第19話 クリスマスローズと家族の時間
<クリスマスローズ:寒芍薬 花言葉:スキャンダル>
携帯に届いたメッセージ。
待ち合わせ場所は、いつもの公園。
……いつもの公園って、そういう意味?
「ああ、良かったです! もし道久君から連絡でもあったら大変なことに……」
「そうですね。これじゃ携帯に出られない」
まったくもっていつも通り。
ぴょこぴょこと木の下で跳ねているのは、
白いファーのコートに、白地にクリスマスローズが描かれたロングフレア。
ブーツも白という眩しいいで立ち。
そんな彼女が、いつものように涙目になって、木の上から少しだけ覗いた携帯電話を見上げています。
「今日は簡単に取れそうですね。バイブレーションの設定してありますか?」
「ええ。……ああ、なるほど!」
俺はスマホを取り出して、美穂さんの番号を呼びだして。
携帯を渡しながら枝の真下に立ちました。
「通話ボタン押してください」
「でも、その、道久君の携帯に私の名前が……」
「そりゃ入ってるでしょ。登録したんだから」
なにやらもじもじしていますけど。
登録してあるの、そんなにイヤ?
それとも、そこから自分の携帯にかけるのがイヤ?
「じゃあ、お、押します」
「よしこい」
美穂さんが目をつぶって携帯をポンと触ると。
枝の上から振動が響いて。
それと同時に携帯が滑り落ちます。
が。
運悪く、幹のでっぱりに当たって、あらぬ角度へ方向転換。
「うそーん!」
お世辞にも鋭いとは言えない俺の反射神経。
必死で飛びついて、なんとかダイビングキャッチすることに成功しました。
「あ、危なかった……」
「道久君!」
慌てて駆け寄って来た美穂さんに携帯を渡しながら立ち上がると。
お腹の埃をはたいてくれるのですが。
「……すいません、いつもかっこ悪くて」
「いいえ? いつもかっこいいですよ?」
彼女はニコニコ笑顔で気を使って下さるのでした。
――さて。
付き合って欲しい場所があるとのお話でしたけど。
それがいつもの公園とはこれいかに。
「ごめんなさい。私、このベンチからの眺めを道久君と見たくて……」
「ああ、そういうことでしたか。俺もこの公園、静かで大好きです」
「嬉しいです。でも、昔は賑やかだったのですよ?」
そう言いながら、美穂さんは公園の隣の更地へ目を向けます。
「このブロック、再開発中なんです。向こうには少し前までボーリング場がありました。公園を挟んで逆側はCD屋。他にも、ブティックやらヘアサロンやら」
「……まるで想像つかない」
閑静な公園の立ち木ばかりが目立つ。
そんな見晴らしのいい景色が広がっているのに。
ここ、かつてはちょっとしたプレイスポットだったんだ。
顎を上げて、首を巡らす美穂さんの目には。
きっと沢山のビルがセピア色に映り込んでいるのだろう。
思い出の場所。
その移り変わりの寂しさは。
俺も痛いほど分かるのです。
「……この公園も、もう数日したら無くなってしまうんです」
「え!? そりゃまた残念ですね。あの木が無くなると思うと寂しいです」
美穂さんと出会った思い出の木ですし。
「私にとって大切な木なので、そうおっしゃっていただけると嬉しいです」
「……なにか、思い出があるんですか?」
「ええ。私が缶の蓋なんておかしなものを集めるきっかけになったのは、あの木のおかげなんですよ」
クリスマスローズが描かれたスカートをきゅっと握りながら。
まるで子供の頃に戻ったような、キラキラとした笑顔で美穂さんは語ります。
「私ったら、あの木に登って降りることができなくなってしまったんです。それを助けてくれた方がいたのですけど、その方が持っていた空き缶に目を奪われて。それを下さいって泣いてせがんだら、蓋だけ下さったんです」
「へえ、そんなに綺麗なものだったんですか」
「今もお店の壁にはまっていますよ?」
ふふっと笑顔で振り向く美穂さん。
ほんとに小さな子供の自慢話を聞いているよう。
「そのお兄さんの気持ち分かるなあ。子供に泣かれると断れませんよね」
「小さな頃は、なんでも欲しがっては泣いていた気がします。今の子供たちは逆で、物が欲しいと泣くようなことはしないんですって」
「いやいや、そんなこと無いでしょう」
俺が否定すると。
美穂さんは、意味深に首を振ります。
「……物は、欲しいと言えば買ってくれるから。でも、今の子たちが欲しがっているものはそんなものではない気がします」
――まるで波打ち際で、優しい潮騒をゆっくりと耳にしているよう。
美穂さんの透き通る声は、終始ゆったりとしたリズムで。
俺に大切な事を教えてくれました。
「確かに。俺たちが子供の頃は、もっと家族の時間がありました」
「ええ。今の子供たちは、もっと家族と一緒の時間が欲しいのだと思います」
「……だからかな。俺が穂咲を甘やかしちゃうの」
あれ?
美穂さん、急に眉根を寄せられましたけど。
「ほさきさんって、お花の方、ですよね」
「あいつ、五歳の頃お父さんを亡くしているんです。おばさんはずっと仕事してるし、俺も家族のようなものなんで、なるたけ一緒にいてやってるんです」
「…………それで、甘やかしてしまうんですか」
「今は大ゲンカ中ですけどね。丸一日、口もきいてない」
俺が頬を膨らませると。
美穂さんは寂しそうに俯いてしまいました。
そんな顔しないでください。
あいつが河原にタイムカプセルを埋めてないとか言い張ってるせいなんです。
「でも、おじさん……、穂咲のお父さん、俺たちといつも一緒にいてくれて、沢山の想い出をくれたんですよ。この間も穂咲と二人で、おじさんと一緒に埋めたタイムカプセルを探しに行ったんですけど、もう無くなっていて……、あ、ごめんなさい。面白くなかった?」
美穂さん、俺の話に俯いたまま。
でも、慌てて笑顔を張りつけながら、気を使って否定してくださいます。
「い、いえそんなこと! ……えっと、そう! タイムカプセルと聞いて、昔、母から聞いたお伽噺を思い出したのです」
ごめんなさい。
なんだか気を使わせてばかりで。
どんなお話か聞いてみたい。
俺がお願いすると、美穂さんは再び少女の笑顔を浮かべて語ってくれました。
とある夫婦の家の庭。
桜の木が植わってる。
奥様の土地の風習で。
新婚の庭に植えるそう。
そしてその根元には。
金貨を一枚埋めるのが習わし。
奥様の家は裕福で。
習わし通りにしてくださり。
大層な指輪や腕輪を付けて。
男の元に嫁ぎます。
数年経った夜。
夫が夜中に目を覚まします。
すると、庭で奥様が。
木の下を掘り起こしているのです。
金貨を独り占めする気か。
夫はそう思ったのですが。
もともと奥様の御実家のものですし。
黙っていたのです。
しばらくして。
夫の事業が傾きます。
どうしてもお金が必要になった時。
夫は思い出しました。
桜の根元を掘り起こし。
現れたのは、二枚の金貨。
そのお金で難局を乗り切った夫は。
奥様を問いただします。
もっと金貨があれば楽だったのに。
お前が何枚か取ってしまったせい。
大変な思いをした。
でも、奥様は否定します。
私は金貨を取ったことはありません。
そこでようやく、夫は気づきます。
奥様の手に、指輪、腕輪は無く。
陶器のようだった手は、荒れていたのです。
まさか。君はひょっとして。
ええ、金貨を一枚、埋めた記憶ならありますよ。
そう結んだ美穂さんは、にっこりと俺に微笑みます。
……でも。
俺には、そのお話の感想を語る余裕が無くなりました。
「ありがとう! やっとわかった!」
「……え?」
俺は美穂さんの手をギュッと握って感謝を伝えると。
彼女は顔を真っ赤にして口をパクパクさせています。
「あいつめ! 河原に埋めた覚えがないって言ってたのはそう言う事か!」
急いで謝りに行かなくちゃ。
俺は、慌てて駆け出して。
今度埋め合わせしますからと振り返ると。
そこには、ぽーっと呆けてしまった美穂さんの姿がありました。
…………なんで?
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