第27話 アネモネと自動車


<アネモネ:牡丹一華 花言葉:薄れゆく希望>



 とうとう見つけたタイムカプセルの隠し場所。

 果たしてあのかんかんに、俺たちは何を詰めたのやら。


 朝も早くから大きなスコップなど持ち出して。

 ステッキのように振りかざしながら踊り歩いて。

 そしてお巡りさんに止められて、しどろもどろになっているのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をエビにした穂咲の耳に、赤いアネモネ。

 お花の子としてお巡りさんにも変なヤツと知れているため。

 おとがめ無しとなりました。



 ただ、ここからが問題で。

 勝手に公園の地面など、子供二人で掘ったりしたら。

 怒られるのではないでしょうか。


 公園が近付くにつれ、不安が募ってまいりましたが。

 そんな考えなど些細な物と思わせる。

 もっと大きな問題が目に飛び込んできたのです。


「ウソ。……ひょっとして、もう工事が始まってるのか?」


 ついこの間、美穂さんと座ったベンチ。

 それがあったはずの場所に、黄色い威容が一台。


 小型のパワーショベルが、長いアームを折りたたんで、エンジン音を低く唸らせているのです。


 俺の目に、何か所かの掘り返された跡が映って。

 慌てて駆け出したのですが。

 でも、木の周りは無事だったようで。

 ほっと胸をなでおろします。


「ああ驚いた。良かったよ、無事で」

「全然良くないの!」


 何が良くないの?

 穂咲はぷりぷりと膨れた様子で、小型のパワーショベルに乗ったまま雑誌をめくるお兄さんに向けて声を上げました。


「この泥棒ネコ! 横取りなんてさせないの!」


 もちろん、後頭部を即時チョップです。


「すいません。こいつがバカでホントにすいません」

「バカじゃないの。このお兄さん、あたしのお宝を先に掘り起こす気なの」


 ヘルメットに作業着姿のお兄さんが。

 スコップを手にした穂咲を見下ろして。

 かっこよくデザインされた顎髭に手をやりながら、ぽつりとつぶやきました。


「……スコップ娘よ、一足遅かったようだな。お前のお宝は俺様が頂いた」

「ノリいいですね。何から何まで、ほんとすいません」


 むきーとスコップを振りかざす穂咲を羽交い絞めしていると。

 お兄さんが精悍な日焼け顔を俺に向けて来ました。

 説明しろってことですよね。


「ええと、俺たち、あの木の根っこにタイムカプセルを埋めたんですよ」

「へえ。……教えてくれて助かったぜ、少年。あちこち掘る手間が省けた」

「なんで場所を教えちゃったの!? 道久君のおたんこなす!」


 お兄さんのジョークのセンスに脱帽です。

 でも、面白いのですけど、面倒になるので勘弁してください。


「……もうしばらくしたら監督さん来ちまうから。早いとこ掘っちまえよ」

「すいません。すぐ済むと思いますので……」

「あたしが見つけた所を掠め取る気なの! 騙されないの!」

「面倒ですね君は」

「うっ! ……な、何を言ってるかわからねえなあ」

「面倒ですねお兄さんも!」

「怪しいの! こんな、クーラーも付いてないほど昔の車に乗ってる貧乏人、絶対にお宝を狙ってるの!」

「ほんと勘弁してよ二人とも! ……ああもうめんどくさい、放置だ放置!」


 俺ばっかり気をもむのがばかばかしくなったので。

 穂咲からスコップを取り上げて木の根元へ向かいます。


 あと、クーラーが付いてないから昔の車って何の話ですか。

 昔の車だってクーラーくらいついてるでしょ、夏とかどうするのさ。



 ……そう言えば、美穂さんの姿が見えないな。

 昨日、掘り起こすところを一緒に見ませんかと声をかけたのだけど。

 なにやら寂しそうな顔で、断られてしまったのですが。



 ……どうしてか。

 あの表情を思い出すと。


 彼女とは、もう会えないような気がするのです。



 今まで、何度も目にした光景がよみがえります。

 この枝の下で、ぴょんぴょこ跳ねる美穂さんの姿。

 いじめっ子に放り投げられた物を取ろうとして……!?


「今日のいじめっ子、本体ごと投げたの!?」


「ああ、見つかってしまいました! 昨日の今日なので早く帰らなきゃって思っていたのに……」


 いつもの枝よりさらに上。

 随分と細い枝に、美穂さんがまたがっているのですが。


「びっくりした、自分で登ったんですね。でも、危ないです。降りましょう」

「いえ、あとちょっとで届くので……」


 枝の先には、スカーフのような物が引っかかり。

 そこへうーんと手を伸ばす美穂さん。

 でも、心配していた通りと言いますか。

 そんな悠長なことを言っていられないと申しますか。


 ……枝から、ぴしっと嫌な音が響くと。

 美穂さんが悲鳴を上げたのです。


「ちょ……っ! 美穂さんすぐに戻って! バック!」

「いえ、その……。下手に動いたら、折れそうな感じが……」


 結構な高さがある枝の上。

 美穂さんが進退窮まり、泣きそうな顔で俺を見下ろしているのですが。

 一体どうしたら?


 頭、真っ白。

 何も思いつかない。


 でもその時、穂咲が張りのある大声をあげたのです。


「お兄さん! 出番なの!」

「なんでそんなとこに登っちまったんだ! 動くなよ!」


 工事用の小型パワーショベルが唸りを上げて。

 俺たちのいる木へ慎重に近付きます。


 曲がったアームの一番高いところが、ちょうど美穂さんのいる高さと同じくらい。

 そのまま近付けば足場になるでしょう。


 でも、穂咲の機転に感心したのも束の間で。

 俺は青ざめることになったのです。


 だって。

 そんな重たい機械が、もしタイムカプセルの上に乗ったら……。


「そのまままっすぐなの! お兄さん、早くなの!」

「おお! 任せとけ!」



 ……穂咲。

 君だって気付いているはずなのに。

 でも君は躊躇なんかしないんだね。


 一瞬でもタイムカプセルが心配なんて思った自分が恥ずかしい。

 君を見ていると、俺の器がいつも小さく見えるんだ。



 キャタピラが土を噛み崩し。

 そして木の手前で一旦停止すると。

 ゆっくり、ゆっくりと、アームの一番高いところを美穂さんに寄せていきます。


 その鉄の足場に、慎重に足を乗せた美穂さんがようやく安堵の表情を浮かべると。

 穂咲とお兄さんは親指を上げて健闘をたたえ合うのでした。



 二人の笑顔はとっても眩しくて。

 俺は随分と遠くから、そんな二人を眺めているような錯覚を覚えるのでした。




 ~🌹~🌹~🌹~




 なんとか地上に降りてふらつく美穂さんを。

 穂咲がぎゅっと抱きしめています。


 そんな二人が見守る先で、俺が地面を掘り起すと。

 やはりと言うか、きっとさっき踏みつぶしてしまったのでしょう。

 ひしゃげた鉄の塊が顔を出しました。


「……何となく覚えてるな。多分これだ」

「うん。これなの」


 穂咲は、うんしょと缶を地面から引き抜いて。

 ひっくり返して底を叩きますが。


 出てくるものは、土ばかり。

 そこには、何も入っていませんでした。


 お兄さんも近付いて来て、どこか寂しそうにため息をつきます。


「ちきしょう、お宝を先に見つけられたか」

「……さっき助けてくれたから、山分けしようと思うの」

「いらねえよ、金にならなそうだ。……車にクーラー付けるのは諦めるよ」

「それは早計なの。……これが、お兄さんの取り分」


 穂咲は、缶をひっくり返して出てきた土から何かを見つけたのか。

 それを拾い上げて、お兄さんに手渡します。


「え!? あげちゃっていいの?」

「いいの」

「なにが出てきたのさ!」

「ギザじゅう」


 …………たしかにあげていいけどさ。

 迷惑なんじゃないかな?


「まあ、貰っとくけど。スコップちゃんはその缶でいいのかよ」

「いいの。これの価値は、あたしにしか分からないの」


 そう言いながら、大事そうに缶を抱える穂咲は嬉しそうで。

 ちょっと残念だけど、それでも、いい冒険になったことに満足なのです。



 ……そう、思っていたのですが。


「やっぱり、あの時の……」


 美穂さんが、穂咲の缶を見つめながら呟きました。


「その蓋、お店にあります。……明日、壁から外しますので、お返しいたします。……子供の頃、私があなた方から奪ってしまった蓋を」



 まだ、もう少しだけ。

 宝探しは続きそうなのです。


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