第6話 ラークスパーと待ち合わせ


<ラークスパー:千鳥草 花言葉:私の心を読んで下さい>



 暗号になっているならまだしも。

 駅と山と川と岩しか書かれていない宝の地図を片手に。

 徳川埋蔵金を探し出そうとしている藍川あいかわ穂咲ほさき


 …………が、待ち合わせ場所に来ない。


 せっかく休日をつぶして付き合ってやったというのに。


 メッセージも届かないから直接電話してみたら。

 電源が入っていませんとはどういうこと?


 ……などと目くじらを立てる事もなく。

 俺は穂咲の行動パターンを読んで。


 十分ほどその場で待ってみた後。

 駅の反対側の入り口まで行ってみると。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 高く高く結い上げた頭のてっぺんに。

 紫のラークスパーをまっすぐ一本突き立てた、目印には最適な人物を発見いたしました。



「…………帰ろうかな」



 いくらなんでも、今日の君とは一緒に歩きたくありません。



 まあ、ここですっぽかそうものなら。

 家に帰ってから、ご近所に迷惑なほどの大声で怒り出すことでしょうから。


「駅の入り口と言ったら家から近い方でしょうに。なんで反対側にいますか」


 しぶしぶ声をかけたら、結局周りの迷惑になる大声で叱られました。


「遅いの! 十分も待ったの!」

「だから、君が悪いんでしょうに。こっちにいたら分かんないよ」

「ちゃんと伝言板に書いたの! 道久君が悪いの!」

「…………デンゴンバンってなに?」


 穂咲はぷりぷり怒りながら、俺の知らない単語を叫びますけども。


「おばあちゃんが言ってたの! 待ち合わせで会えない時は、あそこに書くの!」


 その、指差す先を見てみても。

 改札の正面に置かれた、ホワイトボードしかないのですが。


「……遺失物ボードのこと?」

「伝言板なの」


 つかつかと歩く穂咲が向かう先。

 そこにあるのは『遺失物お知らせ』と書かれたホワイトボード。


 まったく意味が解りませんが。

 説明を聞けばきっと分かるのでしょう。


「伝言ってなにさ。どうやって使うの?」

「ここに書けば、相手に伝言が伝わる仕組み」

「は?」


 しまった。

 説明されても分からない。


「え? ……携帯に届くの? どういうこと?」


 俺がさらに説明を求めると、穂咲は真面目な顔で腕を組み。

 そしてこほんと偉そうに咳払いなどしながら。

 かけてもいないメガネの縁を上げる仕草と共に。

 話し始めるのです。


「…………実はあたしも、半信半疑だったの」

「おいこら」

「やっぱりウソなの。これ、全然伝わってないの」

「一体何を書いたって言う……、恥さらしっ!」


 慌てて手で消した、穂咲の丸っこい字。



 『こないだ物理で赤点取った道久君に南口って伝えて欲しいの』



「外歩けなくなりますっ!」

「だって、どの道久君か分からないと思って」

「どんな発想!? せめていい情報にしてくださいよ!」


 一体、何人の人がこれを目にしたのやら。

 耳まで熱くなるほど恥ずかしい思いをしている俺の目の前で。


「じゃあ……」


 『それ以外は赤点じゃなかった、それなり頑張った道久君に~――~――』


「痛いの。ぐにゃーって線になっちゃったの」

「俺の心が痛いです!」


 穂咲から強引にペンを取り上げて、再び手で消して。

 ああもう、手の平真っ黒。


「ペン、あたしのだから返すの。あと遅刻の分、謝るの」

「どの口が言いますか。携帯の電源が切れてる君のせいです」

「そんなことないの。携帯、ちゃんと…………、さあ、とっとと出発なの」

「おいこら」


 ああもう、ほんと頭痛い、胃が痛い。

 君といると、こんな事ばっかりです。



 呆れながら、溜息をつきながら。

 すれ違う人、誰もが二度見するランドマークに連れられて。


 横断歩道を渡って、入ったところはショッピングビル。

 雑多なお店が軒を連ねる、田舎にしては珍しい三階建ての華やかな場所なのです。


 でも。


「……こんなとこに山も川も無いよ?」


 今日の目的、忘れちゃいました?

 江戸時代に建ってなかったと思うよ、ここ。


「冒険は今度なの。まずは装備を整えるの。なんたって……」


 穂咲は急に声を潜めて周りをきょろきょろ見渡しながら。

 ……逆に注目を浴びながら、耳元でささやきます。


「狙いは徳川の埋蔵金なの。それなりの装備が必要なの」

「……砂場用のスコップはどこかな?」

「そんなのじゃきっと掘り起こせないの。例えば……」


 穂咲は入り口の飲食コーナーを抜けて、二階へあがって。

 画材用品売り場へちょろちょろと入って行って。


「これなの」


 また呆れかえるような物を手に取りました。


「掘り起こす道具って言ってたよね? どうやって使うのでしょうか、イーゼル」

「こう……、こんなあんばい」

「怒られるから! 床をごりごりしなさんな!」


 あわてて元通りに立てかけて、穂咲を小脇に抱えて店からダッシュ。

 眉を吊り上げた店員さんの怖いこと!


 距離を取って、おもちゃ売り場の前で穂咲を下ろし。

 まずは説教です。


「こら! あそこ、君もよく買い物するでしょう? 入れなくなっちゃいます!」

「でも、あれぐらいの装備が必要なの。他には……」


 そしてお隣の工具屋さんに突入して。

 今度はやたらでかいくぎ抜きを持ち上げていますけど。


「ほんと勘弁して。元に戻しなさいよ、何を抜く気?」

「……どぎも」

「そうね。今抜かれましたよ」


 穂咲が床をがつがつやる前に慌てて取り上げて。

 元に戻して振り返ると、サーチライトみたいな電灯でびかっと照らされました。


「ひにゃあああ!」

「ぐおおおお! こら穂咲! いい加減に……!」


 光の海を、目をつむりながら漕いで漕いで。

 やっと床に放置された電灯のスイッチを消すと。


 ……当然のように怒った顔の店員さんに迎えられ。

 当然のように、回避能力だけは高い穂咲の姿はどこにもありませんでした。



 ああもう。

 ほんとにもう。

 今日は、心底思います。


 面倒っ!


 ……でも、大声上げて驚いてたし。

 子供みたいなやつだから、自分のやらかしたことでしょげているかもしれない。


 しょうがない、迎えに行きますか。

 さて、どこに逃げたのやら。


 メッセを送っても返事もしないだろうから。

 電話の着信音を頼りに探してみよう。


 そう考えて、穂咲に通話してみると。



 『んぱの届かない場所か。電源が入っていないため……』



「後者が正解です!」


 あいつ!

 なんでさっき確認した時電源入れなかったのさ!


 こりゃあ参った。

 どうやって探し出そう。


 人込みの中をきょろきょろとしているうち。

 ふと、こんなことが頭をよぎります。



 携帯が無かった時代は、会えない時にどうしていたんだろう。



 いつから携帯があるのかは知らないけども。

 きっと想像もつかないほど不便だったと思うのです。


 だってこんな目の前にいるのに会えないなんて。

 まるで、目に魔法がかけられたよう。


 そんな魔法が俺に見せるのは。

 さっきの光のその先で。

 逃げ出していく穂咲の姿。


 ……逃げながらも、俺にごめんなさいと、悲しそうな表情を浮かべる穂咲の姿。


 別に言葉なんかいらない。

 何を考えているかなんて、簡単に分かる。


 言葉なんて…………?



「はっ!? 伝言板に書けば会えるんだ!」



 そうか、伝言板ってやつの使い方、今分かった!

 ここにいますねって、俺が書いておけば穂咲が気付いてくれるんだ!

 でもそんなの、一体何十人分の伝言スペースが必要なの?


「……って、落ち着け俺」


 だから。

 今の時代、伝言板なんかあるわけないよ。


 思い付いた瞬間は、天才なんじゃないかと思ったけど。

 よくよく考えたらバカみたいなのです。


 そんな、冷静になった俺の耳に。

 暢気な館内放送が聞こえます。



 ぴんぽんぱんぽ~ん♪



「ご来場のお客様にお知らせいたします。秋山道久様。秋山道久様。藍川穂咲様が……、え? ……ほっほっほ。あたしがどこにいるか見つけられるかしら、とのことです……?」


 …………さっきは、何を考えているかなんて簡単に分かるとか思ったけども。

 まさか心底はしゃいで遊んでるだけとは読めませんでした。


 とは言え、君がいる場所なんて明白です。

 ですので。


「…………ひとりで帰るか」


 さすがに今日は、たったの一時間でヘロヘロです。


 こんなことで、おじさんの宝物は見つかるのでしょうか?


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