからマリアのお気に入りの水着を見つけてほしいんだけどなぁ」

「私は別に、機能性さえあればそれで。……ビキニ似合わないですし。特にこだわりもないですし」


 元来、マリアは衣装、装飾品、化粧品など、年頃の娘がこだわりそうなものにはあまり執着がない。

 マリアがこだわりを持つものといえば、甘いお菓子と日本ジャポンの物珍しい武器ぐらいだ。


 ロアはマリアの両肩を掴む。


「だからだよぉ。似合う、似合わないじゃなくて、着たいなって思うのを見つけてほしいんだよ。もし私がいないほうが選びやすかったら、席外してるから。ね?」

「じゃあ、そうしてもらえますか?」


 マリアの言葉にロアはうぐ、と泣きそうな顔で唇をかむ。


「ちょっと、自分で言っておいて傷つかないでくださいよ!」

「き、傷ついてないもん! 分かった、向こうの休憩スペースで座ってるから、ゆっくり決めてね! お財布も預けておくから!」


 ロアはそう言って、マリアに財布を握らせて走り去っていった。

 ひとり売り場に残されたマリアは、手に持っていた2着をもとの場所に戻し、再度別の水着を物色していく。


 しばらくして、まるで洋服のワンピースのような形の水着がマリアの目に留まる。

 大柄の花柄といい、裾のふわりとしたデザインといい、とても華やかで、色合いも爽やかだ。


(あぁ、これならきっと、可愛いと……)


 吸い寄せられるように、その水着を手に取ったとき、マリアは我に返った。


 基準が。

 基準が違う。

 自分の好みからではなく、無意識に『彼女が喜んでくれそうなもの』を選びそうになった自身に、マリアは大きくため息をついた。

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