第10話 ハスと洗濯


<ハス:蓮 花言葉:清らかな心>



 目立つから。

 変な子だから。

 決してそうではない。


 自分をいじめる人にすら底抜けに優しくて。

 ウソをつく人の事も、心から信じてくれる。

 だから、誰だってこいつの事を好きになってしまう。


 そんな自慢の幼馴染、藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 今日は大きなハスの葉のように結い上げて。

 そこから赤紫色をしたハスの花を一輪生やしているのですけど。


 ……毎朝穂咲のヘアメイクをするおばさんは。

 たまに天才的な技量で全力一杯バカな事をするのです。



 朝っぱら。駅へと向かう道すがら。

 いつも見かける顔ぶれが、本日は俺たちに大注目なのです。


「雨が降りそうだから、ハスの葉にしたってママが言ってたの」

「だったら傘を持ってきなさいよ。それより、こんなの俺に持たせてどうしたいのさ」


 髪型と言い、どこで拾ってきたのやら、金ダライを押し付けてきたことと言い。

 今日は朝からエンジン全開ですね。


「それはね、さっきまで、山田さんとこ行ってたの」

「ああ、牛乳の」

「そう、それなの。牛乳の謎を聞きに行ったの」

「ほうほう」

「で、玄関先に御邪魔したら金ぴかのタライが転がってて、捨てるのに困ってるって言うから」

「ん?」

「貰って来たの」


 …………牛乳どこ行った?


「こんなの貰ってどうしたいの?」

「困るの。捨てたいの」

「そんなバカな」


 呆れたやつだ。

 ……でも、穂咲らしい。


 変な子だけど、困ってる人にはとことん優しい。

 それで自分が困ることになるって考えることが出来ないんだよね。


「でもこれ、ほんとに昔の洗濯機なの?」

「そうですよ。山田さんのおばあちゃんも使ってたんじゃない?」

「…………電気コードが無いの」

「当たり前です。見たことあるだろ、洗濯板とセットで使うの」

「……ああ、うん。……知ってるの」


 そのあからさまな知ったかぶりやめなさいよ。


「じゃあ、どう使うか説明してもらいましょうか」

「それはもちろん……、板で……、こう……」

「そのジェスチャーちょっとストップ。今、水も洗濯物も全部零れました」

「だって、洗濯はぐるんぐるんさせるの」


 まあ、その発想は分からなくもないですけど。

 そう思いながら正しい使い方を説明しようとしたら。

 ぽつりと。

 見えない誰かが、鼻の頭をつついたのです。


「ありゃ、ホントに降って来た」

「すごいの。早速これが役にたつの」

「肩も鞄もびしょ濡れですよ」


 ああもう、中途半端な髪型だな。

 仕方がないので金ダライをさかさまに。

 二人で頭に掲げます。


「てんてん。てんてん」


 タライが楽しそうに鳴らす音楽に。

 穂咲も合いの手など入れています。


「……楽しい?」

「てんてんてん。てんてんてん」


 ……ほんと、変な子。

 こうして今日は、あいあい金ダライでの登校となりました。



 ~🌹~🌹~🌹~



 急に降り出した雨の被害を受けたみんなが口々に文句を言う教室。

 そんな教室で、俺は穂咲に背を向けて座っているのですが。


「今度は何を企んでいるのでしょう」

「企んでないの」

「ウソです。なんで正面すら向かせてもらえないのさ」


 昇降口で何かを思い付いたこいつが。

 金ダライを俺からふんだくってそこで待っていろと告げ。

 そしてニヤニヤ笑う六本木君に目隠しをされて教室に来たのですけど。


 不安ばかりなのですけど。


 でも、振り向くなと言われては仕方ない。

 素直に隣の宇佐美さんの方を向いて座ります。


 教室中から。

 穂咲のたくらみに気付いている皆さん揃ってニヤニヤしていますけど。

 一体、何が行われているのやら。


 そんな、俺ばかりが緊張した空気の中。

 宇佐美さんのさらに隣。

 気が弱くて、でもとっても優しい江藤君。

 彼がびしょびしょに濡れたままコンビニ袋を提げて席に着くと同時に、先生が教室へ入ってきました。


「ちょっと穂咲さん。まだ正面向いちゃいけないの?」

「ななめった感じまでなら許可するの」

「ななめ……、この辺まで?」


 ちょうど俺をにらみつける先生とご対面。

 だから、いつも言ってるじゃないですか。


 悪いのは、全部こいつです。


「…………まあ、貴様の件は後だ」

「ご配慮感謝します」

「江藤。乾電池は買って来たか?」


 先生に言われて、コンビニ袋とお釣りを手渡す江藤君。

 酷いなあ先生。

 この雨の中、お使い頼むなんて。


 そう思っていたら、先生の口から意外な言葉が飛び出しました。


「お前、なんでそんなに濡れてるんだ? 俺の傘を貸してやったじゃないか。……で? 傘はどうしたんだ?」


 ああ、貸してあげていたのね。

 でも江藤君、びしょびしょですし。

 それに傘について返事も出来ないようですし。


 背中を丸めて俯いてしまいましたけど。

 無くしてきたのでしょうか?


「江藤! 傘はどうしたと聞いている!」


 とうとう大声をあげた先生に、びくっと肩をすくめてしまった江藤君。


 クラス中から、優しい江藤君をフォローしてあげたい気持ちが伝わってきますけど、彼が口を開かねばいかんともしがたいのです。


 ……などと思っていましたが。

 こいつにそんな常識は通用しません。


「先生、ダメなの」

「何がいかんというのだ藍川! 大体、お前はそこで何をやっている!」

「怒っちゃダメなの。怒る時は、自分が悪い時なの」

「なっ!? …………」


 先生、絶句。


 ……でも、見る間に落ち着いた表情になっていく。


 良い言葉だよね。

 それ、俺も好き。


 おじさんが、俺たちに教えてくれた言葉。

 それがクラスのみんなに染みわたって。

 そして、また誰もが君の事を好きになる。


「……聞き方が悪かった。許せ、江藤」

「あ、いえ、僕が悪かったので……」

「ちゃんと理由を言いなさい」


 おお、珍しい。

 瞬間湯沸かし器に目鼻を付けたような先生が、落ち着いていらっしゃる。


 そんな奇跡的な状況の中。

 江藤君は訥々と語るのです。


「コンビニからの帰り、子供をおんぶしてたお母さんが雨宿りしていたので、すいません、その人にあげました……」


 これを聞いて、クラスの端っこで誰かが席を立って拍手をし始める。

 六本木君だ。


 すると拍手が、椅子を鳴らす音が次々と広がり。

 気付けば全員が席を立っていた。


 うーん、いいクラスだなあ。


 俺も胸に熱いものを感じながら、精いっぱい拍手を送ったら。


「ばかもん!」


 江藤君を叱りつけた先生の怒号が。

 水を打ったように教室を静寂に塗り替えました。


 さっきより、はるかに身を縮ませてしまった江藤君。

 彼に対して、先生はさらに大声を叩きつけます。


「善行は語ると傷がつく! そういうことは黙っていろ! そのうえで、俯くのではなく胸を張れ! 貴様は堂々としていていいはずだ!」


 

 ……ははっ。


 やっぱり、怒鳴り声上げてる方が先生らしいや。

 

 ここまで言われたら、大人しい江藤君だってこのとおり。

 胸を張って、大声で返事をして。


 ……そして、再び拍手喝采。

 だから、先生は照れくさそうにしながらまた大声です。


「ええい、やめろやめろ! 全員廊下に立たせるぞ!」

「残念ですが、俺が感動した以上、みんなを止めることなどできません」

「なに!? どういう意味だ、秋山!」

「みんなに拍手するよう指示を出したのは俺ということで、ひとつ」


 先生、照れてるのやら怒ったのやら。

 顔を真っ赤にさせて、屁理屈を言った俺をにらんでますけど。


 こんなに良いものを見せてもらったんだ。

 みんなの騒ぎを一身に背負うくらいわけないさ。


 そしてみんなが俺を称える声を上げつつ、さらに大きな拍手をくれるけど。

 それ、いらないの。



 だって、どっちにしたって穂咲のせいで廊下に立たされるし。

 英雄気取りの方がまだマシってだけですから。



 ……でも。

 そんな英雄気取りの頭の上からガコンと響く不穏な音。

 それと共に、木の棒のような物で頭を叩かれました。


「いてえ! ……なんだこの垂れ幕! 穂咲か!?」


 見上げれば、頭の上に吊られた金ダライが傾いて。

 そこから紙吹雪やら、どこからつれてきたのかハトやら飛び出して。

 こんな垂れ幕が下がっていました。



 『いつもあたしたちを庇ってくれてありがとうなの』



「……なんの真似でしょう」


 盛大な拍手やら歓声やら。

 ちょっとだけ、嬉しかったですけど。

 木の棒が頭を直撃したせいでプラマイゼロです。


 ……いや。

 ちょっとプラスか。


 だって、これを作ってくれたのは穂咲なわけですし。

 こんなにキラキラと微笑んでくれますし。


 可愛いじゃない。


 ちょっと、ドキドキします。


<ゴガンッ!!>


 ……もとい。

 ちょっと、ズキズキします。


「あ。紐を放しちゃったの。平気?」

「金ダライを頭に落とされて平気な人はいません。怒っていいですか?」

「ダメなの。怒る時は、自分が悪い時なの」

「……それは、ウソです」


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