第8話 インパチェンスとイタメシ


<インパチェンス:阿弗利加鳳仙花 花言葉:浮気しないで>



「チャーハンじゃないの! スパゲッティーなの!」

「ええい、静かになさい! 今は授業中です!」


 今日も今日とて面倒でうるさい。

 そんな幼馴染、藍川あいかわ穂咲ほさき


 今日はゆるふわロング髪を三つ編みにして、前髪を可愛いお花のヘアピンでとめた昭和女学生スタイルとのことですが。

 昭和の女学生とやらは白とピンクのマーブル模様がかわいいインパチェンスなんか耳に挿しません。


 そんなことよりも。


「……秋山。お前は、今が授業中だと理解していたようで何よりだ」

「もちろんです。隣から延々とチョップし続けてるこいつが理解してないんです」

「道久君が悪いの!」

「そうだな。藍川がこんなに怒っているのはお前のせいだろう。今日も立ってろ」


 ちきしょう、どうなってるのでしょうかこの扱いの差は。


 俺は悔しさ紛れに振り向きざまで穂咲にチョップ。

 するとちょうどヘアピンを直撃して、パキリと割ってしまいました。


 やば。


「あーーーー! これ、ママから貰ったやつなのに!」

「うっ!? …………ほ、穂咲が悪いのです」


 つい口をついた一言は、大人気なかったですけれど。

 こいつは俺よりもっと子供。

 びえーびえー泣き出してしまいました。


 うわあ、どうしよ、これ。

 逃げたい。


「こら秋山! それを止めろ!」

「いえ! 秋山道久、廊下に立ってきます!」


 泣く穂咲と怒鳴る先生を尻目に。

 俺は廊下へと逃げて行きました。




 ~🌹~🌹~🌹~




 あんなことがあったので。

 今日は珍しく、帰りは別々。


 早く謝った方がいいのは分かっているけども。

 男というのは不器用にできており。

 なにか謝るきっかけが欲しいわけなのです。


 なので、代わりになるヘアピンを求めて。

 改札を抜けて、家とは逆側へ。

 ファンシーショップを求めてうろうろしていると。


「……なんだ、あれ?」


 偶然通りかかった小さな公園で、木の根元でぴょんぴょこ跳ねる制服の女子を発見しました。


 つややかな、肩下まであるストレートの黒髪。

 細くて優しそうな目元に、スッと通った顎のライン。


 そんな美人さんが、枝に引っかかったピンクのカーディガンを目掛けて跳ね上がってますけども。


「……なんでそんな高いとこに引っ掛けちゃったの?」

「え!? いえそのっ! こっ、これは、何と申しましょうか……」


 急に声をかけた俺に慌てふためきながら。

 ほっぺを真っ赤にしながら、下を向いてごにょごにょと。


「小さな男の子に取られて、あんなところに……」

「え?」

「私、なぜか子供にイジメられるんです……」

「ああ、なるほど。俺の身の回りにも、子供に花をすぽんすぽん抜かれる不憫なのがいるので気持ちはわかります」

「……鼻? え? それはどういうひゃん!」


 今日は突然、異常に涼しくなったからね。

 上着が無いと辛かろう。


 脱いだ上着をかけてあげて、ついでに鞄を押し付けて。

 木にしがみつきながらじりじり登って枝の所へ。

 よし、後は枝を伝ってカーディガンを……。


 そう思って枝に抱き着いた途端。


 俺をあざ笑うかのように吹いた風が、ふわりとカーディガンを地面に落としてしまいました。


「……今の、かっこ悪いですよね、俺」


 木の上から声をかけると。

 その子は細い目をさらに細くさせながら。


「いえ? かっこいいですよ?」


 にっこりと微笑んで、素敵な慰めの言葉をかけてくれました。




 ~🌹~🌹~🌹~




「本当にありがとうございました」

「いえ、それは俺じゃなくて、風の妖精さんに言ってあげて」

「あはは……。妖精さんは気まぐれで落としただけです。これを取るために努力して下さったのはあなたです」


 ……さっきの木のそばに置かれたアンティーク調の木製ベンチ。

 そこに腰かけて、恐縮な言葉に苦笑い。


 すぐお隣で、随分とご機嫌そうにしてくださる美人さん。

 あなたには悪いのですけど。

 俺、ほんとに役に立ってないのですが。


「なにかお礼をしないと……。私の家、すぐそこで喫茶店やっているんですよ。『喫茶・カレイドスコープ』。なにかご馳走しましょうか?」

「いやいやいや! ご丁寧な人ですね! でも、かえって恐縮です。困ります」

「いえいえいえ! すいません! こちらこそ押しつけがましくて……」


 ありゃ、しょんぼりさせちゃった。

 それより気になる名前が出てきたな。


「『カレイドスコープ』さん? 領収書見たことある。駅の反対側、ワンコ・バーガーの前をまっすぐ行ったとこの花やで買い物したこと無い?」

「ええ、毎月、私が買いに行ってますけど、まさか!」

「はい。俺の家、あそこの隣でですね、よく店の手伝いしてるんです」


 すると美人さんが、ぱっと顔をほころばせて手を打って。


「そうなんですか! ……でも、いつも綺麗なお姉さんか、あとは……、その……」

「言い淀ませてすいません。お花が咲いてる子ですよね」

「ええ。その方しかいらっしゃらないのかと思っていました」


 ……うん。

 あれの宣伝効果が初めて証明された気がする。


「では、今度改めてお礼に伺いますね。私、明石あかし美穂みほと申します。高二です」

「ああ、俺は秋山道久といいます。高一。……でも、ほんとお礼とかいいです」


 そう言った瞬間。

 言葉とは裏腹に、大きな音がお腹から響く。


 ……ちょっと、そんなタイミングある?


「あはは……。お腹が空いているのでしょうか?」

「うう、恥ずかしながら。本日は事情があってお昼を食べていないのです」


 教授を怒らせてしまいましたので。


「あ! それでは、いいものがあります。これはお礼では無くて、不躾なお願いになってしまうのですが協力してください」


 そう言いながら、美穂さんが鞄から取り出したものはお弁当箱。

 そして、鞄の内ポケットから割り箸を取り出した。


「ええと、母の作った物なのですが、今日は委員会の仕事で食べる暇が無かったのです。携帯には『炒めご飯』? とあったのですけど……」

「ちょ! ご馳走になるわけにはいきませんって!」

「ですので、協力していただきたいのです。今から全部食べるわけにもいきませんし、かと言って残して帰ったら母をがっかりさせてしまいますので」


 う。

 そう言われたら断り切れない。

 昨日もそんなこと考えたばっかりだし。


「ああ、『イタメシ』でした。やっぱりチャーハンか何かなのでしょうか?」

「え? 『イタメシ』? ……俺の友達は、ついさっきそれをスパゲッティーの事だと言い張ってましたけど」

「まさか。ふふっ……。面白いお友達ですね」

「……でも、その言い合いが元で、そいつのヘアピン折っちゃったんですよ」


 俺の独白に、少し目を大きくさせた美穂さんが。

 視線で先を促します。


「それで代わりになる品を探しにこっちまで来たんですけど、逆に失礼かなって」

「……いいえ。それは使っていただけなくても、寂しい想いを酌んであげたことは伝わるのではないでしょうか」


 ……おお、なんて素敵なお話。


 悩みが綺麗に吹っ切れた。

 美穂さんに出会えてよかった!


「ありがとう!」


 感謝を込めて、力いっぱい手を握ったら。

 目を丸くして、照れくさそうにしてますが。


 照れないでください。

 あなたが俺を救ってくださったのです!


「じゃ、じゃあ、お弁当を食べるの、協力してくださいますか?」

「もちろん!」


 なにやら耳まで赤くさせた美穂さんが。

 可愛いピンクのお弁当箱を開くと。


「……え?」


 中から、ナポリタンが姿を現して。

 俺達の眉根をこれでもかと寄せさせたのでした。


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