第28話 マーガレットとプリントシール


<マーガレット:木春菊 花言葉:予言>



 学校からの帰り道。

 電車の中で、美穂さんからのメッセージを読み返します。


『今日、お店を閉めて、壁の工事をすることになりました。

缶の蓋をお返しいたしますので、どうぞ学校帰りにでもいらしてください』


「なんで返すって言ってるの? 美穂さんのなのに」


 俺の携帯を覗き込んで、そんな疑問を口にするのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はティアラ風の編み込みにして。

 そこに、マーガレットの花をこれでもかと挿しているのですが。


 どれだけ恋占いなさる気なのでしょう?

 君みたいな厄介な子が誰をどれだけ占っても。

 結果は百パー『きらい』に決まってます。



 そんな穂咲の問いかけですが。

 なんで、美穂さんは『蓋を返す』と言っているのか。

 こればかりは、俺もよく分かりません。


 どう返事をしたものか困っていたら。

 電車が見慣れたホームへ滑り込んだので。

 これ幸いと、俺は黙ったまま歩き始めました。


 すると改札を抜ける頃には、こいつはさっきの疑問など忘れたようで。

 俺を追い抜いて、楽しそうに鼻歌を口ずさみながら。

 家とは反対側の出口へ向かいます。


 そして、喫茶店とは一本隣の道を進んだかと思うと。

 公園の前で立ち止まってしまいました。


 ……そこに。

 あの思い出の木は見当たらなかったのです。


 俺も立ち止まったまま、何もない地面を見つめていると。

 穂咲も寂しさを共感してくれたようで。

 制服の袖を、ギュッと掴んでくるのです。


 そんな俺たちの後ろを、

 おばさま二人が、世間話などしながら通り過ぎていきます。



「寂しくなっちゃうわね。この公園、良く来たから」

「そう? ボーリング場の一階、ゲームセンターだったでしょ? 騒がしかったから、私はあんまり好きじゃなかったわ」

「そうね。それに、ここ一帯が倉庫型ショッピングセンターになる方が楽しみ」


 ……………………

 ………………

 …………


 声が遠ざかっていくと、穂咲は俺の袖を掴んだまま俯いてしまうのです。

 誰かにとっての宝物は、誰かにとっての害になることもあるわけで。


 ……でも、今の君が欲しいのは、きっとそんな正論じゃなくて、


「寂しいね」

「寂しいの」


 抗う事の出来ないものに、思い出の場所を奪われる。

 俺は切ない思いで、缶の埋まっていた地面をしばらく見つめていました。



「……じゃあ、行こうか」

「そうするの。美穂さんをお待たせしちゃいけないの」


 さっきまでの、楽し気な雰囲気はどこへやら。

 俺たちの足取りは、ちょっと重たげ。


 なので、何か話しかけることにしたのですが。

 ……ええと、目につく範囲に何もない。


 ああ、そうか。

 何も無いってことは。


「ここにゲームセンターとボーリング場があったんだね。今はだだっ広い更地だから、ちょっと信じがたいのです」

「ゲームセンター、楽しいの。シールやさんで、ぬいぐるみやさんなの」

「まあ、俺にとっても実質的には一緒なのですが、なにか納得いきません」

「……道久君、道久君」


 おお、それはあれですか?

 いつもの昭和うんちくですね?


 この流れだと、昭和のゲームセンターについてでしょうか。

 ちょっと興味があります、話しなさいな。


「昔のシールやさんは、盛り機能が無かったの」

「おっとそっちに転びましたか。……フレームとかも選べなかったのかな? そんなの面白くないだろうに」

「それが、未だに人気あるの。駅とか道端でよく見かけるの」


 それ、シールやさん違う。


「……もし俺がそれ使ってるの見かけても、後ろから顔出さないで下さいよ?」

「一人ずつ撮るの? 変なの」


 呆れたやつなのです。

 俺が証明写真を撮った後は、半分君にあげなきゃいけないんだね。



 そんなくだらないことを話していたら。

 『喫茶カレイドスコープ』の前に到着です。


「ごめんください」


 扉をからころと開くと、いつもの優しい笑顔がお迎えしてくれました。

 そして穂咲はぽてぽてと駆け出して、笑顔の主である美穂さんに抱き着きます。


 でも。

 ちょっと予想外な人がその隣に立っているのですが。


「なんでお兄さんがいるんです?」


 昨日、パワーショベルで美穂さんを助けた英雄さん。

 ものすごく不機嫌そうなのですが、なんでいるの?


「……俺の休日が減る。とっとと始めるぞ」

「むう! またお宝を横取りしに来たの!」

「今日は負けねえ。なぜならお前はスコップ娘なのにスコップを忘れてきたからだ。勝負あったな」


 がーんとか口で言ってますけど。

 穂咲さん、なんでこのお兄さんといっつも戦ってるのさ。


「すいません。まさかお食事にいらして下さった恩人に、おばあちゃんが無理を言うとは思いませんでした……」

「いや、ばあさんの言う通り、乗り掛かった舟だ。俺にやらせろ」


 そう言って、電動のコテのようなものを握ったお兄さんに、穂咲が忍び足で近付いて邪魔しようとしていますけど。


「……兄ちゃん、その泥棒ネコを捕まえててくれ。さすがにあぶねえから」

「了解です」

「なにするの!? 道久君の裏切り者!」


 ああうるさい。

 羽交い絞めって、結構攻撃を食らいやすいのです。


 そうしているうち、お兄さんが機械のスイッチを入れて壁に当てると。

 がががっと音を立てて、波打つように塗り固められた壁が削れていくのです。


 慌てて削ると、広範囲にひびが入ってしまう。

 そのことが容易に知れるほど、慎重に、少しずつ削っていくのです。



「…………これで、ようやくお返しできるのですね」


 壁を削る音の合間から、美穂さんのつぶやきが聞こえてくると。


「もともと美穂さんのなの。なんで返すって言うの?」


 ようやく大人しくなってくれた穂咲が、ずっと気になっていたことを聞くのです。


 そんな穂咲の目を、真剣に、でも優しく見つめながら。

 美穂さんは、意味を教えてくれました。


「小さな頃、昨日の木に登って降りられなくなったことがあるのです。そんな私を助けてくれたのは、大きな体のおじさんでした。……二人の、私より小さな子を連れた、穂咲さんと同じ、優しい目をしたおじさんでした」


 前に、美穂さんが話してくれた、缶の蓋を集めるようになったきっかけって。

 まさか……。


「美穂さん、俺たちと小さい頃に会ってたの?」

「そうなりますね……。その時、私はタイムカプセル用の缶だなんて知らずに、その蓋をせがんでいただいてしまったのです」

「そうだったんだ……。じゃあ、蓋の無いタイムカプセルを埋めたことになるね、俺たち。……何入れたんだろ?」


 掘り起こした時は空っぽだったし。

 美穂さんも、ご存じないご様子で。

 中身は分からずじまいか。


 せっかくここまでたどり着いたのに。

 残念な結果になってしまったのです。


「……穂咲。お前も覚えてないだろ?」

「何かを入れた記憶なんか無いの」

「やっぱり。でも、ここまでたどり着けたんだ。それなりいい結果に……」

「だって、何も入れてないの」


 …………え?


「中身なんか無いの。ふたりで、せーので埋めたのは、メッセージをペンで書いた空き缶なの」

「お前! 思い出してたんなら言いなさいよ!」


 まったくこいつは。

 気をもんで損しました。


 そんな俺の気も知らず。

 穂咲が紙袋から出してきた、ひしゃげた缶。

 良く洗った缶の、からっぽな底を見てみましたけど。


「もう、汚れだか錆びだか字の跡だかまるで分からんね」


 さすがに無理があったようで。

 メッセージは消えて無くなっていましたが。


「……小さい頃の俺たち、なに書いたんだろうね」

「別に、それはいいの、パパの想い出、ちゃんと一つになったから」


 お兄さんが、壁材の破片を丁寧に払いながら、穂咲に蓋を渡してくれて。

 それと、ひしゃげた缶を両手にしながら。

 ちょっと大人びた笑みで抱きしめるのです。


 俺も幸せな気持ちで穂咲を見つめていたら。

 美穂さんが、ぽつりとつぶやきました。


「形は変わってしまったのに。それでも、もとから一つのものだったのですね。それを、私がずっと引き裂いていた。まるで……」


 彼女はそこまで呟くと。

 首を振って。

 俺に、ちょっと無理をした笑顔を向けました。


「今は、無粋になってしまいますので譲りますけど、諦めたりはしないので」


 ……何の話?


 いぶかしむ俺をよそに、美穂さんは穂咲の肩を優しく抱くと。

 急に何かに気付いたよう。

 蓋を見つめながら、穂咲に言いました。


「穂咲さん。ひょっとして、蓋にもメッセージとか書いてあったりしません?」

「さすが美穂さんなの! その可能性が…………っ!?」


 蓋を見た穂咲が、目を丸くさせたかと思うと。

 俺に向かって放り投げて。


「ひにゃーーーーーー!!!」


 美穂さんにしがみついてしまいました。


 ……何やってんの?


 俺は呆れつつ、近寄ってきたお兄さんと一緒に、蓋の裏を見ると。

 そこには、こんなものが書かれていました。




 ふたり

 いつか

 くれる

 いの

 ち


 ぼくの

 のぞみ




「ひにゃーーーーーー!!!」


 ……俺は、蓋を放り捨てながら。

 お兄さんにしがみつきました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る