第21話 C.C0058-12.31 世界で一番幸せな女の子

〇本話に登場するお題

・ハッピーエンドの恋愛要素(セリフ・本作品全体として)

・夢落ちでした!(セリフ/描写・回収となる理由は1話冒頭を参照)

・ヨグソトース(描写・明言はしていないが敵の外観より)



 今度は、真っ白な光に包まれた空間だった。

 あの子と会う時は、いつも真っ暗だったのに。最後だからサービスかな。

「本当に、良いんだね? ユーリ」

 光の中から浮き出るように姿を現した、もう一人の私――私が宿った、鉱性生物としての「私」が、そう尋ねる。私は頷く。

「うん。もう、そう決めたんだ」

 多分、笑えていたと思う。彼女も笑っていたから。

「ごめん。最期には君に明け渡すはずの体だったのにね」

「構わないよ。言ったでしょ? そこに至るまでの生は、ぜんぶ君のものなんだから。ユーリ、君がそうするのなら、私だってそれで良い。君は人で、私は鉱性生物。種は違うけれど、それでも、私は君で、君は私なんだから」

「ありがとう……でも謝りたいのは、それだけじゃないの」

「何?」

「君に、同族の運命を断たせることになる」

 私は、鉱性生物の力を使って、鉱性生物と戦ってきた。それは言うなれば、同族殺しだ。そして今、私はその力で彼ら全てを無に帰そうとしている。

 もう一人の私は軽くうつむいて、それから力なく笑った。

「……そうだね。でも、それが君の決めたことなんでしょ?」

「でも、なら、あなたの意志は? 想いは、どうなるのっ!? 君が私だっていうなら、私は私の気持ちと同じくらい、君の気持ちも大事にしたいよ!!」

 私は叫ぶ。私と同じ顔をした少女は、ユーリは優しいね、と呟いて目を細める。

「私の意志、か。そうだね、私にとってこれは、望むべき戦いでは、確かにない。でもねユーリ、私は別に、君との『契約』だけに基づいて、この力を貸しているわけじゃないんだよ? 君の意志は、同時に私の意志でもある」

「そんなの屁理屈だって!!」

「そうじゃない。だって」

 私が、私に笑いかけて言う。

「だって、私はユーリのことが大好きだよ。私は、ユーリの守りたいものが守りたいよ。前にも言ったよね、私は、ユーリの幸せな生を願っていたんだ。それが、私の意志。だから……そうだね。願えるなら、最期に聞かせて」

 彼女は私に歩み寄り、私の頭をぎゅっと抱えると、耳元でこう囁いた。

「ユーリ、君の人生は、幸せだった?」

 彼女の腕に抱かれたまま、私は、何度も、何度も頷く。

「……うん。幸せだったよ。大好きな人に出会えたよ、大切な仲間に出会えたよ、掛け替えのない時間があったよ……私、貴方がくれた時間を、幸せに生きられたよ」

 私の頬に流れた一筋の涙を、私の指が拭った。そして、そっか、と小さく頷いた。

「なら……良いよ。私の持ってる力の全て、君にあげる」

 最期の、その瞬間まで、良き生を、ユーリ。そう聞こえた途端。周囲が一瞬に眩さを増し、私の視界を奪った。



 目を開く。背中から生える、八枚の銀翅が、私を包むようにして静かな輝きを放っている。

 いつにない一体感がある。頭が、すうっと冴えている。

 私の中に、もう一人の私を強く感じる。一緒に戦ってくれる。

 目の前の敵を見据える。

 距離感が狂うほどの大きさ。けれど私の目は、もうこの両目だけじゃない。鉱性生物としての鋭敏な知覚能力と演算能力が、この距離でも敵の規模と状態を正確にトレースしてくれる。

「お兄ちゃん、報告しないと」

 ジャガンナートに乗るお兄ちゃんにそう声を掛ける。

「ああ……ホワイトキャットより、全軍へ。戦車は駆け、三日月は空へ昇った。繰り返す、戦車は駆け、三日月は空へ昇った……」

 いつも、そうだった。

 お兄ちゃんの声を聞くと、何故だか心が落ち着いて、ぽうっと温かくなる。いつだって私の味方でいてくれた、お兄ちゃんの声。

 シン・アサト。私のたった一人の、家族。

 私の、大好きな人。一番好きな人。

 絶対に、何に代えても、守りたい人。

 後ろに控えたジャガンナートを振り返る。その光学カメラに向かって、小さく頷いて見せる。そして、誰が聞くでもない、いつもの合図を呟く。

「では、遊撃士ユーリ、推して参ります……!」

 行こう。遊撃士ユーリの、最後の戦いだ。

 まずは距離を詰めなくちゃ。流れをイメージする。鋼のように強く、それでいて糸のようにしなやかな、波打ち、絶えず形を変える流れだ。空間が歪曲し、膨大なエネルギーを生み出す。

 ……波に乗れ。

 空間のヴェールを巨人がつまみあげ、振り捌いた。その波動に体を預けると、驚くべき速度で敵に向かって私の体は飛び出していく。虚数空間から引き出したエネルギーで空間そのものを変形させ、推進する。それは物理法則では不可能な機動を可能とする。


 ――気を付けて、あいつの表面は流動する生体金属で覆われている。定まった形は持たない。外見に囚われるな。


 もう一人の私がそう助言する。

 次の瞬間。

「……来るっ!!」

 敵表層に無数の閃光。高出力レーザー。大丈夫、今の私なら。

「フィールド、出力最大!!」

 このまま突っ切れる。虚数空間転移フィールドを最大出力で前方に複縦展開。鋭角に無数の壁を並べる。飲み込まずに、逸らせばいい。そうすれば演算処理リソースを節約できる。

 目の前で炸裂する光の槍を弾きながら一気に距離を詰める。敵と接続するにはゼロ距離の内側――その体内まで潜り込む必要がある。


 ――次が来るよ!!


「……っ!?」

 旗艦級の表層が刹那に、水風船のようにそこかしこで膨張を始める。そこから一気に、敵表面の生体金属そのものが触手の如く姿を変え、亜光速の鞭、あるいは茨の蔦へと姿を変えて私を取り押さえようと迫る。

「……くっ、でもフィールドで!!」

――だめだ! 触れたら逆にこちらの演算能を侵食される! 敵のハッキング防御に処理リソースを割けば、レーザーが止まらなくなる!!

「じゃあどうしたら!?」

――避けるしかない!!

 迫る腕。退くな、そんな暇はない。速度を落とすな、前へ、前へ。

 敵の動きを見切れ、掻い潜れ、目の前で振り払われる巨腕の森、その紙一重に滑り込む。すると、敵の腕からさらに無数の細腕がフラクタルが如く再生産され、全方位から私を捕えようとする。

「くそ、きりがないっ!!」

 どうしたらいい? 分からなくなった、その時。

「ユーリ!! 前を見ろ!!」

 聞こえるはずのない声が聞こえて。

 迫る腕を打ち砕く、対艦クラスのレールカノン。私の周りを守るように炸裂する遅滞誘導弾の雨。

「……お兄ちゃん、どうして逃げてないのっ!?」






 頷いて、それからユーリは前へ向き直った。背中が見えた。彼女の小さな体の、その何倍も、何十倍も大きな、虹の光を放つ、銀の八枚の翅。

 ユーリが生まれ、背負わされてきたもの。そして背負って、死んでいくもの。

 ユーリが、俺を残して飛んでいく。もの凄いスピードで離れていく。

 敵は強大だ。俺一人いたって大して力にはならない、いや、むしろ足手まといだ。

 そんなことは、分かってる。

 上手くいっても、いかなくても、最後にはユーリは死ぬ。

 だから、分かってるよ。

 俺に逃げて欲しいんだってことも、俺に生きて欲しいんだってことも、その為にあいつが戦ってるんだってことも、全部分かってる。

 分かってるけど。

 分かってるけど。それでも、それで納得するために、ここまで来たんじゃないだろう?

 そんな思いを抱えて、見送る為に来たんじゃないだろう?

 思い出せ。俺はどう思って、戦い始めた?


 ――守れるなんて思わない。でも、守られるだけなのは、自分が許せない。

 ARビジョンでユーリが死ぬ所を見たくないし、俺が死ぬ時、ユーリだけが戦っているのも嫌だ。

 俺はユーリの近くで死にたい。せめて、近くで死んでやりたい――


 ユーリがそれを望まなくても、俺はそれを望んで戦い始めたんだろう?

 あいつに、一人で戦わせないために、俺はここにいるんだろう?

 機体はボロボロだ。でも、まだ戦える。こいつは、まだ動く。

 出力を上げろ、体を動かせ、前進しろ、恐れるな、慄くな。

 戦え。闘え!!

「……うおおおおおおおっ!!」

 コクピット内で、力の限り、ありったけの息を吐き出して叫ぶ。金縛りが解けたように体が自由を取り戻す、同時にスロットルレバーを目いっぱい押し上げる。ARビジョンの出力インジケーターがフルスロットルを指し示す。


 ――気を付けて、あいつの表面は流動する生体金属で覆われている。定まった形は持たない。外見に囚われるな。


 ……何だ? 声が聞こえる。ユーリの声……だけど、ユーリではないような。通信機を介してではなく、頭の中に直接響いている? ユーリと、そのまま繋がっているような。


 ――……来るっ!!

 今度は本物のユーリの声。その一拍の後。

「……ぐっ!?」

 空間を薙ぎ払う高出力レーザーの雨。一発がジャガンナートに命中する。一本一本が、戦艦クラスの出力。掠ったレーザーを逸らすだけで、一気に演算能のリソースが持っていかれる。

 ……取り乱すな。喰らったけど、俺はまだ生きてる。機体も動く。

 ダメージコントロール、損傷確認。息を吐く、吸う、吐く、もう一度、吸う。

 ……大丈夫だ。集中しろ、直撃と連続被弾を避ければ致命傷にはならない。

 しかし、ユーリにレーザーが通用しないと見ると敵は今までに無い攻撃手段を見せてくる。

「……触手っ!?」

 敵の表面が膨らみ、弾け、吐き散らすようにして溢れ出した流体金属が前を行くユーリに直接襲い掛かる。まるで、禍々しさを具現化した、邪神の如く。直接打撃なんて、こんな攻撃の仕方見たことがない。


――……くっ、でもフィールドで!!

――だめだ! 触れたら逆にこちらの演算能を侵食される!! 敵のハッキング防御に処理リソースを割けば、レーザーが止まらなくなる!

――じゃあどうしたら!?

――避けるしかない!!


 フィールドで弾けないのか? あの数を全方位から、いくらユーリでも全てを避けながらなおかつ接近するのは無茶だ。

 ……フィールドで弾けない? なら。

 まだ、俺にも出来ることがあるぞ。

「……コイツの、図体ばっかデカイお前の出番じゃないか」

 迫る触手を懸命にかわすユーリに接近する。限界を超えた出力解放に機体が悲鳴を上げる。蓄積したダメージが各部を苛み、鳴りやまないアラート。

 もうちょっとでいい、もうちょっとだけ頑張ってくれ、ジャガンナート。

「ユーリ!! 前を見ろ!!」

 通信機に叫ぶ。メインアーム稼働、照準、発射。マウントされた380mm対艦レールカノンが稲妻を吐く。吸い込まれるように着弾した砲弾が、ユーリに迫る腕の一本を打ち砕く。直撃、本体から派生した触手には大した防御能力がない。

 ランチャーポットに残ったありったけの遅滞誘導弾をユーリの周囲に投射する。ほんの少しでいい、わずかでいい、ユーリが前に進める隙を作れれば。

「……お兄ちゃん、どうして逃げてないのっ!?」

 通信機から響く非難の声。答える余裕も、つもりもない。代わりに、叫ぶ。

「行け! ユーリ!!」

「でも……」

「迷わないでって言ったのは、お前だろっ!!!」

 更に迫る敵の触手。

――ユーリ!!

「えっ……!?」

「やらせるかよっ!!」

 最後の力を振り絞ってユーリの更にその前へ出る。

「うおおおおおおっ!!」

 敵の触手にジャガンナート本体をぶつける。この質量と出力があれば、短時間なら物理的に止められる。

「おにいちゃ……」

「行け、ユーリ!!!!」

 ……これで終わりだ。この衝撃に、ジャガンナートは耐えられない。

 けれど、悔いはない。

 大切な家族に出会えた。最高の仲間に出会えた。掛け替えのない時間があった。

 ユーリ。お前がいたから、俺は自分の生涯が幸せだったと、胸を張って言える。


 その時、不思議なことが起こった。

「……え」

 目の前の敵の動きが、止まった。まるで、時間そのものが機能を停止してしまったみたいに。

「何だ……これ」


 ――目を閉じて、シン。


「えっ?」


 ――いいから、目を閉じて。


 頭の中に響く声のままに、俺は両目を閉じた。コクピットの中は暗いはずなのに、瞼越しの世界は何故か真っ白だった。

 そしてそこに、ユーリの姿があった。

「どうして……」

「ユーリが、そう望んだから」

 そう、ユーリが言って、俺ははっとする。

「お前、ユーリじゃ、ないのか?」

 少女は頷く。

「私は、鉱性生物としてのユーリ。ここは私の演算処理能で生み出した虚数の時間。虚数時間は、実時間に対して直交する、縦軸の時間。この時の流れの中では、実時間の流れは意味を失う」

「時間が……止まってる、ってことか?」

「そういうこと。まあ、今の私の力じゃそんなに長くは保てないんだけどね」

 そう、ユーリと同じ顔をした少女は力なく笑う。

「ほら、いいよ、ユーリ」

 そう言うと少女の姿が消え、代わりに姿を現したのは。

「……ユーリ」

「最後に言いたいことがあって、わがまま言っちゃった」

 そう言って、ユーリは微笑んだ。

「私たちが、最初に会った時のこと、覚えてる?」

 俺は頷く。忘れるわけがない。父がユーリを連れてきた、あの日のこと。

 俺とユーリが家族になった日のこと。

「さて、問題。お兄ちゃんは私を見て第一声、なんて言ったでしょう?」

「……名前は?」

 あんな不機嫌な言い方で、悪かったな。そう思いながら、俺は呟く。本当に、ちゃんと覚えてるもんなんだね。そう言って、ユーリは少し嬉しそうだった。

「一言目に、お兄ちゃんは私の名前を聞いた。お兄ちゃんだって、まだほんの子供で、不安でいっぱいだったはずなのに、いきなり何なんだって、思ってたはずなのに、それでも、お兄ちゃんは私の名前を聞いてくれた。それだけしか、聞かないでいてくれた。それだけで、私と一緒にいてくれた」

 違う。俺は首を横に振る。

「そんなの……俺だって同じだ。俺も、ずっと一人だった。そこに、ユーリが来てくれた。俺と、家族になってくれた。二人だったから、生きてこられた。ここまでこられた」

 うん、とユーリは頷く。

「あのね、実は一個、いい知らせがあるんだ」

「いい知らせ?」

「うん。私、もしかしたら死なずに済むかもしれない、ね?」

 すると、姿は見えないもう一人のユーリの声が聞こえる。

「あくまで、可能性の、それも、奇跡的な可能性の話だけれどね。私たちは奴と一緒に自分たちを虚数空間に転移させる。『転移』だからそれは死と同義じゃない。虚数空間は並列する無数の時空間で共有されている。だから、こことは別の時空間に排出される可能性も、また、ここに戻ってこられる可能性も、確率論的にはゼロじゃない。あくまで計算上ゼロではない、という程度の話だよ」

「それでも、ゼロとは違うよ……ゼロじゃないんなら、私、戻ってくるよ。絶対、ここに帰ってくるよ」

 ……そんなの、無理に決まっている。ゼロじゃない? ああ、それはゼロではないのかもしれない。でも、それは前に一体いくつの0が……何十、何百、何千個のゼロがついたイチなんだ?

「だから、お兄ちゃんには生きていてもらわないと。私を、待っていてもらわないと」

「……ユーリ」

 堪え切れない。自分が死のうとする今でも、俺を勇気づけようとしてくれる、その少女の献身に、応えられない。

 その名を呼ぶだけで、止めどなく涙が溢れてしまう。しょうがないな、そうユーリは苦笑して、俺の前に歩みより、その指で俺の涙を拭って言う。

「大丈夫、すぐに帰ってくるって。ほんと、大袈裟なんだから」

 まるで、本当にそうなんだって信じているみたいな。

 軽やかな、天衣無縫の、少女の声。

 嘘だ。嘘だ。

 でも、嘘だって、そう口にしたら。

 俺は、ユーリの笑顔を裏切ることになる。

 止まれよ、みっともなく泣いてんじゃねえよ。ユーリは、笑ってるんだぞ。

 そう思うほどに涙が次から次へと溢れる。ユーリの両腕が、俺の頭をぎゅっと抱き留めた。

「ありがとう、泣いてくれて。私、お兄ちゃんのそういうとこ、好きだよ……ううん、違うな……私の好きって、そんなんじゃないな」

 そう言って、ユーリは俺の顔を上向かせる。俺の目をじっと見て、静かに言う。

「シンお兄ちゃん。貴方が、私にとってこの世界で一番大切な人。一番大事な人。一番、大好きな人。貴方と出会えて、共に過ごすことができて、だから、私幸せだった」

 ユーリの目からも、涙が流れた。それを見たら、今度は言葉が溢れ出した。

「ごめん、ごめん……俺、何も出来なくて、最後まで、こんな、駄目な奴で……」

「何も出来なくなんて、ないよ。私のために戦ってくれた。命を賭けて、私のこと守ってくれた。私の決断を受け入れて、ここまで一緒に来てくれた。今だってそう、最後の最後まで、私のことを庇おうとしてくれてる」

 潤んだ視界の中で、ユーリは嗚咽を堪えながら、それでも話し続ける。

「私、貴方と一緒にいられた、その時間だけで十分幸せだった。遊撃士になって家を出た時、そこまででもう私の一生分の幸せはもらったんだって、そう思ってた。でも……違ったんだね。欲張っちゃったな」

「え……?」

「私、一番大好きな貴方に、自分の命を賭けてもらえるくらい、ここまで大切に思ってもらえた。だから、私の人生は、掛け替えのない、宝物になった。そして最期に、最後まで私の為に戦い続けてくれた、貴方の為に戦える。それはきっと、本当に幸せなことなんだよ。だから、私は、誰がなんて言ったって……」

 涙を流しながら、ユーリは笑う。満面の笑みで。

「私は、今、世界で一番幸せな女の子なんだ」

 ……だから。そう、静かに息を継いで。

「――ねえ、お兄ちゃん、笑ってよ。私の、この最高に幸せな物語を、ハッピーエンドで終わらせて?」

 ……そうだ。

 笑え、笑え、涙が止まらなくても、笑え。

 謝るな。謝るんじゃなくて、伝えたいことは。

「ありがとう、ユーリ。お前に会えて……本当に良かった!!」

「うんっ!!」


 ――ごめん……限界だ、実時間に、戻るよ!!


 刹那、時が息を吹き返す。

 目の前に迫る触手が凄まじい威力でもってジャガンナートを叩きのめす。

「……ぐっ!!!! くっそがっああああ!!!」

 目の前を埋め尽くすダメージアラートが機体の限界を叫ぶ。

 だめだ。俺はユーリを待つんだ。ここで死ねない。こんな所で。

「死ねるかあああああ!!」

 あがけ、諦めるな、出来ることを探せ、一手を繋げ、手繰り寄せろ!!

 姿勢制御アシスト解除、マニュアルスラスターでわざと姿勢を崩す。機体が回転し、威力を受け流す。

「外装、アクティヴパージ!!」

 内臓爆薬の爆発と共にジャガンナートの外装が吹き飛ぶ。それを盾にして、生身の輝珀で宙間に飛び出す。

 まだだ、最後に、一発。あいつに、ユーリに道を。

 メインアームから脱落した380mmレールカノンを掴む。こいつのリソースでも、撃つだけなら、一発は。

「演算処理能、外部接続、照準マニュアルモード……」

 銀の翼が駆ける、その先を目がけて。

「いけええええええええ、ユーリぃいいいいいいいっ!!!」

 放たれる、最後の閃光の矢。380mmレールカノンの直撃が敵の外部装甲を穿った。

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 触手を網の目を潜り抜け、その穴にユーリは飛び込む。虚数空間転移フィールドを刃に変えて、敵の腹を割きながら中枢目がけ一直線に突き抜ける。そして辿り着く。

 敵のコアに張り付き、翼を広げる。光が溢れる。奔流となって、七色の渦となって、ユーリの思いに、想いに応えて。

「……演算処理能、出力最大!! 奪い取れええええええええぇぇっ!!!!」

 そして、次の瞬間。


「……消え……た」


 旗艦級は、俺の目の前から嘘みたいに、夢みたいに。


 跡形もなく、消滅した。


 ――ユーリと一緒に。

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