第11話 クジャクソウと蛍の光


<クジャクソウ:孔雀草 花言葉:一目ぼれ>



「しっかし、あの子はぱっとしない男よねえ。父ちゃんそっくり!」

「そう? 道久君、かっこいいわよ?」

「あれが? よしとくれよ! きっと高校生の間ずっと独り身の甲斐性なしよ!」

「その可能性はあるわね。道久君、ここぞってとこで押しが弱いし。……ほっちゃんに色っぽい下着とか着せたほうがいいかしら?」


 茜色が差す花屋の店内。

 レジ横に飾られたクジャクソウが揺れて。


 可愛らしい薄紫の花に目を細めつつ。

 丸椅子に座ってお茶をすするおばさま二人。


 そんな田舎町のお花屋さんから、大きな声が響き渡ります。



「秋山道久! ここにいます!」



 ……きっとこのおばさん二人には見えてないんだ。

 だから本人を前にそんな話をするんだ。

 しっかりアピールしないと、俺という存在がお茶請けにされたまま。


 必死なアピールの甲斐あってか。

 綺麗なおばさんと真ん丸な母ちゃんが。

 そろって俺を見上げてきますけど。


「あんた、そのまんま卒業まで女っ気なしで過ごすんかい?」

「うるさい。ほっといて」

「あらやだ。普通の男の子より女っ気はあるわよ。ただ、その子がよそにお嫁に行っちゃう可能性はあるけど」

「うははははは! そうよあんた! ちっとは頑張んな!」


 ええい、大人ってやつはデリカシーをどこに落っことしてきちゃうのさ。

 もう怒った。


 俺は伝票整理の手を止めて、反撃開始なのです。


「母ちゃんめ、今に見ていなさい。彼女くらいすぐできます」

「無理無理! 卒業までかかってもむり!」

「そうね……。道久君だもんね……」

「ええい、お黙りなさい。卒業式までなんて、まだたっぷり時間が……」

「「ほーたーるの~ ひーかーあり~ まあどのゆうき~」」

「こら! 早いよ卒業式! しかもなに? 打ち合わせでもしてあったの?」


 爆笑からのハイタッチなどしてますけど。

 歌いだし、ドンピシャじゃない。


「と言いますか、その歌詞何? 何番?」

「え? ……ああそっか。あんた、小学校の卒業式は『海より高く』だったっけ」

「『空より高く』です。そんなギリギリ攻めないでください」


 ちょっと低くなっただけで沈没です。



 ――学校から帰るなり、伝票整理を手伝って欲しいと言われ。

 着替えてエプロンを装着してみれば。

 手伝いじゃなくて、丸投げなのです。


 人を肴にお茶飲んで。

 散々バカにして。

 なんなのさ。


「でもあんた、穂咲ちゃんの他に女友達なんていないだろ?」

「……クラスの女子とは普通に話しますけど、確かにいませんが」

「やっぱり無理かねえ」

「まあ、だから安心ってとこもあるけど」


 体が空いてることを安心されましても。

 俺をいつまでこき使う気でしょう。


 ため息と共に店から外へ。

 すると、痛いほどの茜色が目を叩く。


 そのせいでうるうるしてるだけなんだから。

 別に、悔しいわけじゃないんだから。


 夕焼けお空が、まるで俺の青春もあと数ページで終わりと告げているようで。

 切なくて、ちょっと胸が苦しくなります。


 ……そんな、センチメンタルになった俺の目に。

 数日前と同じ景色が舞い込んできました。


 お隣に建つ我が家に植えられた木。

 その枝に、靴を片方ひっかけて。

 ぴょんぴょん飛び跳ねながら、それを取ろうとしている黒髪の美人さん。


「あれ? 美穂さん?」

「み、道久君! あ、あの、これは……」


 半べそ顔で振り向いた、細面のお姉さん。

 彼女の名前は、明石あかし美穂みほさん。


 黒くつややかなストレート髪を、今日はローツインにして。

 肩から前へと垂らしていて。



 ……そこに、花はもちろん挿さっていません。



「まさか、またですか?」

「え、ええ。お恥ずかしながら……。小さな子にイジメられまして……」


 そう言いながら、しょんぼりと肩を落としますけども。

 どれだけイジメられ体質なのでしょう。


 俺は、小さな頃は何度も登っていたはずの塀に。

 前回同様、随分不格好に上ると。


 ふらふら、じりじり一歩ずつ木へ迫り、なんとか美穂さんの靴を取って地面へ飛び降りました。


「はい、お待たせしました。……すいません、かっこ悪くて」

「いいえ? かっこよかったですよ」


 そう言って、柔らかく微笑む美穂さんに。

 靴を履かせてあげて立ち上がると。

 エプロン姿をまじまじと見つめられるのです。


「本当にこちらで働いていらっしゃるのですね。……エプロン、お似合いです」

「え? あ、ありがとうございます……。今日は、どうしました?」

「ええ、先日のお礼に。……そう思ってきたのですが。ふふっ、今日の分のお礼もしなければいけませんね」

「ほんとにご丁寧な方ですね。どうか、俺が恐縮しちゃうのでお気遣いなく……」


 困惑する俺に、


「袋のままなど礼に適ってはおりませんが、どうぞお納めください」


 と、涼風のような言葉を添えて差し出された紙袋。

 俺は両手を前に、失礼に当たらないよう気を使って結構ですからのポーズ。

 そして、随分と高級そうな手提げを、すっと受け取る大きな手。



 ……あれ?


 俺の手、三本あったっけ?



「こら母ちゃん! 図々しい!」


 俺が叱りつけると、慌てて花屋に逃げて行きましたが。

 顔だけ出してこっちをうかがうのやめなさい。

 なにそれ、さっきからそうしてたの?


 あと、母ちゃんの下から顔を出してるおばさんの驚き顔、なんなのさ。


「お母様? ……明るそうな方ですね」

「どうしようもないだけです。……挨拶くらいさせないと」


 美穂さんを伴って、お店へ足を向けると。

 二人はわちゃわちゃ慌てながら奥へ引っ込んでいきましたけど。


「……ねえ、何の真似?」


 母ちゃんは地べたに正座して両手で湯吞を持ったまま目を閉じて固まってるわ。

 おばさんは、二階に向けて大声上げてるわ。


「ほっちゃん! 大ピンチだからすぐ降りてきなさい! 今、鼻差で負けてる!」


 負けてるってなにさ。


 ……ああ、勘違いしてるのね。


 こんなお綺麗な方が俺をどうこう思うはずなんか無いし。

 恥ずかしいったらありゃしない。


「すいません、騒がしくて。居づらいでしょ?」

「いいえ、楽しいです。……それに、やっぱりお花はいいですね」

「ええ。別に買い物の時じゃなくても来てください」


 俺たちののんびりムードとは対照的に。

 おばさん、床をバンバン叩いて穂咲を呼んでますけど。


「どんどん差が開いてるから! 鞭入れて!」

「……ほんとすいません」

「いえいえ。こうしていると、お花摘みにでもいきたくなりますね」

「ああ、いいですね。じゃあ今度……」

「ほっちゃん! 早く!」

「急かさないで欲しいの。お花を摘んで、すっきりしてから行くの」

「四馬身から五馬身へ!!」


 おばさん。いくらかけたの?


「なあに? おトイレくらい行かせて……、あ! いつもの綺麗なお客様なの!」

「こんにちは」


 いやはや、清楚な制服姿の美穂さんの前に。

 随分よれよれのジャージで現れましたね。

 股下、五十センチくらいになってますけど。


 ……でも、美穂さんがなにやら緊張した様子で俺を見つめてきますけど。

 どうしたのでしょう。


「……えっと、あの方、道久君の彼女さん?」

「いやいやいや。ただのお隣さんです」


 慌てて返事をしてみたら。

 なにやら、ほっとしたご様子。



 …………ああ、今気づいた。

 やっぱりそうなんだ。



 俺はこれでも、勘と言うか、女性の心の機微には敏感なんだ。


 穂咲、その生態さえ知らなければ可愛いもんね。

 俺みたいなかっこ悪い男が彼氏じゃなくてほっとしてるんだ。


 やっぱりこいつと俺じゃ、つきとすっぽんなのかな。



 そんな可愛い女の子。

 穂咲は美穂さんと手を繋ぎながら。

 自分のアレンジしたフラワーバスケットを自慢げに見せて歩いていますけど。


 空より高いお月さま。

 ふたつの月は輝いて。


 俺は、彼女たちを遠くに眺めながら。

 ぽつりと一つ、つぶやきました。


「なあ、母ちゃん。……俺、そんなにブサイク?」

「……なに言ってんだいこの子は」


 母ちゃんは、丸い顔をにっこりさせると。

 海面すれすれから月を見上げる俺に、優しく手を差し伸べてくれました。


「あんた、あたしと父ちゃんの子だよ? 諦めな」

「沈没!」


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