第4話 カキツバタと紙巻き色鉛筆


 <カキツバタ:燕子花 花言葉:幸運が必ず来る>



 いずれあやめかかきつばた。

 ……もちろん、俺とこいつの事ではなく。


 学園一のいい男、スポーツ万能の六本木君と。

 学園トップクラスの成績にして美人の渡さん。

 アヤメとカキツバタ。

 そんなカップルが、俺たちの席の前にいるのです。


 二人とは中学時代からの友達で。

 そんな二人の間を取り持ったのが。

 隣の席で楽しそうにおしゃべりをする藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はハーフアップにして。

 そこに、美しいカキツバタを一輪挿しているのですけど。


 今日は清楚に感じなくはないですが。

 深呼吸してから改めて見ると。



 やっぱり、バカに見えちゃうのです。



「藍川、ちゃんと宿題やって来たか?」

「……自分の持てる力の限界を知ることになったの」

「かっこよく言ってもダメよ。教えてあげるからプリント出しなさい」


 真面目な渡さんが世話女房属性を発揮すると、六本木君がいつものように憎まれ口でたしなめます。


「よせよ香澄。藍川だって、まるでやってないわけじゃねえんだし」

「なによ! おせっかいだって言いたいの!?」


 やれやれ、また始まった。

 小さく突き合う口喧嘩。

 二人の、いつものお約束。


 彼ら、ほんとに仲良しさんなのです。


 俺がつい笑顔を浮かべて穂咲を見ると。

 こいつも同じ気持ちだったよう。

 にっこり微笑んで、二人を見上げていました。


 でもそんな二人が。

 面倒な話を俺に振ってきました。


「冗談が分からない頭の硬い女子なんて嫌だよな、道久も」

「酷い! 秋山はそう思わないわよね!?」


 そんなこと聞かれても。

 ここは、気の利いたジョークで返しましょうか。


「……ケンカに巻き込まないでいてくれる女子が一番好きです」


 あれ?

 俺の気の利いたジョーク、だめでした?


 渡さんが、ちょっとムッとした表情を浮かべると。

 味方を増やすべく、穂咲に駆け寄ります。


「今のは無いわよね?」

「うん。今のは無いの」


 ねー。とか言いながら。

 結託してにらんでくるのですが。


 こっちだって対抗してやる。

 ねー。


「……なんだ今の。気持ちわりいなお前は」

「俺は、冗談が分からない頭の硬い男子が一番嫌いです」


 下唇を突き出して。

 こっちは結託どころかにらみ合いです。 



 そんな呑気な朝の教室は。

 誰もが思い思いに楽しく過ごすせいで、時計の針もあくびをしがち。


 ゆったりとした時間の流れ。

 こんな時は、不思議と昔の記憶がよみがえるものなのです。


 ……でも。

 それは別に君の記憶じゃないですよね。


「道久君、道久君」


 はいはい。また、いつものアレですね?


 ここ最近、君の中で流行している昭和のうんちく。

 大変面白いのですが、今日はそのワンダーゾーンにこの二人も巻き込むことになりそうですね。

 大変不安です。


「今日は何でしょう」

「あのね、昔の鉛筆を持って来たの。不思議なの」


 そう言いながら、鞄の中に手を突っ込んで。

 色褪せた、ちょっと大きめの鉛筆を取り出しました。


「不思議も何も、鉛筆は昔っから鉛筆でしょうに…………っ!? 紐!?」


 六本木君と渡さんも目を丸くして見ている先で。

 穂咲は、鉛筆の芯の縁から飛び出した紐を摘まんで引っ張ります。


「……この紐、なあに?」

「知りません。…………誰かがイタズラでくっ付けたんでしょう、きっと。字を書く時邪魔ですし」

「……じつは、あたしもただのイタズラだと思ってるの」


 だから、君は何で自分もそう思ってることを、さも不思議そうな顔をして問題提起するの?


 呆れ顔を浮かべた俺をよそに。

 六本木君が鉛筆を持って。


 この紐、引っ張ってみてもいいかと断りを入れてから思い切り引くと。


「ふんぬぬぬ! ……これどうなってるんだ? まるで抜けねえんだけど?」


 意外や、芯に沿って真っすぐしっかり入っているようで。

 六本木君の腕力でも抜けませんでした。


「そうすると……、こういうこと?」


 続いて、才媛たる渡さんが鉛筆を受け取りましたけど。

 六本木君でダメなら、渡さんじゃ抜けないよ。


 ……多分、誰もがそう思って見ていたのですが。

 渡さんが鉛筆の根元の方に向かって紐を引くと、芯を残して軸がバラバラに剥けていったのです。


「そんな仕組みだったのか! すごい! さすが渡さん!」

「香澄ちゃんは天才なの!」


 芯が減ったら軸を剥いて使うんだ。


 俺も穂咲も、拍手喝采。

 初めてむかし文化を心から楽しめた瞬間。


 でも、六本木君と渡さんは、いつもの俺と穂咲のように顔をしかめるのです。


「でもさ、香澄。……それ」

「うん。…………鉛筆削りで削っちゃダメなの?」


 …………あ。


「ほんとだ。……無駄な機能だよね」

「喜んで損したの」

「じゃあ何のために付いてるんだよ」

「……分かんない」


 結局いつも通り。

 いえ、今日は四人で首をひねることになりました。


 そんな中。

 机の上にバラバラに散らばった鉛筆の軸を拾い集めていた穂咲が。

 渡さんのセーターにくっ付いていた欠片を摘まんで引っ張ると。


「ひゃにゃっ!?」

「びっくりした! どうしたのよ穂咲?」

「なん……、で、も、ないのにょ?」


 …………君って子はほんと。


 何でもなく無いじゃない。

 セーター、ほどけちゃってるじゃないのさ。


 いぶかしむ渡さんにばれないように。

 セーターのほつれを握りしめたまま席を立った穂咲が、彼女に後ろから抱き着いたりしてますけども。


 ずっとそうして手で隠すつもり?


「え? ちょっとヤダ、どうしたのよ穂咲?」

「困ったの。どうにも、こうしていたい衝動に駆られるの」


 照れくさい。

 嬉しい。

 困った。


 そんな三つの表情をくるくるさせた渡さんが。

 最後には穂咲へと向きを変えて。

 えーいと抱き着き返していますけど。


 君ねえ。

 そんな顔してたらバレちゃいますよ?


「……そんな顔で助けを求めても知りません」

「今の半回転で、また三十センチほど持ってかれたの」


 さっきの鉛筆みたいですね。

 このままでは渡さんが芯だけにされちゃいます。


 頼みの六本木君も、口を手で覆って笑いをこらえているので役に立ちそうもなく。


「もう、とっとと謝った方が良いのではないでしょうか」

「限界まで生きていたいの。道久君、あたしにもしもの事があったら、これをあたしと思って三食昼寝付きで甘やかして欲しいの」


 頭からすぽんと抜いたカキツバタを俺に押し付けられましても。


「知りませんよ、勘弁してください」

「穂咲のこと、取っちゃっていい? 秋山!」

「知りません」

「取られちゃったなあ、道久」

「知りませんって」


 べつにそいつの事好きなわけでも嫌いなわけでもないですし。

 気にしません。


 それに、本体はこっちですから。


 俺はカキツバタを穂咲の机に置いて席に着くと。

 渡さんも、腰に抱き着く穂咲を引きずって席に戻り。

 授業はどうする気よとか、一番後ろの席から聞こえてきますけど。


 ……先生も来ちゃいましたけど。

 ほんとどうする気さ。



 先生は、俺の隣の花を見て。

 困り顔の渡さんを見て。


「……そして最後に、どうして怒った顔を俺に向けるんです?」


 なんでもかんでも俺のせいにしないでください。


「出席を取りたいんだが、藍川はどうした」

「やれやれ……。藍川、います」


 仕方がないので、カキツバタを頭に挿すと。


「じゃあ早速、宿題にしていた英文の和訳を発表しろ、藍川」


 酷い事を言い出すのです。


 でも、今回の宿題は結構頑張ったから。

 ちょっと自信あり。


 意気揚々と鞄をあさってプリントを取り出すと、先生に止められました。


「こら藍川。秋山のプリントをカンニングするんじゃない」


 …………。


 鬼。



 仕方ない。

 でもさっき、限界まで頑張ったと言ってたし。


 少しは和訳が書いてあるのだろう。


 今回の宿題。

 メーテルリンクの青い鳥。


 穂咲の鞄に手を突っ込んで。

 英文が上半分に印刷されたプリントを開くと。

 和訳を書き込む下半分に。

 でかでかと書かれた鳥が、ほーほけきょと鳴いていました。


「これはウグイス色!」

「大声をあげるな。立ってろ」


 ……カキツバタの姿をした穂咲をにらみながら。

 俺の元には、幸運は絶対にやって来ないと悟りました。


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