第18話 ヒマワリとろうせき


<ヒマワリ:向日葵 花言葉:にせ金貨>



 昨日の写生会のせいで、丸一日立たされましたけど。

 体が慣れてきているのでしょうか。

 全然疲れていないのですが。


「……まあ、みっともないですけどね」

「そうなの。なんで丸一日立ってたの? お隣さんとして恥ずかしいの」


 この、自分に都合の悪いことから順にすぐに忘れるお隣さんは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、頭のてっぺんで大きなお団子にして。

 そこに、ヒマワリを一本突き立てています。


 ……このお花が、立たされている俺を。

 真横からずーっと見つめていたのですが。

 なんか、怖かったのです。


 しかも登下校の間に三度もお巡りさんに呼び止められましたけど。

 心から納得の扱いなのです。



 でかいよ、ヒマワリ。



 ――さて、お隣さんとして恥ずかしいとまで言い出して。

 不機嫌そうに歩く穂咲さん。


 俺が立たされた理由をちゃんと説明しなければ。

 手順を色々と考えていたら、穂咲はぽふっと手を叩きました。


「あ! 忘れてたの!」

「そうか。よかったよ、俺のせいじゃないって思い出してくれて」


 やれやれ助かった。

 胸を撫で下ろしながら穂咲の顔をうかがうと。

 何やらきょとんとしているのです。


「鞄に入れたまま忘れてたものを見せたかっただけなの。何のことなの?」

「ああ……、さいですか」


 呆れますけど、いつものこいつらしい。

 穂咲は目を上にやりながら、鞄の中を手で漁り始めます。


「しかし君は、ほんとなんでも忘れるね。何を探してるの?」

「それが分からないから探してるの」

「呆れた! ……手に書くとか、工夫しなさいよ」


 俺が適切なアドバイスをしてあげたというのに。

 こいつはふるふると首を振ります。


「書いた事を忘れるから意味が無いの。通知機能すら無くて困ったヤツなの、手」

「毎日お世話になっているのになんてことを言いますか。じゃあ、携帯は? 通知もしてくれるでしょうに」

「使ってみたけど書いてあることの意味が分からないの。困ったヤツなの、携帯」

「黙りなさい、困ったヤツらの総元締めはあなたです」


 どうしようもない子ですね、君は。


「で? 探し物は見つかった?」


 未だに鞄の中をさらう穂咲に聞いてみると。

 眉をひそめて口を尖らせます。


「必要な物が一杯入ってて、どれが何やら分からないの」

「ああもう。一回出しなさいな」


 自分の鞄を脇に抱えて手をお皿にしてあげると、まあ必要な物が出るわ出るわ。


 ちょこっと残ったガム。

 すっかり印刷が消えたレシート。

 妙な四角い石。

 万華鏡のひしゃげたやつ。

 先っぽが無くなったシャーペン。


「……いるの?」

「道久君のゴミ箱が小さくて、乗っけ辛いの」

「おい」


 一応安心しましたけどね。

 ゴミという観念をわきまえてくれていて。


「ふう! こんなもんなの。綺麗になったの」


 そう言って、満足げに鞄をばふんと叩いておりますが。

 俺の手は大惨事なんですけど。


「急なお客さんが来た時のクローゼットじゃあるまいし。後で戻しなさいよ?」

「なんでゴミを入れるの? 変な道久君なの」


 今日も飛ばしてるね、君は。

 溜息しか出てきませんけど、気を抜いたらゴミを落っことしてしまいそう。


「……で?」


 そう聞きながら、穂咲の顔をうかがうと。

 きょとんとされました。


「……綺麗になったの」

「ウソでしょ!? 当初の目的は!」

「ああ! そうなの! 鞄の中に入れてきたの!」


 開いた口がふさがりません。

 どうなってるのさ、君の頭脳。

 忘れないように手に書いといてくださいな。



 『あたしは物忘れが激しい子です』って。



「あれ? ……確かに入れたのを覚えてるの。なんでないの?」

「きっと、出したことを忘れちゃったんです」

「そんなこと無いの。人を物忘れの酷い子みたいに言わないで欲しいの」


 家に到着したというのに。

 お店の前にしゃがみ込んで。

 鞄の中身を一つ一つ地べたに並べていますけど。


「あら。おかえりなさ…………、い?」

「ああ、ただいまです。すいませんおばさん、お店の前で、お店広げちゃって」


 大胆な商売敵、爆誕です。


 俺は雑貨屋さんを放っておいて。

 店先のゴミ箱に、お菓子やらレシートやらを分別しながら捨てていくと。

 おばさんが声をかけてきました。


「それ、ほっちゃんにあげたろうせきじゃない。捨てちゃうの?」

「ロウセキ? ……この四角い石、なんか特殊な物なんですか?」


 手にした石は、チョークくらいのサイズで四角く加工されていて。

 確かにその辺に転がっているようなものではなく、つやつやしているのですが。


「ええ、それで道路に字が書けるのよ!」

「へえ……。何を書くのに使うんです?」


 あれ?

 おばさん、渋い顔で眉根を寄せちゃったけども。

 それを説明されなきゃ意味が分からないです。


 こちらの会話にポーズがかかったと思ったら。

 今度は雑貨屋さんから声が上がります。


「そうだ! あれを探しに行かなきゃなの!」

「まてまてまて。新しいものを探す前に、今の探し物を書いておきなさい」


 ……おお、そうだ。


 俺は穂咲にロウセキなるものを渡すと。

 こいつは道路にガリガリと白い線を書き始めます。


 へえ、結構くっきり書けるもんだ。

 四角い記号を書き終えた辺りで、俺は穂咲に聞いてみることにしました。


「で? 何を探しに行くのでしょう?」

「タイムカプセル!」



 ……………………え?

 なに言ってるの?



「ちょっと、今日はなに? 会心の一撃しか出なくなっちゃったの? 日曜に探しに行って、無くなってたのもう忘れた?」


 具合でも悪いのかな。

 心配になっておでこに手をやると、これでもかと膨れてしまいましたけど。


「道久君、なに言ってるの?」

「そのまんまレシーブです。君が何を言い出したのか分かりません」

「あたし、あんなとこに埋めた覚え無いの」

「チート武器装備中の君に言われても信憑性ゼロです。俺はあそこを掘った記憶がちゃんとあります」


 譲りませんね君は。

 でも、こればっかりは俺の方が合ってます。


 そのまま口をとがらせて、顔を寄せてのにらみ合い。

 するとおばさんに頭を押されて、穂咲とおでこでごっつんこ。


「何するの! 痛いの!」

「俺じゃありません。何すんのさ、おばさん」


 振り返った先では、おばさんが押し方の素振りなどしていますけど。


「違うわね。もっとこの辺りをこう押すべきだったか……」


 ……なに企んでいやがったのです?


「いたた、酷い道久君なの。ここ一時間ばかりの記憶が無くなっちゃったの」

「ご安心ください、元々無いです。道路に書いたものも見つけられないってのに」


 まったく、何を探していたのやら。

 俺が道路へ目をやると。

 そこに書かれていたのは。



 『ロウセキ』



「…………おい」


 昨日は感心してあげたけど。

 今日一日で全部吐き出しです。


「とにかく、見つけに行くの!」

「分からない人だね君は。俺の方が合ってます。穂咲のわからずや」

「道久君の方こそおたんちんなの!」

「絶対間違いないです。これくらいかけてもいい」


 俺は、これ見よがしに五百円玉を地面に置きました。

 さあどうだ。


「あたしだって、これでコールなの!」


 そう言いながら穂咲が地面に置いたのは。


 ヒマワリの種。


「ニセ硬貨!」

「さらにもうひと粒でレイズなの」


 呆れた口喧嘩を見ていたおばさんばかりがお腹を抱えて笑っていますけど。

 審判、笑ってないで。

 このインチキを止めて下さいな。



 今日はこうして久しぶりに。

 穂咲とケンカしたまま家に帰ることになりました。


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