阿部藍樹の新春ツイッター30題小説(仮)
阿部藍樹
第1話 C.C0057-12.27 歴史的に、百年後の世界は予測の範疇に収まっている
〇本話に登場するお題
・毒舌後輩(登場人物)
・歳末還元セール(描写)
・年の瀬(描写)
・お兄ちゃん大好きっ子妹(登場人物)
――大丈夫、すぐに帰ってくるって。ほんと、大袈裟なんだから。
声が響く。聞き慣れた声だ。軽やかな、天衣無縫の、少女の声。
俺が、何か返事をする。だけど、それは聞き取れない。自分の声なのに、変だな。
何も見えない。声だけが聞こえる。聞こえている。
――ねえ、お兄ちゃん。笑ってよ。
そうだ、妹の――ユーリの声だ。何で分からなかったんだろう。
また、俺が何かを言った。けど、やっぱりそれは聞き取れない。
自分の声なのに、何故か、聞き取れない……
夢を見ていたらしかった。しかも、酷くおかしな夢を。
一年前まで一緒に暮らしていた、妹の、ユーリの夢だ。
「……シスコンかっての」
ブラコンの、ユーリじゃあるまいし。
誰に言うでもなく呟いて起き上がる。時間は……そう考えたのを読み取って、俺のアシスタントAIが視界のAR――拡張現実ビジョンに小さく現在時刻をポップアップする。8:15。
まず、溜め息を吐いた。
……まずいな。ハルと待ち合わせてるんだった。
またもや俺の意識を敏感に察知し、アシスタントAIはご丁寧に待ち合わせ場所まで間に合う行動プランを組み上げてくれる。優しい、超ギリギリ、ミッションインポッシブル、苦しい。
俺が遅かったせいで、ハル・ユウギリの本日の機嫌はよろしくない。
「先輩、たいがいの事がまともにできないんですから、時間くらい守ってくれません?」
「俺のアシスタントがこの通りに動けって言ったんだ。あと、俺は時間は守ってる」
「レディとの待ち合わせは最低十五分前行動です。知らないんですか」
誰がレディだ。そんなもん知るか――無論、全て心の声である。
冒頭一行は色々と語弊があった。まず、俺は遅くなかった、時間ぴったりだ。
そして「ハル・ユウギリは本日も機嫌がよろしくない」がより正確だ。機嫌がいい時なんて、そもそもほとんどないんだから、こいつ。
「買うべきものはだいたい買えたんだからいいだろ……」
「だめです『だいたい』ですから完璧とは言えません。全部先輩のせいです」
いや、現時点でも明らかに今日買う必要がないものが大量に混じってるんですけど……
俺は両肘に提げられ、さらに両手に支えられ、さらに顔面でもバランスを取らされた大量の荷物を見ながら思う。無論、思うだけ。言いはしない。一を言うと十で反撃される。それがハルだ。
「この前クリスマスセールやったばかりだろ、それがこう、すぐに歳末還元セールで」
「年明けの初売りに遅刻したら、一生下僕にしますよ、先輩」
「もう既に立派に下僕みたいなもんだと思うんだが、後輩よ」
「まだ正式な下僕にしていないぶん、お分かりの通り手加減してますので、先輩」
年の瀬の月面日本区首都「東京」は、多分地球にあったことと空がいつでも漆黒に染まっているということ以外には100年前の地球の東京とさしたる違いはないだろうと思う。街を行く人々は時期に関係なく忙しそうで、どこでも肩が触れそうなほどに多い。歳末還元セールのAR広告が、歩を進める度に表示され、消える。ハルの購買意欲を迂闊に刺激されてはたまらないので非表示にして欲しいが、残念ながらハルのアシスタントは俺の心労を慮ってくれるほど親切じゃない。
「歳末バーゲンなんて、いつからあるんだろうなあ」
「150年くらい前にはもう余裕であったと思いますよ」
「誰か、クリスマスと年末と年始で合併しようって考えた奴はいなかったのかな」
「いてももみ消されたでしょうね」
「何で?」
「そういう風に考えるのは、先輩みたいな『荷物を持たされる隷属階級の男』だけです。物を売る企業よりも、物を買う女性よりも、圧倒的に社会的弱者。意見が顧みられるはずがないでしょう」
「ひでえな……」
150年前の人たちは、俺たちの暮らす「今」をどんな風に想像していたのだろうか、と思う。タイムスリップしてきたら、驚くんだろうか。
「100年とか、200年とか、人が思うほど大した時間ではないんです」
そう俺の考えを読んだみたいなタイミングで、ハルは静かに言う。こんな風に穏やかにしていればハルは美人だし、賢そうだし、実際聡明な女性だ。だから士官学校でもモテる。けれど彼氏がいたと聞いたことはない。それは多分、ハルには賢いことと美人なこと以外に長所がないからだと俺は思っている。
「例えば、今から100年前は西暦2017年。人々は一般的に宇宙に暮らしてはいませんでしたが、宇宙への進出自体はそれよりもかなり以前に達成されていました。そこから100年前は1917年。人々は一般的に空を飛ぶことはできませんでしたが、すでに有人での動力飛行には成功していました」
ハルはそう言って、多分100年以上前の不幸な男たちと同じく荷物持ちの労苦に喘いでいる俺の顔を見た。
「で、それって何が言いたいんだ? 優等生さん」
俺はそう尋ね返す。大袈裟に嘆息してハルは答えた。
「先輩は少し、自分で考えるってことを覚えた方がいいと思いますよ。そうしているといつまで経っても馬鹿が治りません」
「別に俺は馬鹿じゃない。中の上ってとこだ」
「上の上以外は皆馬鹿です」
「やっぱ、ひでえよ……」
俺がそう返事をすると、仕方ないな、という口調でハルが話を続ける。
「100年前と今って、何が変わりました?」
「……人が宇宙に住むようになった?」
「他には?」
俺は少し考えて、思い出したように言った。
「地球外生命体と接触したな」
「ほら」
そう言って、もう分かるだろう。とハルが笑う。さっぱり分からないと俺が首を傾げて、荷物が崩れそうになる。そんな俺を、ハルはがっかりだという顔で見た。
「……100年という時間は、その時に生きる人間の『想像上の未来』を越えない程度の変化しか、社会には及ぼさない、ということです。先輩、生まれた時に脳は積んでもらったんですか?」
「神様が間違えてなければ、多分入ってるはずなんだけど」
ハルはまた溜め息を吐いて、それから俺にこう尋ね返す。
「じゃあですね。先輩は、今から100年後、どうなっていると思いますか?」
「今から? そうだな……」
俺はしばらく考えてみて、こう答える。
「太陽系の外に暮らしてるんじゃないかな」
そう言うと、ハルはほう、と笑ってから俺の答えをこう評した。
「……先輩は発想力も貧困ですね。それは100年以上前から考えられています」
「でも、実現してはいない。200年越しならそろそろじゃないか?」
「それに、楽観的に過ぎます」
「なら、ハルは100年後にはどうなっていると思う?」
そう訊くと、真っ黒な空を見上げて、あっさりとハルは言った。
「人間はもうこの世界にはいないんじゃないですかね」
さっきから溜め息を吐かれてばかりだった俺にも、ようやく機会が回ってきた。
「……やっぱ、お前ひでえな」
「それ以外にまともな反応パターンのない先輩の語彙力の方が酷いと思いますけど」
その時、不意に巨大なパブリック・ビジョンが空に映し出された。さっきまでどこかに辿り着かなければならないと、まるで暗示されたように流れていた人々の足が一斉に止まる。あ、と思わずハルが声を上げた。
「ユーリちゃんだ」
ビジョンに写るのは、宇宙空間に生身で漂う少女の姿。カメラがクローズアップすると、少女は美しい微笑を湛え、手を振って見せる。続いてナレーション。
「月市民の皆様、統合宇宙軍より緊急中継です。アステロイド・ベルトB124区画に鉱性生物群がワープアウトしました。規模は駆逐艦級3、艦載小型種多数。なお、この攻撃による月への被害の心配はございません……統合宇宙軍遊撃士ユーリ・アサト中尉と、セイジ・ニシヤ大佐率いる護衛の統合宇宙軍第16機兵連隊が迎撃に当たります。我が日本の精兵であります、皆様、是非声援をお送りください!」
「ねえユーリだよ! おかあさん、ユーリ!」
「はいはい、じゃあ、ちょっと見ていこうか?」
「がんばれーっ!」
「やっちまえ!」
熱狂的なユーリコールが巻き起こる。それと同時にハイテンポなエレクトロポップ――ユーリの戦闘用テーマソングだ。音楽も、やはり100年くらいじゃあまり変わらないのだろう――が流れ出す。
「やっほー、お兄ちゃん見てるっ?」
そう満面の笑みで、カメラに向かいユーリが笑う。
「……集中しろよ、戦ってるんだぞ、お前」
ぼそりと、横のハルにも聞こえないように俺は呟いた。
「では、遊撃士ユーリ、推して参りますっ!」
ユーリ・アサト……俺、シン・アサトの、血の繋がらない妹だ。
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