第18話 C.C0058-12.31 後は若い奴らに任せるさ

〇本話に登場するお題

・直径48cmの耳カス(セリフ)

・八ツ橋(設定・兵器名)



 標準単位時間16:34。第二艦隊旗艦「ブリッジス・ロドニー」戦闘艦橋。

 第二艦隊は、統合宇宙軍主力艦隊の中央前衛として艦隊最前列に配されている。そこから左翼に第三・第六艦隊が、右翼に第八、第九艦隊が連なり、艦隊前衛は計五艦隊が大きく翼を広げるような陣形を取っている。第二艦隊司令ジョン・クローニン・トーヴィー上級大将は、自艦隊の指揮と同時に前衛艦隊の指揮も任されている。

 トーヴィーは紅茶を片手に悠然と、目前に茫洋と広がる虚空を眺める。そろそろ頃合いだろうか、そう思いカップを下げさせた、ちょうどその時だった。

 遠く彼方の黒が歪む。各カメラ・センサーが捉え、像を結ぶ。

 ブリッジの乗組員たちが、言葉を失い息を飲んだ。嘆息してトーヴィーが一喝する。

「状況を報告せんか!」

「は……はっ! 敵第一次侵攻部隊ワープアウト! 総数……巡航戦艦級50超、母艦級30超を含み、約300!!」

 まあ、無理もないことだろうな。トーヴィーは思う。「会戦」と呼べる戦いにおいても、最大規模で敵の艦数は50隻程度。この規模の艦隊戦は先史に例がない。

 どれ、一つ役者を打つか。トーヴィーはそう心の中では笑いながら、表情は微動だにせず冷ややかなままに。

「300隻か……我らも舐められたものだ、この程度、ものの数ではないな」

 トーヴィーが至極当然という風に放った呟きに、ブリッジがざわついた。本作戦に参加する統合宇宙軍10個艦隊の戦力は、巡航戦艦200隻、機兵母艦100隻、軽・重巡航艦合わせて400隻、駆逐艦600隻、その他補給艦等の後方支援艦艇も合わせれば総勢1500隻を超える空前絶後の大艦隊だ。

 無論、この300隻は敵にとっては「小手調べ」程度の戦力で、後方にはこちらの数倍の戦力が控えている。有史以来最大規模の艦隊戦が前菜とは、全く我々はどんなフルコースを平らげるつもりなのか。せめて英国料理ではないことを願いたいものだ。

 さて、ディナー始まったばかりだ。せいぜい手ごわい客だと認識してもらおうではないか。

「距離17000!」

「よろしい。第二艦隊、全艦攻撃を開始せよ」

 戦端は中央の第二艦隊と敵前衛艦隊の衝突を持って開かれた。この前哨戦の作戦は単純明快、大戦力による包囲殲滅だ。人間側も持てる力を惜しみなく投入したからこそ、こういう無理が効く。

 敵は大型艦で紡錘陣形を組み、中央突破を図る。

「各艦、敵陣先鋒に火力を集中、陣形を粉砕しろ! 敵に押し込まれても退くなよ、退けば陣形が崩れる、二倍の弾をくれてやれ!!」

 第二艦隊は旗艦「ブリッジス・ロドニー」以下、重量級の巡航戦艦を中核とした編成だ。第二艦隊は敵の第一次攻勢を真正面から受け止める。突破に失敗した敵艦隊がもがく。

 その間に高速艦を主軸とした左翼、第三・第六艦隊と右翼第八・第九艦隊が前進、敵艦隊を包囲下に収める。過去例を見ない、宇宙艦隊による三次元両翼包囲戦だ。

「的には困らん! 撃てば当たるぞ、出し惜しみするな!!」

 流れるように戦列を形成した両翼艦隊が火を噴き始めると、戦況は一気に優勢に傾いていく。鉱性生物側は成すすべなく崩れ、300隻の敵艦隊はおよそ3時間という短時間で壊滅、理想的な形で統合宇宙軍は緒戦を制した。

 しかし、その報を聞いた総司令ブラッドレイの顔に笑みは無い。

「……まずもって、というところか。ここからが本番だ、全艦隊、予定通り第二作戦宙域まで進出せよ!」



 標準単位時間19:55。俺たちは本隊の戦闘を機兵母艦ノーチラス談話室のモニターで眺めていた。ノーチラスを旗艦とする強襲艦隊――フェイルノート艦隊は戦闘宙域よりも更に後方で待機している。

「……ここまでは予定通りだな」

 俺がほっと息を吐いて言うと、たしなめるようにハルが呟く。

「こんな序盤で想定外を引いているようじゃ、作戦全体の成功確率はゼロです」

「確かに、ハルの言う通りだ。この作戦、針の穴を連続で、しかも一発で通し続けるようなものだからな」

 そうチハヤも頷く。ミヤビはいつもの通り、能天気な様子でこう付け加える。

「けど一本目の針はストレートで通ったってことっしょ? それくらい喜んでおかないと」

「ミヤビ、貴様の能天気もこの局地に至ってなお維持できるのならもう一種の才能か……」

「お褒めに預かり光栄です、チハヤ隊長」

 ただ、ユーリだけが、色の無い顔で、無言で画面を眺めていた。

 成功しても、失敗しても。勝っても、負けても。

 ユーリだけは、絶対に帰って来ない。

 それだけは決まっている。けれどその事実を、ここでは俺以外には知らされていない。

「……過度な緊張感は持つな、そこだけはミヤビを見習っておけ。私たちの出番はまだ先なんだ、ここで集中を擦り減らして、肝心な場面で糸を切るようでは敵わん」

 そう言ってからチハヤが睨むように俺を見た。不意の視線に俺は、え、と声を漏らしながら訊く。

「……なんですか?」

「シン、今のは貴様に言ったんだ」

「俺、ですか?」

「鏡で自分の顔を見てみろ……お前、すぐに死ぬ奴の顔を……迷いのある顔をしているぞ」

 何と答えれば良かったのだろうか。上手く返事ができなかった。しかしチハヤは俺の返事を待たずに、そのままユーリの方を見た。

「ユーリ中尉、貴方もだ」

「え……?」

「兄と同じ顔をしていますよ」

 そう言われると、ユーリは俺とは違って、柔らかな、力の無い笑みを浮かべる余裕を見せた。

「……ありがとうございます。でも、大丈夫。私、これでも戦うアイドルやってきました……大舞台には慣れてます。お兄ちゃんは、そうじゃないかもしれないけど」

 そう言ってユーリは俺を見て笑った。それで、俺はやっと表情を緩めて息を吐くことができる。

 最後くらい、もっと強くて、もっと頼れる兄でありたかったな。



 標準単位時間21:18。統合宇宙軍主力艦隊は第二作戦宙域まで進出、迎撃態勢を整えた鉱性生物艦隊第二陣と対峙する。

「敵総数……2000隻を超えています!!」

 驚愕と共に報告するオペレーターの声に、総司令ブラッドレイは笑った。

「敵は本隊を残してなお2000隻か、底が知れんな! 結構!! 相手にとって不足はないわ!! 総員、死力を尽くせ、敵も討たずに楽に沈むことは許さんぞ!!」

 前衛艦隊が敵と衝突する。しかし先ほどとは敵陣の厚みが桁違いだ。撃ち込んだレールカノンを、敵戦艦級群の強固な虚数空間転移フィールドが撥ね除ける。

「前衛艦隊被害拡大! インヴィンシブル、レパルス、エイジャックス轟沈、トラファルガー大破戦闘不能!! ……敵前衛艦のフィールドが強固すぎます、火力が足りません!!」

 守りの堅い艦同士、列を組んで真正面の撃ち合い。戦況は次第に統合宇宙軍側が劣勢へと転がっていく。同規模・同陣形のぶつかり合いなら、個々の性能が勝る方が有利なのは必然だ。しかし総指揮を執るブラッドレイはいたって冷静、ここまでは織り込み済、予定通りの流れだ。

「大した防御力だ、こちらのレールカノン如き、48cmの耳カスと変わりなしというわけだな……だが、これはどうかな?」

 その時、敵鉱性生物たちに声が上げられたとしたのなら、どうだったろうか。驚声を上げさせられたのだろうか。ブラッドレイの用意した絡め手が、絶妙なタイミングで敵艦隊左翼を突く。

 鉱性生物艦隊の側面を襲ったのは艦でも機兵でも砲火でもなく――土塊だ。ただし、艦よりも遥かに巨大な土くれ……小惑星の群れだ。核パルス推進で軌道を変えた小型の小惑星が一気に敵陣側面になだれ込む。しかも、鉱性生物たちはそれをほとんど迎撃しない。

「……敵、小惑星を迎撃しません! どうして……?」

「技研の読みが当たったな。単純な話だ、敵は今までも小惑星を攻撃したりはしなかった……奴らの頭には『小惑星に敵性がある』という認識はないからだ。つまり、小惑星により自分たちが損害を被る可能性がある、と『認識する前のこの一撃』はノーガードで通る。ここまで上手くいくとは思わなかったが、やってみるものだな」

 小惑星の質量はさしもの戦艦級のフィールドでも無力化することはできない。敵側面を固める艦は前衛と比べれば小型・高速、必然被害も拡大する。小惑星群の衝突が、一時的とはいえ敵の陣形を突き崩した。その隙を突いて小惑星の後方から高速艦を集めた艦隊が紡錘陣形を組んで敵陣に喰らい付く。

「突っ込め! 敵は同士討ちになる攻撃は出来ない! 敵陣に潜り込んで近距離戦に持ち込め!」

 小惑星と共に艦隊が浸透した左翼は一気に乱戦模様に変わる。敵母艦級がそれを迎撃すべく無数の小型種を吐き出す。

「こちらも機兵部隊を出せ! ……新型の性能、鉱性生物共に見せつけてやれ!!」

 対する統合宇宙軍の機兵部隊は、日本製の「輝珀」を初め「ムスタング」「グリフォン・スピット」「フォッケウルフ・ドーラ」と言った、ディストーション・シールド搭載の最新鋭機だ。この一戦の為に月面中の生産能力を注ぎ込んで揃えた機兵隊。この戦争は軍人だけのものではない、その後方で、市民たちも戦ったのだ。

 死力を尽くした戦闘が続いた。長距離での砲戦では戦力差は歴然としている。近距離の乱戦に持ち込むべく、統合軍艦隊は何度も決死の突進を繰り返した。敵は損害を出す度に後方から戦力を補充する。圧倒的な戦力差の前で、統合宇宙軍は一歩も退かずに戦線に踏み止まる。

 当初の予想を超えた粘りを見せる。ただ、それでも1時間で戦力の半数を喪失した。一時間で700隻以上の艦と、クルーの命が宇宙の塵と化した。それで、健闘しているのだ。その事実が、この作戦がどれだけ厳しく救いのないものであるかを物語っている。



 標準単位時間22:31。

「第二艦隊旗艦『ブリッジス・ロドニー』……轟沈! ……トーヴィー上級大将は、艦と命運を共にしたとのことです」

 トライアンフの通信士が沈痛な面持ちでそう告げる。ブラッドレイは頷き、それから漏らすように呟いた。

「艦隊旗艦も、このトライアンフを含めて残すは4隻か」

 誰も言わないが、よく保った方だ。遅かれ早かれ、前衛艦隊の壊滅は避けられない結果だった。その中で、トーヴィーの第二艦隊を初め各艦隊は奮戦した。ここまで、よく戦った。あの世でよくよく労ってやらなければならんな。そうブラッドレイは思う。

 さて、次は我らの番か。ブラッドレイは席から立ち上がり、こう指示を出した。

「第二艦隊の残存艦艇は第一艦隊の指揮下へ編入。これより前衛艦隊は私が直接指揮を執る。第一艦隊前進! 本艦も前へ出せ!」

「……トライアンフをですか!? 恐れながら、総旗艦を前へ出すのはリスクが……」

 参謀将校の一人が思わず声を上げた。

「このトライアンフは艦隊旗艦として統合宇宙軍所属戦艦の中でも最上級の火力と防御力を有している。それは私を守る為の飾りではあるまい……ここで使わずして、いつ使うというのだ?」

 そう言って、あろうことかブラッドレイにやりと笑って見せた。その笑みに、前進のリスクを進言した若い将校は息を飲む。だが、隣に控えた年老いた参謀長は、仕方ないな、という風にブラッドレイと似た、老獪な笑みを浮かべた。

「閣下は戦艦一隻、一城の主であったことと何もお変わりありませんな」

「誉め言葉と受け取っておこう、参謀長……まだ投了には早い。もう少し悪あがきといこうじゃないか」

「諦めの悪さも、やはりお変わりないようだ」

 そう、乾いた声で参謀長が、心底面白いという風に笑う。

「先に逝った奴らは、きちんと有り金全部擦っていったんだ。それなのに総指揮を預かる俺が、ある弾、ある艦、全て使い尽くす前に司令を降りて地獄行きというのも示しがつかん」

「あがいて地獄への切符が貰えたら、その後は如何なさいますかな?」

「決まってる。後は若い奴らに任せるさ」



「凄い……」

 モニターの戦況を眺めながら、思わず俺はそう呟いていた。

 中央前衛の第二艦隊が破れ、主力艦隊は総崩れになるかに見えた。しかし、後方から第一艦隊が合流すると同時に、最右翼から回り込んだ後衛第十艦隊が敵右翼を急襲、それに合わせて左翼を交代させて斜線陣を組み直し、敵の突進を受け流しながら防衛線を再構築した。一瞬で壊滅してもおかしくなかった戦況を、ブラッドレイ元帥は一手で持ち直した。

 だが、それも全滅までの時間が早いか、遅いかの違いでしかない。現に、敵はそのブラッドレイの卓越した指揮をものともせず、更なる物量で押しつぶすべく後方から増援を送り込んでいる。

 では、そうまでして、何故彼らは戦うのか。

「俺たちの為に、やってんだよな」

 そうミヤビが呟いた。

「私たちが敵の旗艦級に辿り着くまで、できるだけ敵の数が少なくなるように、その為だけの作戦ですからね……ユーリちゃんと、先輩という最後の希望を、できるだけ大きく、できるだけ絶やさないための」

 別に、その言葉でプレッシャーを掛けようという気はハルにはなかっただろう。しかし、俺は否応なくその言葉の重さを感じてしまう。

 ユーリに、全員が全てを賭けている。いや、擲っている。

 数えきれない命が、その為に散っている。ユーリの勝利を願って。それを無駄にしない為には、俺が無傷でユーリを旗艦級まで送り届けなければならない。

 そして、無事に送り届けたとしても、そこでユーリは……

「大丈夫……私は絶対、勝ってみせるよ」

 ユーリは、わざと皆に聞こえるようにはっきりとそう言った。それから俺を見る。

「お兄ちゃんがそこまで守ってくれるんだから、きっと大丈夫」

 それが、私の覚悟だ。そう言っているように聞こえた。俺も頷いて応える。

「ああ、任せろ」

 その時だった。

「総員第一戦闘配置! フェイルノート艦隊はこれより作戦行動に移行する! 繰り返す、総員第一戦闘配置! フェイルノート艦隊はこれより作戦行動に移行する!」



 標準単位時間23:05。作戦は第三段階へと移行する。

 輪形陣を組んだ艦隊の中央に、翅を広げたユーリが浮かぶ。ユーリは集中する。あの時とは違う、自分一人で跳ぶんじゃない。全ての位置を、正しく、鮮明に、明確に想起する。

 自分のやることは単純だ。小難しいことは、自分の中のもう一人の自分と、演算能がやってくれる。自分のやることは、ただ一つ。

 イメージすること。それを現実であると信じ込んで、イメージすることだ。

「全艦の演算処理能クラスタリング完了、コントロールをアサト中尉へ! 現在処理効率92%、理論許容値です!」

「進入ワープゲート、正常稼働中! 『八ツ橋』も問題ありません!」

「アサト中尉、バイタル正常!」

 各オペレーターが状況の良好を伝える。

「アサト中尉につないでくれ」

 ニシヤの言葉にオペレーターが頷く。モニターにユーリの笑顔が浮かぶ。

「アサト中尉、問題はないか」

「こちら【アルテミス】いつでも大丈夫です!」

 わざとコードネームで名乗ったユーリに、ニシヤは苦笑した。

「……ずいぶんと昔のやり取りを覚えているものだな」

「物覚えは良い方です、優等生ですから」

 そうユーリは笑う。皆、助けられているな、そうニシヤは思う。

「ユーリ・アサト中尉」

 そう、あえてニシヤは名前で呼ぶ。

「私は、君が【アルテミス】ではなく、ユーリ・アサトだから、自分の命を君に預ける。ここまでに散っていった者たちは分からん。だが、君と共に戦ってきた、私を初め、このノーチラスの乗組員は、皆同じ思いのはずだ」

 ニシヤの言葉にクルーたちが頷く。

「ユーリ、私たちは君のことをちゃんと知っている。覚えている。【アルテミス】がユーリ、君だったことを、ちゃんと知っている」

「……はい。私も、皆のことを知っています。だから……必ず、成功します。私たちなら、出来ると思います」

 ニシヤが頷く。

「ワープを開始せよ!」

 ニシヤの声が響き、ユーリのコンセントレーションが閾値を超える。

 こことは違う、別の場所。想い起こせ。それを実体として描き出す。想像を現実へと、虚数の海から引き揚げた数字の波が書き換えていく。景色を塗り替えていく。次元が移り変わり、映り変わる。

 ……跳べ!

「『八ツ橋』起動!!」

 損壊したと偽装した八つのワープゲート――「八ツ橋」は、単体では既にゲートとしての機能を喪失している。そのため鉱性生物たちの制圧対象にはならなかった。だが八ツ橋には、全てを連結することで一個の巨大なゲートとして機能するよう細工が施されている。

「ワープ……成功! 脱落艦艇なし!」

「フェイルノート艦隊はこれより、敵旗艦級強襲作戦を遂行する!!」

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