第20話 ラベンダーと電話とレコードとストライク


<ラベンダー:拉芬他 花言葉:あなたを待っています>



 この間、おばさんと約束したもんだから。

 今日の夕食は、父ちゃんのカレー。


 これをやられると秋山家は昼食を作るための陣地を失うため。

 藍川家の二人が補給を抱えて陣中見舞いに来てくれました。


 オムライスを、いつもの屋外用コンロで作ってくれたのは。

 お休みの日にはめったに顔を出さない、藍川あいかわ穂咲ほさき教授です。


 机の上には、おばさんが持ってきてくれたラベンダーの鉢植え。

 俺の分のオムライスだけ、『ケチャップライスの目玉焼き乗せ』になっている件についてやさぐれた心を癒してくれます。



「それにしてもほんとに本格的ね。驚いたわ」


 おばさんが、口の端にケチャップをくっつけながらキッチンを伺うと。

 母ちゃんが同じ位置にマヨネーズをくっつけながらため息をつくのです。


「驚くのはこれからさね。あの人、このあと六時間も煮込み続けるんだから」

「え!? ……もう、今の時点で十分美味しそうなのに」


 そう。

 俺達にもそれは分かってる。


 たっぷり二時間かけて作ったトマトと玉ねぎとリンゴのルーに。

 四時間かけて取ったチキンストックを入れるのです。

 きっと、この時点で美味いと思います。


 ですが、ここからたっぷり六時間かけて。

 味、香り、舌触り、のど越し、コク。

 全てが安いレトルトカレーと全く同じになるように、細心の注意を払って煮込んでいくのです。



 ほんと。

 父ちゃんのカレーは奇跡と呼べるほどコスパが悪いのです。



 ――あとは鍋をかき回すだけとなった父ちゃん。

 いつもはここまで来ても口を開きやしないのですが。

 何の気まぐれやら、今日は俺に話しかけてきます。


「宝箱の場所には行けたのか?」

「ああ、話さなかったっけ。散々掘り起こしましたよ」

「それはご苦労だったな。なにも出てこなかったろう」


 そう言われて、ようやく気付きました。

 父ちゃん、あそこに何も埋まってない事を知ってたんだ。


 そしてこいつにも。

 あそこに何かを埋めた記憶はなかったわけで。


「当然なの。あそこには埋めてないの」

「なんでお前はそうややこしい言い方するのさ」

「だって、あそこにあった宝物を掘り起こしたことしか覚えてないの」


 最初っからそう言いなさいよ。

 美穂さんに気付かせてもらえなかったら分からないままだったよ。


「やはり残念な結果になったか」

「ううん? また思い出ができたの。パパのかんかんを埋めてきたの」

「あの缶を? ……なるほど。穂咲ちゃんは、やはりあいつの娘だな」


 そんな事を言いながら、父ちゃんが穂咲の頭を撫でると。

 穂咲は照れくさそうに。

 でも、嬉しそうに目を細めるのです。


「……父ちゃん、つまりはどういうこと?」

「あっちの地図は、ピクニックに行ったときの余興だ。お前たちが川遊びしている間に缶を埋めて、クレヨンで地図を書いたんだ」


 ……その地図を見ながら、俺たちは宝探しをしたんだね。

 素敵な思い出に、ようやくすべての色が付いたよ。



 三人の話を聞きながら。

 おばさん二人がニコニコと見つめてきますけど。

 あなた方も知らない冒険があったこと。

 意外な形でお知らせすることになりました。


 ……でも、これでおしまいと思いきや。


「おじさん。宝箱には何が入ってたの?」


 至極まっとうな質問を穂咲がしたのですが。

 父ちゃんは穂咲の訴えかけるような目を、難しい顔で見つめて。

 そして、なぜか観念の溜息と共に話し始めました。


「……そこに、もう一枚の宝の地図が入っていたんだ」

「え? ……それって、二段構え?」

「ちょっと違う。お前たちに、次の休みにはその地図の所へ宝を埋めに行こうと言っていた」


 ん? どういうこと?


 女性陣三人も、身を乗り出して父ちゃんの顔を覗き込んでいますけど。

 意味が解りません。


「そんなことして、誰がそれを掘り起こすのさ」

「お前たち二人だ」

「いやいや。だって、俺たちと一緒に埋めたんだろ? だったら場所も……」

「知らないの」


 穂咲に言われて、はたと気付きます。

 ほんとだ、知らない。

 っていうか、覚えてない。


「車で連れまわして埋めてきたと言っていたからな。お前たちに場所はわからない。俺も知らない」

「じゃあ! 今度はそれを探しに行くの!」

「おお、いいね。でも、肝心の地図が無い」


 ああそうかとつぶやく穂咲と交わしていた視線を、二人同時に父ちゃんへ向ける。

 すると、父ちゃんはお玉を回しながら、首を左右に振るのです。


「残念だが、お前たちが持っていないならどこにもない。あいつが遺したフロッピーディスクには入っていなかった」

「フラッペだけじゃないの! ママのピーガーも入ってたの!」


 謎の言葉を置いて穂咲が外へ駆け出すと。

 父ちゃんが眉根を寄せてしまいました。


「ぴーがー?」

「ああ。……えっと、おばさん。なんだったっけ」

「あの缶の中にカセットテープも入ってたのよ。でも、雑音ばっかりで何にも聞こえなかったわ」


 その説明を聞いた父ちゃんが、メガネの奥で糸目を見開きます。


「……雑音のようなものが、入っていたんですね」

「ええ。……雑音じゃないの?」


 首をひねるおばさんの後ろから駈け込んで来た穂咲の手には、横長のデッキ。

 父ちゃんはそこからテープだけ取り出すと。


「ちょっと待ってろ。デコードできるかもしれん」


 そう言いながら、書斎という名のウォークインクローゼットへ向かいます。


「あたしもお手伝いするの!」

「ええ!? ……君に何ができるのさ」


 肩をすくめて穂咲を見送ると。

 母ちゃんとおばさんがデッキを手に、懐かしいだのなんだの盛り上がります。


 音楽がダビングできるとか言ってますけど。

 ダメですよ、ウソついちゃ。

 二人とも、コピーガードって言葉知ってます?


 機械音痴二人の口から出てくる言葉はどこまで信頼できるのやら。

 俺に食後のコーヒーなど注文しながら、洋楽の話で盛り上がるのです。


 話がまるで分からない俺は、キッチンへエスケープ。

 父ちゃんのカレーが焦げ付かないようにかき回すこと三十分。

 すると、穂咲が慌ただしく戻ってきました。


 そして開口一番。


「魔法!」


 そんな声を上げて。

 なにやら、記号が書かれた紙を俺に突きつけます。


「あの板が! この絵に化けたの!」

「……先々週もやってたよね。それ、ウソですから」

「いや、本当だ。ここに入っていたデータだ」


 穂咲の後から現れた父ちゃんが。

 とんでもない事を言い出します。


「え? ……あの雑音、データなの?」

「昔はこれが当たり前だったんだ。片面で五十キロバイト程しか入らないがな」

「一メガの半分? すくなっ!」

「どうなっているんだお前の頭は。二十分の一だ」

「すくなっ! そんなちょっとで何が保存できるの!?」

「……本物の、宝の地図が保存できるのさ」



 なにをキザな事を。

 俺はため息と共に、さっきからずっと俺の袖を引っ張ったままの穂咲へ振り向いて。

 宝の地図とやらに目を落としました。


 …………が。


「なにこれ? 記号? 暗号?」


 これを地図と呼べるのか。

 紙には、四つの図形が書かれていました。


 一番左のは、丸の中に小さな丸がいくつも書かれて。

 その中に数字が入っています。


 その隣は、黒く塗りつぶされたドーナツ。


 さらに隣の木の根元にバツ印があって。


 最後には、黒塗り三角二つで蝶々のようなものが書かれています。


 

「…………なにこれ」



 穂咲と顔を見合わせて。

 同時に首をカクン。


 すると、父ちゃんが鍋を見つめながら話してくれました。


「子供のお前たちには読み解けない。大きくなって読めるようになった時に、初めて手に入れることが出来る。つまり、その地図の所に埋められているのは……」


 俺と穂咲は、お互いを指差しながら同時に叫びました。



「「タイムカプセル!!!」」




 ……なんてことだ。




 おじさんのセンス。

 俺たちに楽しい思い出をくれようとする気持ち。


 その優しい想いに触れて、涙が溢れ出してしまいます。



「じゃあ、今すぐ探しに行くの!」

「ああ、そうだな!」


 穂咲に言われて、涙を拭いて。



 ……そして、気付きます。



「これ、どこ?」

「道久君が分からないものがあたしに分かるわけないの」


 ですよね。



 大きくなっても読めない俺たちを見て。

 おじさんが苦笑いしている気がしたのでした。


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