第20話 C.C0058-12.31 Final Phase

〇本話に登場するお題

・超巨大隕石(描写)

・三日月を運ぶ白猫のチャリオット(描写/セリフ/コードネーム)



 専用の大型カタパルトから弩砲の如く、ジャガンナートが宇宙空間に撃ち出される。

 速度に視界が歪む。戦闘用アシスタンスAIが、そこに無数の情報を重ねる。見落とさず全てを捉え、それを瞬時に機体挙動に反映させることが求められる。

 早速敵が迫る。目前に高機動級4機。無論、速度はこちらが上、だが。

「……ぐっ、やっぱ旋回半径が重いな……!」

 図体が大きいのと機速が速い分、減速が利かない。敵は小回りを活かしてジャガンナートを包囲しにくる。

 しかし技研も馬鹿ではない、そういう戦闘になることは想定済みだ。

 アシスタンスAIが俺の思考に反応してウェポンラックを稼働させる。機体側面のミサイルランチャーから遅滞反応弾を投射。右に回り込んだ高機動級は効果範囲にもろに飛び込んでいる、直撃を喰った敵の動きが鈍る。

「……サブアーム起動、120mm1番、2番」

 大型演算能の処理能力を活かした、複数火器の同時運用能力がジャガンナートの武器の一つだ。だがレールカノン一本でも敵に命中させるのは容易ではない。尋常ではない集中と操作が必要。

 意識を研ぎ澄ませろ。空間を捉えろ。

 サブアームで構えた通常レールカノン2本を同時発射。

 二発とも、ほぼ同時に敵機に着弾、撃破した。

 実戦でも意外といけるもんだな。

 しかし、更に後方警戒アラート。攻撃の隙を突かれて背後を狙われた。

「……ちっ!」

 次から次へと。相手をしている時間も余裕もない、無理矢理引きはがすしかないか。そう思った次の瞬間、アラートが消えた。

「シン、雑魚は私たちに任せろ! 貴様らは前だけ見て飛べ!!」

「そうだぜ、俺らも忘れて貰っちゃ困るってやつだ!!」

 チハヤとミヤビの声。

「後ろは私たちが守ります。だから絶対に辿り着いて、先輩!!」

 それに、ハルも。

 そうだ、俺は――俺たちは一人じゃない。

 背中を預けるに足る仲間がいる。それなら、見るのは前だけでいい。

「……任せる!!」

 アシスタンスAIが最適コースを表示する。それを覆うように群がる無数の敵。

 憶するな、速度を落とすな、突っ切れ。

 足を止めるな、撃て、穿て、貫け。

 最奥に鎮座するクソ野郎の眼前まで、群がる敵の壁を何枚でも何枚でも喰い破れ。

 正面に小型種の群れ。

「中隊全機援護射、撃てっ!!」

 チハヤの指示で、遅滞誘導弾とレールカノンの連携攻撃が炸裂する。

「更に奥、駆逐級2!!」

 打ち破った小型種の向こう側、射撃可能になった駆逐級の主砲が火を噴いた。

 ここはジャガンナートの仕事だ。

 一気に加速、俺を守る機兵たちの更にその前へ飛び出す。

「……フィールド、戦闘出力で展開!!」

 ジャガンナートの虚数空間転移フィールドが、駆逐級の主砲を飲み込んだ。

「防御成功、損害なし。次射まで120!」

 十分すぎる。

「……メインアーム起動、380mm照準……!」

 機体下部中央のメインアームが駆動する。据えられた艦砲クラスのレールカノンが砲撃後の隙を突いた。亜光速に加速された質量弾頭が、フィールド展開不能の駆逐級を頭から撃ち抜いた。

 全身から火を噴き、駆逐級は周囲の小型種を巻き込み爆散する。

「艦船クラスを一撃とは……恐れ入るな」

 チハヤの呟きが聞こえた。それを無視して、一直線に敵陣中央目がけて前進する。弾け飛ぶ敵の破片をフィールドで押し退け、精鋭たる機兵部隊をその背後に引き連れ、ジャガンナートは尚も、厚い敵の壁に穴を開け、こじ開けんと踏み込んでいく。

 それはまさに、艦隊名に冠したるフェイルノートの弓――放たれれば刹那、必ず狙った的を撃ち抜く必中の弓。その鏃と化して、真っ直ぐに。この戦いに散華した者たちが、そして今も戦い続けている者たちが、その生の全てを賭して引き絞り、放った乾坤一擲の鏃と化して、ただ真っ直ぐに俺たちは突き進む。

「更に敵、重巡航艦級3!!」

 戦闘用アシスタンスAIがフル回転で戦況を読む。目まぐるしく、けたたましくコース指示が飛ぶ。

「コース修正A113からC75!! 右側面を迂回する!!」

「全機チャフ展開!! 使い切っても構わん、絶やすな!!」

 驟雨の如き砲火を掻い潜り、正面主砲の射線を避けて右端の重巡側面を舐めるように回り込む。チャフは照準精度を下げてくれるだけで、防ぐ力はない。当たればジャガンナートでも保って3発、輝珀なら一撃。このクラスの出力は側面副砲であっても機兵のシールドじゃ防ぎようがない。

 ――神頼みだ。

針路左側に絶えず重金属チャフを散布しながら駆け抜ける。灰色の雲を破り、無数の光の槍が俺たちの前方を喰い荒らす。みるみるうちに味方を示す光点が消失していく。

 それでも止まることは許されない。何万人、何十万人、何百万人、散った屍を踏み越えて、俺たちは生ある限り、その全てを背負って前へ進むことしかできない。

 アシスタンスAIが針路上に表示する、敵砲火の確率計算シミュレートに基づいた回避機動コースを祈るようになぞる。運の悪い者から消えていく。

 まだか、まだ超えられないか?

「危険火力域突破まで、カウント7!!」

 いける、そう思った次の瞬間。

 アラートが響く。捕捉された。だが1発なら耐えられる。

 しかし、AIが無情の通告を表示する。

「2発同時!?」

 まずい、2発直撃を貰ったら沈まずとも戦闘不能だ。ここからじゃまだユーリを出すには遠すぎる。

 その時、俺の左側面に飛び出した一機の輝珀。

「……シミュレーターの分析じゃ、こういう攻めは効くんだったよなあっ!!」

「ミヤビっ!?」

 射線に身を投げ出したのは、ミヤビだった。ジャガンナートに当たるはずだった重巡航艦級のレーザー副砲は、ミヤビの輝珀に直撃し、射線を逸らした。刹那の時ではあったが、輝珀のディストーション・シールドは確かに、盾となって俺の道を切り開いた。

 馬鹿……AIがその攻めが効くって言っていたのは、小型種相手だけだろ。

「行け、シンッ!!」

 背後は振り返らない。振り返れない。

 続いて二発目、直撃コース。

「……フィールド、出力最大!!」

 ジャガンナートの虚数空間転移フィールドを最大出力で展開。目前で、巨龍の如くのたうつ閃光の奔流を辛うじて飲み込みながら、それでもジャガンナートはその体を進めていく。

 そこに今度は小型種の群れだ。俺は舌打ちする。

 フィールドに全リソースを使っている今の状態じゃ、火器が使えない。

 ジャガンナートの背後からそれを上回る、恐るべき速度で飛び出した影が、瞬く間に目前の二機を撃ち落とす。チハヤの輝珀だ。

「前だけ見ろ!! 敵も味方も他の奴に構うな!!」

 更にジャガンナートの後ろから、戦闘機動のまま狙撃で二機を撃ち落としたのはハルだった。

「行ってください。先輩、ユーリちゃん!!」

 敵副砲の射角限界を抜けた。フィールド解除、四本のサブアームを同時起動、マルチロック。発射。

 残った四機の小型種を撃ち落とす。フィールドを展開し、一気に敵陣を駆け抜ける。

 そして辿り着いた先。目前からはただ一体を除き、敵の姿が消えた。

「ジャガンナート、敵最終防衛線を突破!!」



 その宙域に入った途端、黒が凪いだ。

 先ほどまでの激戦が嘘のように、静謐さを保ち、それは俺たちを待っていた。

 周囲には他の鉱性生物の姿はない。そこにいるのは旗艦級、ただ一体。

「……大きいな」

 直径10kmを誇る、旗艦級の威容。光学モニターに映し出されたそれは、他の鉱性生物たちのような均整の取れた姿ではなかった。遠景はごつごつとした、まさしく小惑星といった様子だ。しかし拡大してみるとその表面は、鉱性生物たちと同じ組織が複雑に絡み合い構成されていることが分かる。時折脈動し、光る、皮膚とでも言うべきその表層。それは旗艦級の不格好な形も含めて、他の鉱性生物からは感じ難い、生命体としての生々しさを備えている。

 この旗艦級は、明確な意志を持って月と地球を目指している。ここで止めることが出来なければ、こいつは空前絶後の超巨大隕石と化して月と地球に取りつき、そしてその生命の全てを喰い散らかすのだろう。

「辿り着けたね、お兄ちゃん」

 ずっと、一言も話さず俺に身を委ねてくれていたユーリが、初めてそう、口を開いた。

「ああ」

「お兄ちゃんも、皆も、ここまで戦ってくれたから、今度は私の番。私も、それに応えるよ」

 いいよね。

 そう、ユーリが小さく付け加えたような気がした。

 ジャガンナートのハッチが開き、ユーリが虚空へとその身を泳がせる。

「戦闘艤装……展開」

 戦う為に、人のエゴで生み出された少女。生まれ持って、未来を閉ざされた少女。

 ユーリ・アサト。俺の妹。俺の、唯一の家族。

 どうしてだろう。そんな、残酷に過ぎる出自を抱えて尚。

 どうしてユーリはこんなにも強く、ひたむきで、優しくいられるのだろう。

 どうして、こんなにも悲しいのに。今から始まることが、こんなにも許せないのに。

 それなのに、どうして。

 どうして、ユーリの姿は、こんなにも美しいのだろう。

 無限色調の彩光が走る。八葉の銀翅、ゆっくりと広がり、波打ち、一度、二度、洞を打ち、そして開く。果てしない漆黒の中で、ユーリの姿だけが、眩く、ひたすらに眩く浮かんでいる。


 ――私、人間じゃないんだよ?


 ユーリはそう言った。けれど、そんなの嘘だ。

 だって、これは人の光だ。この光を、この場所に灯すため、皆が死力を尽くして、命を燃やして戦ったんだ。

 だから、俺はユーリが人間じゃないなんて、誰にも言わせない。そんなことは、絶対に認めない。

 そう、彼女はアステロイド・ベルトの戦乙女。人類の希望の象徴。

 誰にも見えていないかもしれない。でも、俺は確かにこの目でみている。

 ユーリ・アサトは、全人類を背負い、今、決戦に臨む。

「お兄ちゃん、報告しないと」

「ああ」

 俺は頷き、アシスタンスAIに全域通信を指示する。ジャガンナートには敵旗艦級に到達したことを示す符号を発信するため、全軍に同時に通信する全域通信が特例で許可されている。

「ホワイトキャットより、全軍へ。戦車は駆け、三日月は空へ昇った。繰り返す、戦車は駆け、三日月は空へ昇った……」

 俺の声を聞いて、ユーリが小さく頷いた。それから答えるように、月面で流れるいつもの決まり文句を言い放つ。

「では、遊撃士ユーリ、推して参ります……!」

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