第17話 C.C0058-12.31 持たざる者の矜持を見せよ
〇本話に登場するお題
・5000兆円ほしい!(セリフ)
・ストロングゼロ(セリフ/設定・作戦名)
まるで見計らったかのように。この年が人の終わりの年だと言うかのように。その世紀の決戦は、宇宙世紀58年最後の日が舞台となった。
標準単位時間12:35。統合宇宙軍総司令ネルソン・ブラッドレイ元帥は、第一艦隊旗艦にして、本作戦総旗艦「トライアンフ」の作戦会議室でその知らせを聞いた。
「報告! 敵旗艦級、第5防衛線を突破しました!」
第5防衛線――予備作戦としての遅滞防衛戦闘に設定された最終防衛ラインだ。すなわち、この第5防衛線の突破をもって決戦の火蓋が切られることになる。
ブラッドレイはその報告に静かに、無言で頷いた。それから並び座った艦隊参謀将校たちの顔を見まわした。
「いよいよ、というわけだな……兵たちの不安と緊張も、ひとしおであろう」
「なんの、そうでもありません」
そう言って日本人の参謀将校が笑ってみせた。
「先ほど我が国の兵が、今5000兆円貰ったら何に使うか? などと、のんきで間の抜けた冗談を言っておりましたよ」
「何が5000兆円だ、勤勉と誉れ高い日本人も、ずいぶんとくだらないジョークを言うものだ」
イギリス軍の将校が言い、日本人の将校は「ジョークのセンスについて、あなた方には言われたくないものですね」と笑い合った。
「ところで、そんな大金が転がりこんだとしたら、元帥閣下はいかがいたしますか?」
そうさな、とブラッドレイは考える。このような馬鹿話も、もう出来ないかもしれないと思いながら。
「日本円で5000兆だろう? 決まっている。それだけあればあと何十個艦隊と機兵連隊が配備できるか。それで盤石の備えを作り、敵を残らず駆逐してやるまでよ」
「相変わらず、閣下は生粋の武人であられますな」
その言葉にブラッドレイは満足げに笑い、二度頷いた。
「このような大戦、総旗艦から指揮を執れるとは、まこと武人の誉れよ。頭の固い政治家共は地球に戻ってこいとしきりに言ったものだが、知ったことか……我ら軍人、死に場は戦場、棺は乗艦」
そういうと、揃った参謀たちが全員、心からという顔で頷いた。ブラッドレイが傍に揃えた参謀将校たちは全員が最前線で参軍を務めてきた者ばかりだ。
「神々も照覧、どれ、人間の底力というものをせいぜい見せつけてやるとしようか……作戦参加全部隊、総員に回線を開け!」
ブラッドレイの号令で、将官から兵まで、作戦に参加する総勢400万を越える統合宇宙軍総員のARビジョンに一斉に回線が開かれる。
「総員傾注! ……総司令、訓示!」
標準単位時間12:42。機兵母艦ノーチラスのハンガーは作戦に備え、機体の最終調整に錯綜していた。連隊配備の機兵は全て最新型の五式機兵「輝珀」へと更新されている。ノーチラス本体も「ジャガンナート」運用の為に突貫ながら大規模な強化改装を受けており、ハンガーも整備部隊も拡大している。そこかしこで操縦士と整備士が打ち合わせながらの作業が続いていた。
その時同時に、全員のARビジョンに直通回線が開いた。一度だけ、士官学校の入学式でその顔を直接見たことがある。俺の隣にはハル、ミヤビ、チハヤ、そしてユーリがいた。
「総員傾注! ……総司令、訓示!」
その声に全員が作業の手を止める。
「統合宇宙軍総司令ネルソン・ブラッドレイである。まずは、この作戦に参加する貴官らの勇気と献身に敬意を、そして感謝を申し上げる。今、我々はかつてない窮地に立たされている。過去四度の大戦を超える未曽有の戦力を持って鉱性生物どもは、月、そして地球へと迫っている。この戦いに勝利を収めることができなければ……」
画面の中のブラッドレイ元帥は一度目を伏せ、それから鋭く険しい視線を再度こちらに向け、言った。
「人類の歴史は、本日を持って終わるだろう」
ハンガーの中に、微かに騒めきが広がり、そして消えた。じっとブラッドレイ元帥の言葉に耳を澄ます。
「敵は我々よりも遥かに強大である。これは残念ながら動かしようのない事実であり、前線で奴らと対峙し続けてきた貴官らにとっては言うまでもないことだろう。だが、我々は座して死を待つことは出来ない。その理由は同時に、我々に残された数少ない希望でもある。なぜならば、もし、我々が奴らの持つ圧倒的な力を超えるのだとすれば、我々が、奴らには持ち得ない力を持っているのだとすれば……それは、我々の背には愛する人々が、守るべき人々がいるということだからだ」
俺がちらりとユーリの方を見た時、ユーリもこちらを見た。目線が一瞬合って、互いにすぐに逸らした。
「この一戦は、鉱性生物との戦いの歴史の中にあって最も苛烈なものになるであろう。戦友の屍を踏み越え敵を討つ、壮絶な戦となるであろう。だが、我々は勝つ用意をしてきた。ただ、この一戦に勝つことだけを考え、備え得る全てを備えてきた。我々は迫りくる絶望の中に戦うのではない。今日この日、鉱性生物に勝利し、恒久の平和を得るために戦うのだ。戦友たちの幾百万の墓標の先に、辿り着く明日の為に戦うのだ」
くっと息を飲んだブラッドレイ元帥の顔に、万感の思いが見えた。そして、静かに一声。
「……我々は、勝利するためにこそ戦うのだ」
ブラッドレイ元帥が右手を伸ばし、そして強く握り拳を作った。演出ではなく、自然と出た動作のように俺には見えた。
「この戦いが終結した時、それは『第5次月面大戦』として、そして人類に再度の平和をもたらした崇高なる聖戦として、万代不易の偉業として、永久に人類史へと刻まれることになるだろう。そうして迎える宇宙世紀59年は、新たなる人類の旅立ちを告げる、幾度目かのゼロ地点となる。その先を、我らは生きて、手を携え歩み行く。我らは、我らの手で、我らの未来を守るのだ。敵は、我らを力なき生き物と、持たざる生き物と評するかもしれない。だが、それがどうした! 血と心の通わぬ奴らには見えぬ力が我らの手にはあるではないか! もう一度言おう、我らには、奴らに持ちえぬ力が、確かにあるのだ! 奴らがゼロだと思っている我らには、無限大の力があるのだと、誇張でも虚言でもなく、事実として私は宣言する! 守るべき者への愛を剣とせよ、共に立つ戦友への信頼を盾とせよ! 持たざる者の矜持を見せよ! ここに『オペレーション・ストロングゼロ』を発動する!」
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