第5話 スイートピーとカセットテープ


 <スイートピー:麝香豌豆  花言葉:私を覚えていて>



 お休みの日のお昼ごはんは。

 スクランブルエッグをたっぷり挟んだ玉子パン。

 そんなロールパンにかじりついて。

 チャームポイントのタレ目をこれでもかと細めて。

 足をパタつかせているご機嫌さんは、藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 今日はティアラ風の編み込みにして。

 そこに白と黄色のスイートピーをあしらって。

 ちょっとした、お花畑の妖精さんなのです。



 ……せっかくご機嫌そうですので。

 頭の中までお花畑に見える、とはいいますまい。



 お休みのお昼時。

 静かな町を暖かくつつむ柔らかな日差し。


 レースカーテンが引かれたサッシからダイニングへ遊びに来たお日様も、遠慮がちに椅子の手前で立ち止まり。

 楽しくパンをかじる俺たちを羨ましそうに見つめています。


 ……しかしこの玉子パン、絶品なのです。

 お店で買う品より断然甘くて濃厚で。

 しゃきしゃきレタスの歯ざわりと。

 ほんのり甘いマーガリンの香りがたまりません。


 それに引き換え、我が秋山家のは腰が抜けることあるからな。

 だし巻き卵が挟まってることあるし。

 温泉卵が溢れ出したことあったし。


 面白さなら圧勝か。



 そんな、雑の女王と言わんばかりの適当料理。

 その生みの親である母ちゃんに対して。


 システムエンジニアなどやっている神経質な父ちゃんの料理は。

 味はともかく、大変面倒な弊害を生みます。


 今日も、晩飯にカレーを作ると言い出して。

 午前中から台所を占領して、昼飯すら作れない事になったため。

 母ちゃんと一緒にお隣さんへ逃げてきたのです。


 父ちゃんの料理は。

 やたらと凝る割には言うほど美味しいものでもなく。

 それに美味いというと、どう美味いのかとタブレットPC片手にしつこく意見を書き留めていくのですが。

 これが大変胃の痛い作業なのです。


 かと言って、逃げるわけにもいかなくて。

 だって、母ちゃんがいつも料理をぼろくそ言うんだもん。

 せめて俺だけは擁護してあげないと。



 ……俺と穂咲がのんびり楽しむ食卓に、穂咲のおばさんが顔を出します。

 きっと母ちゃんが店番中。

 お店の方からせんべいの音も聞こえるし、間違いなし。


「どう、道久君。おいしい?」

「そりゃもう。うちの母ちゃんとトレードしたいくらいです」

「あら、それは楽しそうね。それよりこの間言ってたやつ、みつけといたわよ」


 なんでしたっけ?

 穂咲に目で確認を取ると。

 肩をすくめられました。


 その視線が、道久君が覚えてないものをあたしが知ってるわけないのと語っていますけど。

 俺も視線で返事をしないと。

 どうしてそうなんですか、この、容量1メガバイト脳め。


 ……すっごいふくれっ面。

 よく分かったね、今の。


「ほら、タイムカプセルってこれのことでしょ?」

「……ああ、あのことか。でも、俺たちの埋めたのじゃないです、それ」


 穂咲も頷いていますけど。

 俺達が埋めたのは丸いかんかん。

 おばさんが持って来たの、角が四つ付いてます。


「あら、そうなの? おじさんがしまい込んでたものの中にあったから、これの事だと思ったのに」

「え? パパの? 何が入ってるの?」

「さあ? 何となく開ける気になれなかったから知らない。……ちょっとほっちゃん、そんなに乱暴に開けちゃダメよ」


 穂咲は興奮気味におばさんの手から四角いかんかんをふんだくって。

 口を閉じてあるクラフトテープをはがそうとしていますけど。


 随分と古い品だから。

 べっとり張り付いていて、苦戦しているようなのです。



 ……おじさんとの思い出。

 穂咲は、随分と忘れてしまっているけども。

 だからでしょうか、後からこうしてひとつ転がり出てくるたびに。

 また一つ、思い出が増えていくのです。


 それにしても、中身が気になる。

 テープに難儀していた穂咲がようやく剥がし終えて。


 その蓋を開く時、一緒に覗き込むと。

 大事そうに、綿のベットで眠りについていたものは。


「フロッピー? へえ、何が入ってるのかしら」


 職員室とかで見たことがあるから、これは知っている。

 フロッピーとかいう記憶媒体だ。


 何が保存されているんだろう。

 そう思いながら、おばさんがカチャカチャといじる四角い板を眺めていたら。

 穂咲が何やら、もう一つお宝を掘り出しましたけど……。


「…………その四角いの、なに?」


 中にテ-プが巻いてある、半透明の板。

 いや、これもどこかで見たことあるような?


「カセットテープじゃない。メッセージでも録音したのかしら? ほっちゃん、ひょっとしたらパパの声が聴けるかもよ?」

「パパの声! 聞きたいの!」

「え? ここに声が録音されてるの?」


 穂咲は興奮も最高潮。

 かんかんを放り出して、カセットテープを両手に掲げて。


 でも、表情は今にも泣き出しそうで。

 それを見ていたら、俺も胸が詰まってしまいました。


 するとおばさんが、随分横長の機械を引っ張り出してきて。

 それに電池を入れながら。


「おじさん、古い物を捨てられない性格だから。私が捨てちゃいなさいって怒っても、いっつも言い訳して捨てなかったのよね、このラジカセ」


 二つある挿入口の片方にカセットテープをセットしながら、優しい言音で懐かしそうに話します。


 ……二つあるスピーカーの片方に穂咲がキラキラさせた顔を寄せて。

 俺も気付けば逆の側に顔を寄せて。



 ここに、おじさんの声が入っている。

 そう思うと、どんどん胸が詰まっていく。


 なんでか、涙が出てきましたけど。

 君は楽しみなばっかりで、泣かないんだね。



「じゃあスイッチ押すわよ? それ!」



 掛け声と共におばさんがスイッチを押すと。

 しばらくノイズが続いて。

 そして流れてきた音は…………。




 がーーーーぴーーーーーががががーーーー!!!




 俺が思わず耳を塞いだら。

 穂咲は叫び声を上げて逃げ出しました。


「なんか、電波が出たの!」

「酷い音ね。……壊れたのかしら?」


 さすがに十年以上昔のものだ。

 壊れちゃっててもおかしくない。

 期待した分、心底がっかりだ。



 さっきまで楽しそうにしていた穂咲も。

 しょんぼりと、ぽろりと涙を零します。



 でも、もっとしょんぼりしているだろうおばさんが。

 残念ねと、笑って機械を止めたので。


 俺が悲しい顔をするわけにはいかないのです。


「……穂咲。もう一個残ってる。そっちに期待を持ちましょう」


 そんな言葉に弾かれるように。

 おばさんからフロッピーをひったくった穂咲が駆け出します。


「こら! どこに行く気!?」

「道久君のおじさんとこ! これと同じの持ってたの!」


 そうだっけ?

 君の記憶、すっごくあてにならないんだけど。


「……だったら道久君に行ってもらえば済むでしょうに。ねえ?」

「いえ、穂咲の方がいいと思う。カレー作りはじめた父ちゃんは、俺と母ちゃんの言語が伝わらなくなるから」


 苦笑いを浮かべたおばさんは。

 あとで何が出てきたか教えてねと言い残してお店に戻り。


 ぼけっとお茶をすすりながら待つこと一時間。

 穂咲が、慌ただしく戻ってきました。


「魔法!」

「開口一番なんでしょうか?」

「あの板が! この絵に化けたの!」

「ウソです」


 データを印刷しただけですって。


 騒ぎを聞きつけて、お店から居間にあがって来たおばさんと母ちゃん。

 みんなの前に、じゃじゃーんと穂咲が突き付けてきた絵は。


「……宝の地図?」

「そうなの! きっと、徳川の財宝が埋まっているの!」

「君んとこのおじさんは何者なのさ」

「……パパ? ……きっと、徳川家康のパパだったの」


 じゃあ、君のお兄ちゃんになっちゃうじゃん、家康。


 呆れつつも、みんながこぞって覗き込む地図には俄然興味が湧いて。

 見てみると、山、川、駅が書いてあって。

 妙な形の岩のところにバツ印。



 ……雑なのです。


 これじゃさっぱりわかりゃしません。



「じゃあ、張り切って探しに行くの!」

「……この、母ちゃんの料理並みに雑な地図で?」


 耳を引っ張られながら穂咲の顔を覗き込むと。

 当然とばかりに頷いていますけど。


「……これは無理よ?」


 そう口にした俺に、おばさんが妙な事を言い出します。


「こら道久君。お母さんにそんなこと言っちゃいけません」

「いやいや。母ちゃんの料理が雑なの、おばさんも知ってるでしょうに」

「違うわよ。無理とか言わないで、探してあげなさいな」


 ………………………………。


 はて、何を言っているのでしょう?


「穂咲が俺の母ちゃん?」

「だって、さっきトレードするって言ったじゃない」

「え? あれは、玉子パンが美味かったからおばさんと母ちゃんをトレードしたいと言っただけですが?」

「あれ作ったの、ほっちゃんだもの」


 ……まじ?


 仕方がないので、俺は鼻息を荒げて地図を眺める同い年の子に言いました。


「……じゃあ、家康叔父さんの埋蔵金を探しに行きますか、母ちゃん」


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