第15話 モモとバイクのヘルメット
<モモ:桃 花言葉:天下無敵>
アリとキリギリス。
昨日、赤ん坊と楽しく過ごした幸せの後には、寒い冬が待っている。
そんなことを体験学習させてくれる、藍川ほ……。
「違うの」
…………そうでした。
見目麗しいこちらの方は、お姫様。
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はつむじの辺りにお団子にして。
そこにモモの枝を一本挿していますけど。
アンテナでしょうか?
本日もバカっぽく……。
「姫に対して失礼なの」
………………。
大変、おバカにお見えあそばしてございますでございます。
先生に急用ができたとのことで、自習となった体育の授業。
でも、悪ふざけが好きで、妙な方向に団結力のある我がクラスにそんな自由を与えてはいけないと思うのです。
案の定、女子まで全員参加で。
剣道最強王決定戦なるものが開催されようとしています。
剣道部からありったけの道着を運んで、やたらと盛り上がっていますけど。
……ほんとこのクラスって、俺を飽きさせないのです。
「じゃあ、トーナメント表はこれでいいな?」
そんな声に振り向けば。
六本木君が模造紙にクラス全員の名前を書いたものを持ち上げています。
おや。
横着して出席番号順に書きましたね?
「ということは。俺の一回戦の相手、穂咲なの?」
「違うの」
「…………一回戦の相手、姫様なの?」
面倒な会話をしながら六本木君に確認を取ると。
これでもかと眉根を寄せられました。
「朝から気になってたんだけどさ。姫様って何のことだ? 道久、藍川にどんな弱み握られたんだよ」
「……六本木君は、三人で同時に使えるドレッサーってこの世にあると思う?」
「え? 楽屋のメイク鏡みたいなやつか?」
「ご家庭用」
「ねえよそんなの」
「よし。今から君も、穂咲を姫様と呼びなさい」
俺が片膝を突いて両手を姫様へ掲げると。
鼻息も荒く姫様がふんぞり返る。
「バカなことやってねえで。お前ら第一試合なんだからとっとと道着付けろよ」
でも、六本木君は俺たちの相手もしてくれず。
至極まっとうな一言を残して行ってしまいました。
「……バカって言われたの」
「ご安心ください姫様。それは誰でも知っていることで痛い! 竹刀で叩くな!」
「むう! 姫をバカにしちゃいけないの!」
「おおいてえ。竹刀で叩く姫がどこにいますか」
「安心するの。みねうちなの」
「竹刀は全部が峰でしょうが!」
ああもう、頭痛い。
精神的にも物理的にも。
それにしても。
六本木君が置いて行ったトーナメント表を見ていると、溜息が出てきます。
一戦目は不戦勝みたいなものだけど。
二戦目は運動神経抜群の、穂咲のことが大好きな宇佐美さん。
穂咲を負かした恨みとばかり。
ボコボコにされそうなのですが。
女子に負ける未来予想図。
情けないったらありゃしません。
まあ、お遊びのような物ですし。
気楽に楽しみますか。
……そう思っていたのに。
こんなことを言い出す輩がいるのです。
「じゃあみんな! ちょっとはまじめにやるように、負けた男子は授業が終わるまで体育館の隅に立ってるってルールにすっから!」
「うえー! 道久の刑か!」
「道久の刑は辛いなあ!」
「……今の段階で一番辛い気持ちになってる人、誰だかわかる?」
俺のゆるい突っ込みに。
みんなは大笑いしているようですが。
さすがに自分の名前がそんな扱いされると泣きそうです。
でも、しょぼくれてばかりもいられません。
出席番号一番と二番。
つまり俺は第一試合ですので準備をしないと。
胴着を付けて、面をかぶって。
短めの竹刀を借りて。
開始線の前に向かうと。
随分と不敵な笑みを浮かべた姫様に出迎えられました。
「小次郎! 敗れたりなの!」
……そう、不敵な笑みが。
まるっと見えているのですけど。
「姫様。何考えてるのさ」
「…………八割方、お昼ご飯の事」
「せめて四割くらい試合の事考えてよ。面も胴も無しでどうする気?」
小手だけ付けて。
竹刀を握っていますけども。
ダメですそれじゃ。
「だって、今日の髪形じゃヘルメット被れないの」
「ヘルメットじゃありません。……審判、これはどうすれば?」
審判役の渡さんが、苦笑いで肩をすくめていますけど。
これじゃ試合にならないよ。
クラスの皆は大笑いしているし。
恥ずかしいったらありません。
でも、遊びとは言えこのまま試合を始めるわけにはいかないのです。
「大変危険です。ちゃんとして」
「昔のルールじゃ、ヘルメットは被らなくてもいいの」
「そんな馬鹿な話はないです」
「バイクだってそうだから、多分剣道もそうなの」
「いくら昔でもノーヘルで乗っていいなんて事ないからね!? 絶対ウソです!」
「……実はあたしも、うすうす気づいていたの」
またそのパターンですか。
とは言え、そんなことはどうでもよくて。
審判、すぐに姫様を失格にしてください。
「穂咲。その格好じゃ勝てないわよ?」
「そうそう」
「何でなの? これならどこも叩けないから、あたしが叩き放題なの」
「酷いね」
「残念ながら、小手を叩かれると負けちゃうからそれも外しなさい」
「ちょっと渡さん!?」
審判が、俺の方を見て。
てへっと舌を出したりしてますが。
普段は真面目な渡さんも。
たまには、はっちゃけるのですね。
しかしなんという作戦。
こんなの無敵じゃない。
小手を外してもらっている姫様は。
俺を見上げて、再びほくそ笑んでいますけど。
……さすがに頭に来ました。
その脳天に竹刀を叩き込んでくれます。
たまには目にもの見せてくれる。
ブンブンと思い切り素振りをして。
気合いを入れて開始線へ戻って。
キッと正面を見据えると。
……あれ?
君は、穂咲大好きで俺に厳しい宇佐美さん。
「なんで? 姫はどこ行った?」
「それが……、小手を外した手の匂いを嗅いで、慌てて洗いに行っちゃった……」
……はあ。
えっと。
じゃあ、不戦勝だよね?
「なんで宇佐美さんが立ってるの?」
「すぐ隣で、先に試合を終わらせてきたんだ。……だから、不戦勝の秋山と第二試合目ってことだよ」
ああ、トーナメントだと確かにそうなってたよね。
「で? 道着も付けていない穂咲に対して、随分気合の入った素振りしてたようだけど。どういうことかしら?」
「うげ! …………き、気のせいですよ?」
「まあ、安心しろよ。本気は出さないから。……みねうちにしてやるから」
「竹刀は全面が峰だよね!? なにそれ、流行ってるの?」
ヤンキーっぽい見た目で、ちょっと怖い宇佐美さんのシビれる台詞に、ギャラリーの興奮は最高潮。
そんな盛り上がりも、試合が始まると、笑いに変わるのです。
……結果。
「こら、秋山。ちゃんとあっちで立ってろよ」
「そうだ。負けたやつは向こうで立ってるってルールなんだぞ」
「君らには、武士の情けってものが無いの?」
防具の上からだって、何十回も叩かれたらグロッキー。
足腰立たないほど叩きのめされた俺は、試合会場で大の字でいることしかできないのでした。
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