第21話 ポインセチアと体温計


<ポインセチア:猩々木 花言葉:元気を出しなさい>



 タイムカプセルを埋めた場所。

 おじさんが遺してくれた暗号。


 それを片手に、半日ものあいだ外を走り回ったせいで風邪でもひいたのか。

 鼻をすすってボーっとしているのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 宝物も見つからないし。

 踏んだり蹴ったりですね。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は三つ編みのおさげにして。

 そのおさげをポインセチアの花で埋め尽くしているのですが。


 まさかとは思うけど、ポインセチアの花粉症じゃないですよね?



「うう、いづもよりぼーっとするど」


 隣の席でぐずぐずとそんな事を言っていますけど。

 ちょっと驚きましたよ。

 いつもよりってことは。

 普段もぼーっとしてる自覚があったんですね。


「すごい鼻声。チーンなさい、チーン」

「レンジなんが、教室に無いど?」

「ぼーっとしてるところ英語使ったりして悪かったよ。ぶびーなさい、ぶびー」


 穂咲は、俺が渡したポケットティッシュからちり紙を一枚出して。

 鼻をかんだクズをどうしたらいいか分からない様子。

 やっぱり熱でもあって、頭が働かないのかな?


 仕方ないのでみんなに断りを入れて、ゴミ箱を席まで持ってきました。


 しかし、穂咲の場合。

 風邪なのかなんなのか。

 いまいち分かりにくいのです。


 これは母ちゃんから教わった事なのですが。

 調子が悪い時に早期発見できるサインが三つあるとのことで。


 一、動きが鈍い。

 二、ぼけーっとする。

 三、何を言っているかよく分からない。


 ……困ったことに、その三つから俺が連想するものは。

 風邪をひいてない時の穂咲なのです。



「うう、体温計ではかっでみるど」


 そんなことをつぶやきつつ。

 鞄を机に乗せてガサゴソやってますけど。


「落ち着きなさいって。入ってるわけないから」


 熱のせいでしょうか。

 救急箱じゃないんだからそんなの……。


「あったど」

「あるんだ」


 いつもいつも。

 君の鞄からは変な物が飛び出しますね。


 そしていつもいつも。

 君の頭からは変な事をしないと気が済まない電波でも出ているのでしょうか?


「おいおい、ちょっとお待ちなさい。体温計をブンブン振る人がありますか」

「だって、おばあちゃんの家に行った時、こうしてたど」

「熱のせいで勘違いしてるんです」

「そうかなあ。……言われてみればそんな気がして来たど」


 穂咲から体温計を奪い取ってリセットボタンを押して。

 口に咥えさせると、のそのそと鞄からお菓子など取り出していますけど。


「こら、朝からお菓子なんか……、ああ。のど飴か」

「買って来たど。……ラムネの小袋入り」

「乾燥剤は食べちゃダメです。あと、体温計咥えてしゃべりなさんな」


 ここまでぼーっとしてると、体温計咥えたまま飴を舐め始めそうだな。

 俺が穂咲からのど飴を一旦取り上げると。

 ちょうどぴぴっと音が聞こえました。


「どう?」

「六度七分」

「あれだけしゃべってたのにそれだと、ちょっと高いかな」


 穂咲が手にした体温計の数字を覗き込んでいたら。

 席の前に誰かがやってきました。


 おお、渡さん。


「大丈夫? 一日ぐらい休めばよかったのに」


 その後ろから六本木君もやって来て。


「クラスのマスコットガールだからって無茶すんな。代わりは道久がちゃんと務めるから」

「いつからガールになったんだ?」

「マスコットの方を否定しろよ」


 ……ほんとだ。

 俺、自信過剰?


 そんなゆるめの自己嫌悪に陥っていたら。

 穂咲が二人に向けて、鼻をすすりながら言うのです。


「だめなど。……あだしが具合悪いど、ママが心配するど」


 ……バカな鼻声で。

 優しい事を言うのです。



 穂咲は、自分の為にあくせく働くおばさんの心配をして。

 負担をかけたくないと、いつも気にしているのです。


 そんな言葉に、二人も神妙な気持ちになったのでしょう。

 慈しみという文字が自然と心に浮かぶ、そんな表情で。

 穂咲の事を見つめるのです。


 が。


「そうすっと。おまんま食い上げになるど」

「言い方ひとつで台無しです」


 思わず二人してふき出しながら。

 穂咲の頭を撫でていますけど。


「風邪なんか、すぐ治す方法があるから安心しろ」


 スポーツマンの六本木君が、そう言います。


 サッカーの大会前とか、絶対に風邪をひけないタイミングがあるわけで。

 そんな時の対処法もあるのでしょう。

 きっといいアドバイスをくれるに違いない。


 三人が見つめる先で、六本木君は俺を指差しながら言いました。


「ひとにうつせばいい」

「言葉は不特定多数なようですが。この指はなんだ」


 六本木君の手をはたいてにらみつけると。

 穂咲が俺の二の腕辺りをぎゅっと掴んできたのです。


「いいアイデアなど」


 ……そんな言葉と共に、椅子に座ったままぽけーっと俺を見つめてきて。

 ゆっくり。

 顔を寄せて来るのですけど。


「まてまてまて! ななな、何する気です!?」


 慌てて大声を上げて仰け反ってみましたけど、これは失策でした。


 俺の声に驚いて、みんながこっちを向いてしまったらしく。

 途端にクラスが黄色い悲鳴で満たされます。


「止まれ! お前、どうやってうつす気!?」


 ようやく穂咲が進撃を止めると。

 そのまま六本木君に振り向いて。


「どうやったらうつるど?」


 ぼーっとした顔で聞くと。

 このバカなやり取りを呆れ顔で眺めていた良識のある渡さんが。

 危険な事を口走りそうな六本木君の代わりに答えてくれました。


「そうね、くしゃみでもしたらうつるんじゃない?」

「ちょ!? ……良識派が敵に回ると、絶望感がハンパない!」


 てへっとかしてますが、可愛くないです。

 こいつにそんなこと言っちゃダメです。


「穂咲さん? 何をそんなに楽しそうな顔してるのです?」

「……合法的に、楽しそうな事ができるど」

「法には触れますから。傷害事件ですから」

「ふっふっふ。逃げても無駄など。地の果てまでも追いかけて、くしゃみするど」

「ほんとに勘弁してください。飴やるから」

「それはもともとあたしのなど」


 突き出した袋を分捕って鞄に入れてますけど。

 何とか違う話をして忘れさせないと。


「舐めときなさいな、のど飴」

「……あ、忘れてたど」


 再び鞄に手を突っ込んで、がさがさ探る穂咲さん。

 難しそうな顔をしてどこ行ったとか呟いてますが。

 今、入れたばかりですよね?


 まあ、いいか。

 それだけ一生懸命探せば、くしゃみの事なんか忘れちゃってますよね。


 ちょっとだけ、ほっとしながら。

 ようやく鞄から手を出した穂咲を見つめます。


 でも、その手に持っているのはどう見ても飴じゃなく。

 四角い小袋のようですが。


 その封を切って、口へさらさらと流し込んでいますけど……っ!


「なにやってんだ!!! 吐き出せ!」


 熱があるからってなんてことを!

 すぐに吐き出させないと!


 机を弾き飛ばしながら立ち上がって、穂咲の両肩を掴む。

 すると、俺の顔を正面に見据えた穂咲が。


「びえっくし!」

「ぶほっ! ……真っ白!? なんじゃこりゃ!」


 なにやら白い粉を吐き出しましたけど。

 あれれ? 乾燥剤じゃないの?


「なにするの。風邪薬がいっこダメになっちゃったの」

「ややこしいタイミングでそんなもん飲むな! ああもう、汚いなあ!」


 文句を言いつつタオルで穂咲の顔を拭いてやりながらも。

 ほっと一安心なのです。


「ああびっくりした」

「びっくりしたのはこっちよ! 秋山、今のなに?」

「渡さん達は見てなかったからね。さっきこいつ、飴の乾燥材をラムネとか言ってたからそれと勘違いして……」


 なるほどねと合点がいった表情を浮かべる渡さんの隣で。

 六本木君は机を元に戻してくれながら。


「でも、今ので道久にうつったな」

「なにが?」

「風邪」


 ……そうでした。

 もともとそんな話でしたっけ。


「……言われてみたら、ちょっと寒気がして来たかも」

「でも、あたしはぼーっとしたのが治ってないど」

「そう言いながら薬を取り出しなさんな! また真っ白にする気ですか?」

「だって、いまの、すっごく面白かったど」


 穂咲がニヤリと微笑みます。

 そこに先生が入ってきたので。

 俺は思わず叫びました。


「先生! これから具合が悪くなる予定なので、保健室に行っていいでしょうか!」

「何をバカな事言い出すんだ貴様は。それなら保健室で立ってろ」


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