第14話 カロライナジャスミンと三面鏡


<カロライナジャスミン:黄茉莉花 花言葉:長寿>



 昨日の冒険があったからでしょうか。

 今日は随分と饒舌な、ご機嫌笑顔の藍川あいかわ穂咲ほさき


 ……でもね。

 授業中もハイテンションとか勘弁してください。

 なんだって一日に四回も君のせいで立たされなきゃならんのですか。


 そんな穂咲は、軽い色に染めたゆるふわロング髪をエビに結って。

 黄色いカロライナジャスミンをこれでもかと活けて歩いていますけど。


 それ、有毒ですから。

 ちょっと離れて。



 散々立たされたせいで、棒になった足を引きずる学校からの帰り道。

 君はそんな俺の苦労も知らずにまだまだおしゃべりを続けますけども。

 さすがにくたびれてきました。


「道久君、道久君」


 ……なんでしょう。

 また昭和うんちくですか?


 さすがに本日は、付き合う気は無いのです。

 だって見て下さい、この疲れっぷり。


 相手をするのも面倒です。

 絶対返事をしないと決めました。


「昔はね? こたつの赤く光るやつが下に付いてたの」

「って思っていたのですけど。そんなことあるわけないじゃないですか」


 結局返事をしてしまいましたけど。

 下に付いてたら足が伸ばせないです。


 でも、いつものようにウソでしたと話を締めるのかと思いきや。

 穂咲は首をふるふるさせるのです。


「これはほんとなの。昔の品は不思議なの。三人で同時に使う鏡もあったの」

「おかしなことばかり言いますね。同時ってどういうこと?」


 呆れ顔を向けると、穂咲は鞄に手を突っ込んでなにやら探し始めます。


「この品が、すべてを証明するの」

「写真とか?」

「違うの」

「じゃあ、本?」

「そんなじゃなくて」

「じゃあ何探してるのさ」

「たまごボーロ」


 …………。


「……あったの!」


 満面笑顔でお菓子の袋を掲げる君の笑顔を見つめていると。

 俺の顔から笑いが消え失せていきます。


「君は話の脈略って言葉、ご存じ?」

「脈略通りなの。この上ない筋書きなの」

「じゃあ、君が鞄から出したモノの名前をもう一度言ってごらんなさい」

「たまごボ」

「お黙りなさい」


 結果、しゃべれと言ったり黙れと言ったり。

 穂咲の頬が天井知らずに膨れるのも分かりますけど。


「ほんとなの。じゃあ、ほんとだったらあたしをお姫様扱いするの」

「はいはい、分かりましたよ。……え? おい、どこ行くの?」


 俺の腕を引っ張って。

 交差点を曲がってしまったお姫様。


 山田さんのお宅の前で立ち止まると。

 勝手にがらりと門を開くのです。


「こら! 何やってるのさ!」

「大丈夫なの。今日は約束してあるの」


 そう言いながらずかずかと上がり込んでますけど。

 ほんとに平気?


 俺も靴を脱いで。

 随分と段差のある廊下へよっこいしょと上がって穂咲の後を追うと。

 奥の方から、小さな子供の笑い声が聞こえてきました。



 あれ? お孫さん?

 ……ってことは無いか。

 ひ孫ちゃんだ。



 山田のおばあちゃんは、九十を越えていたはずで。

 なのに買い物もお料理も、庭の手入れすらしているのを見かけるのです。


 お隣さんが息子さん夫婦のお宅で。

 そのまたお隣に、息子さんの娘さんが越して来たって聞いてたけど。



 ――廊下を抜けて居間へ入ると。

 おぼつかない足取りで穂咲へ近付く小さな子供の姿がありました。


「ごめんね穂咲ちゃん! ちょっとその子の相手してて! ……あら、今日は彼氏も一緒なのね!」


 台所から声をかけてきたおばさん、きっとおばあちゃんのお孫さんなんだろう。

 そしてこの方、つい最近お会いしたばかりだ。


 前に、このお宅の外で穂咲が頭のチューリップを抜かれて、子供にほっぺたをはたかれたけど。

 あの時のお母さんだ。


「彼氏じゃないです。すいません、穂咲が勝手に上がり込んじゃって」

「いいのよ、私が頼んだんだから。……おばあちゃん! 台所の掃除、まだ続けてていい? もうちょっとなんとかしとこうと思うから!」


 おばさんが声をかける先には、こたつに座ったおばあちゃん。

 いつも通りの笑顔で俺に笑いかけた後、お孫さんへ返事をします。


「ごめんなさいね。換気扇ばっかりは手が届かなくて……。だいたいでいいのよ、だいたいで」


 ……穂咲は、社交性抜群だから。

 いつの間にやら二人と知り合いになっていたのか。


「それでひ孫ちゃんの面倒をかって出たのね。……こら、今日のお花をその子に触らせるわけにいかないんだから。そんなにべたべたしない」

「そいつは無茶な相談なの。こんなにかわひーほー」


 一歳半くらいかな、子供に口を引っ張られてますけど。

 万が一があってはいけない。

 俺は穂咲の頭からカロライナジャスミンの花を取り除いて、鞄につめました。


 そんな間にも。

 穂咲は赤ん坊のよちよち歩きをのたのたと追いかけて。

 もともと垂れた目をこれでもかと垂らしてしまっています。


 

「秋山さんとこのボク、こっちに座りなさいな」


 山田のおばあちゃんに声をかけられて。

 普段なら遠慮するところなのですけど。

 今日の体力では子供の相手は務まらない。

 俺はおばあちゃんのお相手をするべく、こたつに足を突っ込んで。


「うおっと!」


 ……危うく、床下に落っこちかけました。


「大丈夫? ごめんなさいね。掘りのおこたは初めて?」

「いえ、掘りごたつだと思ってなかったから驚いただけで……」

「そうよねえ。昔はみんなこの形だったから。言うのを忘れちゃったの。ごめんなさいねえ」


 いつもの笑顔で、おばあちゃんが謝って下さるけど。

 平気ですよと声をかけて、足を金網に乗せました。


 すると、足にじんわりと温かさが染み渡って。

 疲れが和らいでいくのです。


 ……あ。


「これか、赤い光が下に付いてるって言ってたの」

「そうなほー。はほ……、んぺっ! あと、三人用の鏡はこれなの」


 そう言いながら、穂咲がドレッサーのようなものを指差すと。

 開いた扉に鏡が付いていて。

 それが左右に一枚ずつ。さらに正面も鏡になっていました。


「なんだ、三面鏡のことか。それは一人用です」

「ウソなの」

「ウソじゃないです」


 左右から見た姿を確認するための三面鏡。

 昔のドレッサーはこれが基本的だったようで。

 でも。


「未だに見かけますけど? なんで女子の君が知らないのさ」

「知らないの。ここで初めて見たの。おばあちゃんの家には、鏡が付いてないドレッサーもあったし、不思議が一杯」


 ……やれやれ。


 俺はこたつから出て、左右の鏡をパタンと閉じてやると。

 穂咲は、これでもかと目を見開いて、口をパクパクさせています。


「……すべての伏線が回収されたの」

「そりゃよかった。……いや。俺にとってはその伏線が回収されていません」


 君が握ったままの袋。

 たまごボーロ。


「この子の好物なの。そして、あたしを幸せにしてくれる魔法のアイテムなの」


 そう言いながら、穂咲は小袋の封を切ると。

 赤ん坊が、よちよちと寄ってくるのです。


 そして小さな手に一粒渡してあげると。

 それを握って、よちよちとおばあちゃんの元に歩いて。


「どーぞ、めしあーれ」


 お皿にしたおばあちゃんの手に、あげてしまいました。


「この子、みんなにあげてから自分の分を食べるの」

「ほんと!? 可愛いなあ……!」


 俺が三面鏡を元に戻す間に赤ちゃんはよちよちと穂咲の元に戻り。

 そしてもうひと粒受け取ると。

 今度は台所のお母さんにあげに行きます。


 心がほっこりする。

 穂咲並みに、目尻も下がっていることでしょう。


 でも。

 そんな幸せ一杯な気持ちを、こいつが台無しにしました。


「ちゃんと、こたつと鏡があったから、約束を守るの」

「う。……面倒なことになった」


 困って目を逸らしてみれば。

 よちよち赤ん坊が戻ってきて。


 穂咲がもうひと粒渡してあげると、俺の元へやってきました。


「姫様は後で。この子が可愛すぎて鼻血出そうだから」

「その気持ちは良く分かるから、明日でいいの」


 俺は赤ん坊を抱きかかえましたが。

 この子は、顔を逸らしてしまいます。


 ……いえ。

 鏡に映った自分を見ているようでした。


 そして、その子にお菓子をあげようと手を伸ばしたら。

 その子もお菓子をくれようとしてきて。


 それを受け取るために手の平を広げると。

 当然、手に握っていたたまごボーロがぽろり。

 どこかへ消えてしまいます。


「……ああ、はいはい。そんな顔で見つめられたらいくらでも差し上げます」


 穂咲に頼んで、もうひと粒握らせると。

 今度は左側の子にあげようとして。

 たまごボーロがぽろり。


「姫様、鼻血出そう」

「その気持ちは良く分かるから、姫様は明日でいいの」


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