第16話 C.C0058-12.6 ただいま/おかえり
〇本話に登場するお題
・なし
最初のブリーフィングの前に、ヴァンデンバーグに案内されてユーリと再会した。監視なしで、二人で会わせてくれる分別はあったらしい。
「お兄ちゃん……何でこんなとこまで来ちゃったの? 馬鹿なんじゃないのっ!?」
一言目に浴びたのは、罵声だった。
第一声はそんな感じだろうって、分かっていた。分かっていたから、ユーリを安心させるような、納得させるような、もし良かったら、ちょっとした感動でも演出できるような、そんな切り返しがあればいいなって思っていた。
思っていたけど。
「……ごめん」
まあ、そんな都合の良い言葉、俺の頭の中をいくら探してもなかった。
失敗をした子供みたいに、許してもらおうって、そういう演出した申し訳なさみたいなものをたたえて、小さく笑ってみせるのが俺には精一杯だった。
「ここに居るってことは……これから始まるのがどんな作戦なのか、聞いたんでしょ?」
「ああ、分かってる」
「ならどうして……! だって……だってこの作戦は……」
そこで、ユーリは言葉を詰まらせた。言いたいその先も、分かっていた。
――参加したら、死んじゃうんだよ?
ユーリの口にしなかった言葉に、俺は答える。
「分かってる。だからこそ、ユーリが俺たちを守ろうとして――自分を犠牲にして、一人で行こうとしていたことも」
「ならどうして……私のこと心配してるなら大丈夫、私、強いし、それに……」
今なら見える気がした。ユーリの抱えたものの重さ、悲しさ。
生まれた時から理不尽と絶望に満ちた秘密を抱いて、それでも人々の希望として笑って、戦って。何も知らなかった俺の隣で、幸せな妹をしてくれた。
強いんじゃない。強くあるしかなかったんだ、最初から。
そして最期の瞬間まで、強く気高い戦乙女であることを求められている。
それにたった一人で、応えようとしている。
「ユーリについて書いた、父さんの記録も読んだ。だから、全部知ってる」
そう言うとユーリははっとして、それから一転、俺を憎むように睨みつけて叫んだ。
「ならなおさら私のことなんか……私、人間じゃないんだよ?」
「うん」
「それに……どっちみちもうすぐ、死んじゃうん、だよ?」
「うん」
絞り出すようなユーリの声に、また俺は頷く。
「じゃあ私なんてもうどうでもいいでしょう? 私は一人で大丈夫、大丈夫だから……」
「ユーリ、ごめん」
また、謝った。
ああ、本当に情けない兄だなあ。そう思う。
こういう時に、安心させてあげられるような、そんな力に満ちた表情と、言葉と、声が用意できたなら、俺はどれだけ自分自身を好きになれただろう。
でも、俺にはそんなものはなくて。
俺が口に出せるのは、こんな頼りない言葉だけで。
「ユーリは一人でも大丈夫なのかもしれない。でも、俺が一人じゃ無理みたいなんだ」
そう、笑って言うことしかできなくて。
目の前のユーリの表情が崩れて、涙がこぼれた。それから少しだけ笑って。
「ほんと、お兄ちゃんって馬鹿……」
それから三週間ほどの時間が過ぎた。俺はジャガンナートの促成訓練プログラムをこなしながら、同時にユーリと作戦を想定したシミュレーションを何度も繰り返した。もちろん万全なんて言えないし、そもそも、非常に不利なことが前提のこの作戦に辿り着ける万全なんて存在しない。
それでも、出来ることは全てやった。悔いはない。
その間、鉱性生物の侵攻も作戦の準備も着々と進んでいた。各部隊が月面の基地群に集結し、作戦内容と配置も段階的に周知されていく。そしていよいよ虎の子のジャガンナートも技研から拠点基地へと搬出されることになった。
そしてその基地で俺たちを待っていたのは。
「全く、兄妹揃って何も言わずに居なくなるなんて、不義理極まりないですね……」
昔と同じ、不機嫌な表情に嘆息を加えて見せる少女の姿。俺とユーリは同時に声を上げた。
「ハル!? お前、何でここに」「ハル先輩!? どうしてここに」
「流石仲良し兄妹は息が揃っていますね。その疑問には上官が答えますよ」
そうハルが言った後ろから出てきたのは。
「久しぶりだな、ユーリ中尉、シン少尉」
「ニシヤ大佐……ということはまさか」
「ああ。ジャガンナートの母艦と二人の直掩機兵部隊として、機兵母艦ノーチラスと第16機兵連隊も強襲分艦隊に配属となった。兄妹水入らずの所申し訳ないが、我々も混ぜてもらおうか」
そう言ってニシヤは笑った。
「しかし強襲部隊は……!」
そう言って俺はハルの方を見る。ハルが小さく息を吐いて、分かっていると頷く。
「君たちと同じだ。無論付いて来る者は全員志願だよ、少尉」
それを継ぐように、静かにハルが俺たちの前に歩み出た。
「私が行く理由は多分、先輩とユーリちゃんが再会した時に交わした会話と概ね同様です。ですから改めて喋るのは時間の無駄なので、言いません」
「そういうことで、足手まといだって言われても付いていくからな?」
「足手まとい? この程度のひよっこにそんな大口は叩かせんさ」
そう言って更に姿を現したのはミヤビとチハヤだった。
やれやれ、やっと俺にもユーリの気持ちがちゃんと分かった気がする。
上官もいるけれど関係ない。皆、仲間だ。仲間に言う分には許してくれるだろう。
ユーリが俺に言った言葉と、同じ言葉を呟く。少しだけ笑いながら。
「全く……ほんと、馬鹿ばっかりだよ」
もう、皆で笑えるのもこれで最後かもしれない。
全人類の命運を懸けた一大反攻作戦は、もう目前に迫っていた。
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