第11話 C.C0058-6.5 あと何回、私は「私」で一日を送れるのだろう
〇本話に登場するお題
・偏頭痛(描写)
気が付くと、真っ暗だった。
何もない。深さも、広さも計り知れないほどの、均一で圧倒的な漆黒。
ああ、またあの夢を見ているんだな。そうユーリは思う。
自分がどこにいるのか、上を向いているのか、下を向いているのか。いや、上下や左右という概念があるのかさえ、ユーリにははっきりとしない。
でも、不思議と不安な気持ちはない。幼い頃から、何十、何百と、繰り返し見てきた夢だからだと思う。
「今回は、ちょっとやり過ぎたね。ユーリ」
そう「私」が言った。目前の黒がぬらりと蠢き、僅かな陰影を浮かべる。それが次第にはっきりとして、輪郭を伴う。色を持つ。浮き出るように「私」が姿を現す。
「君にとっては、そっちの方が都合がいいんでしょ?」
ユーリは、もう一人の自分に向かって皮肉を込めたような口調で言う。彼女は静かに答える。
「どうだろうね。私は、『君』であって君じゃない。君の幸福は『私』の幸福であると同時に、私の不幸でもある」
「よく分かんないな、君の言うことはいつも」
そうユーリは小さく自嘲した。彼女は小さく首を振って見せる。
「分からなくても、別に構わないんだ。来るべき時は、ちゃんとやってくる。それはきちんと決まっていることだから」
ユーリは頷く。
「最後は、君の勝ちで終わるんだもんね。うん、やっぱり、ちゃんと私、分かってるんだと思う……ほんとは」
そう、分かりたくないだけ。認めたくないだけ。
それはわがままなんだろうか。
与えられた運命を受け入れたくない。勝手に与えておいて、それを「わがまま」だと言うのなら。神様というのはきっと、私たちこの世界の生き物の中で一番のわがままなんだろう。
「私は、最期は君のものになる。分かってる」
「それでも」
彼女は少し悲しそうに、けれど、力強く言う。
「それでも、そこに至るまでの生は、ぜんぶ君のものなんだよ。ユーリ。君がどう生きるのかは、ぜんぶ、君のものなんだから」
「うん」
ユーリは頷いて、それからこう尋ねる。
「あと……あと何回、私は『私』で一日を送れるのかな?」
彼女は首を振る。
「それは、これからの君の戦い方次第だし、私にもはっきりとは分からない。でも、今回みたいなことを繰り返していたら、君が君でいられる時間は急速に短くなっていく。それは、確かなことだよ」
不意に、彼女の背後が少しずつ白み始める。
「そろそろ時間だね。今回は、かなり長いと思う」
「うん」
彼女の姿が白い光に包まれて、次第に薄く、色を失っていく。彼女は言う。
「一つだけ覚えておいて。私は君の味方であって、あいつらとは違う。君の体が私の為にあるように、私の力は君の為にある。もう一度言うけれど、そこに至るまでの生は、君の中の『私』を含めて、ぜんぶ君のものだ。それを忘れないで」
世界が白に染まっていく。最後に声が響いた。
「ユーリ、私は『私』の幸せを願ってるよ。良き生を」
最初に目に映ったのは、最後に見たのと同じ、純白だった。
「……天井、か」
ぼんやりと光るそれを見て呟く。戻ってきた体の感覚から、自分がベッドに寝かされているのだとユーリは気付く。治療室か。
ゆっくりと、動きを確かめるように体を起こす。ぼんやりとした目で辺りを見回す。
ベッドサイドの椅子に座ったまま、シンが――お兄ちゃんが、眠っていた。
ずっと、そばにいてくれたんだろうか。
――今は、何日の、何時だろう。そう考えると、瞬時にアシスタンスAIが現在日時を表示した。6月5日の午前3時。
丸二日以上眠っていたことになる。
「二日って、これはさすがにひどいな……痛っ」
頭がずきりと痛んだ。一度知覚してしまうとそこから、くらくらするほどの痛みが、波を伴って襲ってくる。あの夢から覚めた時に、決まって起こる偏頭痛。これには薬も効かないから、諦めて治まるのを待つほかない。
痛みには慣れている。我慢するコツは、自分を遠くから見ること。痛いと感じる自分を見ている「自分」を造ること。
頭の中を寄せては返す波が、次第に意識を失う前の記憶を鮮明なものに変えていく。
単独ワープは、流石にやりすぎたな。
でも、仕方がない。そうするしかなかった。そうしなければ、基地も、皆も、そしてお兄ちゃんもやられてしまっていただろう。
だけどこれで、もう私もただの遊撃士ではいられない。
ぐっすりと眠る兄の姿を見て、ユーリは寂しさを思うと同時に、安堵する。兄と言葉を交わす必要がなくて、良かった。
……良かったんだ。
だって、喋らなきゃいけなくなったら、きっと上手く伝えられない。そして、もっとお兄ちゃんを傷つけてしまうだろう。だから、これで良かった。
もう、私はこの基地には居られなくなるはずだ。シンを起こさないように、ユーリはそっとベッドから抜け出す。
もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない。それでも。
……それでも私は、私の「良き生」を生き、そして終えなければならない。
名残惜しむように、ユーリはシンの顔を覗き込んだ。触れはしない。目を覚ましてしまうかもしれないから。
最後に、ユーリは自分の耳にも届かないほどの小さな声で呟いた。
「お兄ちゃん、ごめんね、さよなら…………大好きだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます