「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 7冊目
如月 仁成
第1話 チューリップと牛乳配達
<チューリップ:鬱金香 花言葉:思いやり>
好きなのか嫌いなのか。
いつからだろう、俺は考えることをやめた。
高校からの帰り道。
地元駅から家までの、いつもの道すがら。
俺の横を、ぽてぽて歩くのは。
お隣に住む幼馴染、
軽い色に染めたゆるふわロング髪を。
つむじのあたりでふんわりとしたお団子にして。
優しいタレ目と共に俺を見上げてくる笑顔は大変可愛いのですが。
その感情を差っ引いて余りあるものが。
君の頭から生えておりまして。
お団子に挿されたチューリップが三本。
赤、白、黄色と揺れていて。
バカ丸出しなのです。
家業のお花屋の宣伝ということは分かるのですけど。
小さなころから見慣れたこの俺でさえ。
未だにこうして、呆れてしまうわけで。
そんな穂咲が、制服の袖を急にくいくいと引っ張ってきました。
「道久君、道久君」
「……なんでしょう。また、いつものアレでしょうか?」
ここ最近、君の中で流行している昭和のうんちく。
面白いことは面白いのですが、おばあちゃんからのまた聞きなせいで、結局二人で首をひねって終わることになるのですけれど。
まあ、話題も尽きていましたし。
お付き合いいたしましょうか。
「次の角を右に曲がったところに、古くから建ってるおうちがあるの」
「ん? 山田さんとこ?」
「そう、山田さんとこなの」
そこまで言ったかと思うと、はっと振り向いてアパートの塀を歩くにゃんこを追いかけて行くチューリップ。
君が、猫と子供を見たら追っかけて行っちゃうの知ってはいますけど。
……山田さんは?
穂咲はにゃんこをのたのたと追いかけて。
やっと捕まえて、嫌がっているのを撫でまわそうとすると。
最後には爪を立てられて、顔に飛びかかられて。
チューリップを一つ落として、べそをかきながら戻ってくるのです。
「君はあれですね。何と言うか、子供のまんまですね」
和む反面、呆れかえります。
それでも高校生?
「手の甲、引っかかれたの」
「ありゃま。ちゃんと消毒しないと」
俺の方が配置を把握している穂咲の鞄に手を入れて。
ちり紙と消毒液と絆創膏を出して治療してやると。
「そう、山田さんとこの玄関にね」
「君の頭の中で未だに順番待ちしてた山田さんにびっくりだよ」
治療してるというのに歩き出す厄介な穂咲の手の甲に。
狙いなんか定まらないから全然違うところに絆創膏がぴったんこ。
「ああもう。もう一枚剥かなきゃ……」
「これなの。不思議なの」
「え? …………牛乳?」
穂咲がみみずばれの手で指差す先は。
山田さんとこの玄関なわけで。
そこに、確かに不思議なものがありました。
何度も通ったことがあるのに、気付かなかった不思議な箱。
郵便ポストの横に、かすれた文字でかろうじて読める『牛乳』と文字が書かれた小さな箱。
「昭和の頃は、毎朝、ここに牛乳が入ってたの」
「ウソです」
どんな仕組みなのさ、それ。
そもそもこんなサイズじゃ、五百ミリのパックだって入らないし。
「実は、あたしもちょっと信じてないの」
「当たり前です」
「だってこんなにヒビだらけじゃ、零れちゃうの」
「今あなた、ちょくで入れました?」
驚いて振り向く先で、大まじめに頷いてますけど。
ちょっとは考えて。
「牛乳は、要冷蔵なの」
「そうだね、常温は無理でしょうね。……いや? 二百ミリのパックなら常温でもいけたっけ?」
ポストの構造を観察して、振り返ってみれば。
今の今まで会話をしていたはずのチューリップがどこにもいない。
慌てて首をめぐらせると。
お母さんに手を引かれて散歩していた子供を見つけてふらふらと寄っていく姿を見つけました。
君が、猫と子供を見たら追っかけて行っちゃうの知ってはいますけど。
……山田さんの優先順位、低すぎませんか?
穂咲は子供をのたのたと追いかけて。
やっと捕まえて、嫌がっているのを撫でまわそうとすると。
最後にはぐずられて、髪を引っ張られて。
チューリップを一つ落として、べそをかきながら戻ってくるのです。
「君はあれですね。何と言うか、子供のまんまですね」
恐縮して謝り続けるお母さんに、いつものことだから平気ですと声をかけて。
向こうも向こうで、泣きだしてしまった子供をあやしながら離れていきます。
「うう、ほっぺたをはたかれたの」
「君、子供と猫が好きなのに。不憫だね」
子供と猫が好きだから。
ふらふらと寄って行っては。
こうして花を抜かれて帰ってくる。
どうしてそんなことになるのか、理由を教えてあげましょうか?
なぜなら世の中すべての子供と猫は、君の事を格下だと思っているのです。
それがヒエラルキー。
「……君の家にもポスト付けたら? 絆創膏って書いて」
やれやれ、泣く穂咲には勝てません。
これはきっと、思いやりというものでは無くて。
昔からの習慣みたいなもので。
もう一枚、絆創膏をぺりりと剥がして。
穂咲のほっぺたに張ってやろうとしたら、手をはたかれました。
「痛いのですが、どういうことでしょう?」
「痛いから、触らないで欲しいの」
子供がひっぱたいた時より遥かに凄い音で、俺の手をはたいてくれましたけど。
……え?
これ、ヒエラルキー?
俺はなんとも釈然としない思いで、自分の手に絆創膏を張りつけたのでした。
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