第19話 C.C0058-12.31 ただ、迷わずに

〇本話に登場するお題

・なし



「本宙域に展開する敵艦総数……1000隻を超えています!!」

 ノーチラスのオペレーターが驚愕の声と共に報告する。

 言われずとも分かる。光学カメラを埋め尽くす、無数の紅光。陣形も戦術もなく、ただ圧倒的な数でもって相対する異形の軍。

表情は冷静を保ったまま、その裏側にニシヤは汗をかく。

 人間の持てる全てで、本気の陽動を掛けても、まだこれだけの余力があるか?

「……ほとんどは相手にしない数だ、コース算出急げ!」

「コース出ます! ……推奨到達時間、8分45秒、限界到達時間、9分10秒!!」

 与えられた時間は、約9分。

 こちらは巡航戦艦8隻、ノーチラスを含め機兵母艦4隻、機兵四個連隊、約400機。彼我の戦力差は約100倍。

 ……迷う暇もないな。

「艦隊全艦紡錘陣形、最大戦速で敵防衛線を突破する! 突破に必要な敵のみ撃破すればいい、他には構うな!!」

「敵艦載小型種来ます!」

「こちらの機兵はジャガンナート直掩まで温存する、フィールドで弾いて強行突破しろ!」

「対小型種近接戦闘用意!! 虚数空間転移フィールド、戦闘出力で展開!」

「射程に入ります!!」

「……撃ち方始めっ!!」



 ……始まった。

 俺たちはもう機兵のコクピットの中だ。いつでも出撃できるよう、万全の態勢を整えている。俺とユーリもまた、ジャガンナートのコクピットでその時を待っている。

 二人乗りでも、コクピットでは一人きりだ。このジャガンナートはユーリを出来るだけ敵旗艦級近くまで運ぶ為の戦車だ。ユーリのコクピットはジャガンナートの中心、外装損傷に対して可能な限り安全な位置にある。それに対して俺が乗っているのは、ジャガンナートのコア・ユニットである輝珀の操縦席だ。

 簡単な戦いではない、というよりも、圧倒的に困難な戦いだ。俺たちが出られる前に、このノーチラスが沈められる可能性も高い。

 出番が来るまでは、祈るしかない。

 ……いや、違うな。頼むのは神様じゃない。

 信じるのは、ここまで連れてきてくれた、そしてこの先の道を切り開いてくれる、人の力だ。

 これは神の戦いじゃない。人の戦いだ。

「大丈夫だよ、お兄ちゃん」

 不意に、そうユーリの声が聞こえた。ARビジョンに、コクピットに座るユーリの顔が映し出された。

 いつ砲火に爆ぜるかも分からない船の中、必死の戦いに臨もうとしている。それなのにユーリは、静かな、水面のように穏やかな顔をしていた。俺が返事をする前に、ユーリは更に続けて言う。

「大丈夫、私たちは、ちゃんと辿り着けるよ。皆がその為に戦っている。私たちもその為に戦う。だから、大丈夫」

「……ああ、分かってる」

 辛うじて、そう返事をする。モニターの向こうのユーリが、真っ直ぐに俺を見つめて、そして、目を細めて微笑んで、言った。

「だからお兄ちゃん……迷わないでね?」

「……え?」

「迷わないでね、約束だよ」

 言い聞かせるように、ユーリはもう一度言った。

 俺はその時、何と返事をしようとしたのだろうか。あるいはやはり、返事をしなかったのだろうか。

 それとも、できなかったのだろうか。

「機兵部隊、全機発艦用意! 繰り返す、機兵部隊、全機発艦用意!」

 オペレーターの声が思考を遮り、切り替える。



 フェイルノート艦隊は決死の突破作戦を敢行する。艦の半数を失いながらも想定した四つの防衛線の内三つまでを、許容時間ぎりぎりながらも突き破った。

「γライン突破! 残存戦力、本艦及びエンタープライズ、リシュリュー、ビスマルク健在、飛龍、リットーリオ中破!」

 巡航戦艦はよく戦ってくれた。飛龍は中破しているものの、四隻ある機兵母艦の内三隻を戦闘可能な状態でここまで運んでくれた。しかし残った護衛の巡航戦艦は三隻、うち一隻は中破。

 ……厳しいか。ニシヤは小さく舌打ちをする。

「コース最適化修正、335から347!」

「火力を集中しろ、足を落とすな!!」

 針に糸を通すように、微かな隙を穿ち続けながら艦隊は決死の進撃を続ける。

「右翼より敵火力増大、包囲されます!」

 右の防御を一隻で引き受けていた巡航戦艦リシュリューが猛攻に晒される。

「リシュリュー速力低下! ……これ以上の機動戦闘は不可、盾にしろと……!」

 ここで止まるわけにはいかない。そうすれば、死んでいった者たちに合わせる顔がない。

 ニシヤは歯噛みしながら指示を出す。

「右翼側面防御はリシュリューに任せる、コース355に修正!」

 リシュリューは自身を艦隊の盾とし、ありったけの弾を鉱性生物の群れにぶちまけた後、敵陣に突入し爆発、四散した。

「敵の防衛線の厚みが想定を超えています、このままでは……」

 艦で進めるのは、この辺りまでか。ニシヤは息を吐く。

 あとは彼らに任せる他ない。

「……機兵部隊を展開せよ、ここでジャガンナートを出す!」

「了解! 全艦通達、機兵部隊、発艦始め! 繰り返す、機兵部隊発艦始め!」



 発艦は通常の機兵が先だ。俺とユーリは最後に出ることになる。

「じゃあ、俺たちはちょっくら先に出て、まあ少しくらいは道を掘っておくからよ」

「掘った穴に自分が埋まるなよ?」

「抜かせって」

 ミヤビはこんな時でも笑って見せてくれる。いくらあいつでも、結構、無理をしてるんだろう。でも、それを俺に見せないでいてくれる。

 ……本当は、いや、本当に、全然緊張していないのかも。そう思うとあまりの鈍さに俺まで笑えてくる。

 今度はミヤビに変わって、ハルの顔が映った。

「先輩、私はこんなところじゃ死にません」

 恐ろしく真面目な顔をして言うから、俺は思わず笑って答えた。

「ああ、分かってるよ。だから、俺も死なない、だろ? 俺は悪運が強いんだもんな?」

「……こんな時まで、茶化すんですか?」

「ん?」

「……死なないで」

 呟くようにハルが言った。

「絶対に、帰ってきてください」

「……萌え萌えはもう要らないぞ」

「なっ!? こ、殺しますよっ!?」

「萌え萌えって何ですか……?」

 ユーリが間に入ってきて、俺は声を上げて笑った。ハルが必死な声で叫ぶ。

「ユーリちゃんは知らなくていいから! ……先輩も、喋ったら殺しますからね!!」

「俺もハルに殺されるまでは死なないよ」

「……バカっ!! アホっ!!」

 こういう抜け方、ハルらしいな。こんな姿、最近ずっと見ていなかった。

 もう見られないかもしれないとも思っていた。

 最後に、らしい顔が見られて、見せてくれて、ありがとう。

 次に映ったのは、チハヤ大尉の顔。

「人類の未来、お前たち兄妹に任せるぞ」

「人類は引き受けました。代わりに、あいつらの未来くらいは隊長が背負ってください……チハヤ大尉、ハルとミヤビたちを、よろしくお願いします」

 ……あいつらが死んでしまったら、俺たちが戦う意味も半減だものな。

「……私を誰だと思ってるんだ? 撃墜レコードの書き換え過ぎでプレーヤーになってしまったパイロットだぞ、お前らひよっこ共とはものが違うさ」

「……まだひよっこ扱いですか」

「嫌なら、きちんと帰ってくることだな。そうしたら考えておいてやる……先に行くぞ」

 チハヤがいなかったら、きっと俺たちは火星で死んでいた。こんな瞬間でも、皆と、ユーリと一緒に居られるのは、チハヤのお陰だ。

「お兄ちゃんがいて、ハル先輩がいて。ミヤビさんも、チハヤさんも、ニシヤ隊長も……私、皆のことが大好きだな。皆がいたから、私、生まれてきて良かったな」

「……ああ」

「だから、皆を守りたいな」

「ああ」

「……皆を、守るよ。守るね、お兄ちゃん」

 同じ気持ちだ。同じ気持ちのはずなんだ。

 俺たちを守ろうとしてくれる皆を、俺も守りたい。

 でも、ユーリ。その「皆」の中に、本当は一番、俺はお前の名前を入れたかったんだ。

 けれど、それは口には出さない。

 迷わないでと、そうユーリが言ったから。

 ……迷うな、迷えば、誰一人守れない。

「ノーチラスより【ホワイトキャット】、状況を報告してください」

 オペレーターから俺のコードネームが呼ばれる。

「ホワイトキャットよりノーチラス、各部異常なし……それにしても、何でコードネームが白猫なんだろうな」

 思わずそう俺が口にすると、ニシヤの声が響いた。

「縁起が良いから、らしいが。まあアメリカ野郎たちの負け惜しみだろうさ」

「負け惜しみ?」

「俺たち日本の『犬』にばかり良い恰好はさせられない。せめて、名前だけでもネコにしてやれ、ってな」

 こんな所にも冗談か。軍人らしいな。

「なるほど、でも、俺は最後までヘルハウンド大隊の一員ですよ」

「ありがとう。だがしかし、墓守のヘルハウンドは確かに縁起が悪い。白猫の幸運だけ、貰っていけ」

「了解」

「ノーチラスよりホワイトキャット、発進準備完了、進路クリア、ユーハブコントロール」

 いよいよか。戦術データリンクは無数の敵の光点で埋まっている。その中を味方の光点が突き抜け、一瞬の「クリア」を生み出す。

「ホワイトキャット、アイハブ……ジャガンナート、発進する!」

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