第6話 C.C0058-4.2 チルドレンズ・ウォー 子供たちの戦争Ⅰ

〇本話で登場するお題

・レコードプレイヤー(登場人物・愛称)



 翌日――訓練初日。午前中はカリキュラムの説明と座学、午後には早くも実機を用いた訓練が始まる。座学では連隊付の訓練生三十名がまとまって講義を受けるが、午後には三人一組に分かれ、それに現役の機兵操縦士の教官を加え四機小隊「フライト」を組んで訓練を行うことになる。

 俺の小隊は自分とハル、そして……

「よおっ! 何だ、ここでもお前らと一緒か、まあよろしくな!」

 そんな風に俺とハルに陽気な挨拶をくれる。

 ――男A。俺たちは顔を見合わせる。

「……どした? そんな変な顔して」

 男の言葉に、俺とハルは同時に口を開く。

「……誰だっけ?」「……誰ですか?」

「酷えな、おいっ!? 忘れたのかよ、同じクラスのミヤビ・トヤマ!」

 ミヤビ……ミヤビ……

 俺は記憶を辿る。同じクラスは40人。言ってたったの40人……

 たったの40人。まさか、一切記憶に残らないなんてことがあるはずは……

「あ、ああっ! 思い出した! ミヤビな、ああ、悪い悪いっ!」

 ――思い出せなかった。とりあえず勢いでごまかそうと俺は作り笑いを浮かべる。が、しかし。

「……私は思い出せません。あなた、ほんとに居ましたか?」

 無情かつ無残に、正直者のハルが俺の努力をぶち壊す。

「ハル! ここは思い出したでいいだろうが空気読めよ!」

「記憶にも残らない相手に読んでやる空気など、私は持ち合わせていないので」

 なんたる毒舌。そういうのは俺相手だけにしておけ。

 だが、一度口から出た言葉は戻らない。

「うん、すまん、俺が悪かった、そうだな、もしかしたら、俺、いなかったのかもな……俺、学校、いなかったかも……」

 ははは、全部俺の記憶違いだったのかもしれないな。妄想癖あったのかなあ……そう乾いた笑い声を立てながら呟いているミヤビの様子は不憫極まりないので、流石にフォローを入れないと、と思った所だった。

「貴様ら、最前線に来たというのに余裕だな。遠足気分か?」

 背後から響く鋭い女性の声。俺たちは反射的に敬礼の姿勢を取る。並んだ俺たちを回り込んで、声の主が前に立つ。

「貴様らの訓練担当、チハヤ・キリノ大尉だ」

 その名に聞き覚えがあった。

「レコードプレイヤー……」

 俺は思わず呟く。ほう、とチハヤ大尉が俺を見る。

「光栄だな、月のガキにも名前が知れているとは」

 レコードプレイヤー。チハヤ大尉の異名だ。

 チハヤ大尉はこの第16機兵連隊に配属されるまで、多くの最前線部隊で転戦している。そしてどの配属先でも隊の撃墜記録を塗り替えてしまうというので、初めは「レコードホルダー」、後には「レコードコレクター」と呼ばれていた。しかしその記録更新数があまりにも多いことから「こいつはレコードを持ったり集めたりする「だけじゃ飽き足らないんだ」と言って、いつからか戦の片手間のレコード回し――「レコードプレイヤー」と呼ばれるようになった、らしい。

「休め!」

 チハヤの声に俺たちは敬礼を解き、瞬時に休めの姿勢を取る。

「私は面倒が嫌いだ。だから、貴様らクソガキをいびって楽しもうなんて気はさらさらない。私が貴様らに要求することはただ一つ、私に面倒をかけないこと、それだけだ。いいか?」

「善処します」

 そう、何気なく俺が返事をした瞬間だった。

「……っ!?」

 女性とは思えない、恐ろしい力で胸倉を掴み上げられる。顔が触れそうなほどの距離で、視線だけで射殺せそうな目で俺を睨みつけ、チハヤはこう言った。

「貴様、たった今言ったことが分かっていないようだな? さては……阿呆か?」

「は……?」

「貴様は阿呆なのか、と訊いている……はいもいいえも言えんとは、ここは保育所ではないぞ……!」

 有無を言わせない、冷たく徹底的な目と雰囲気。背筋が凍る。

 ……殴られる。そう思った瞬間。

「りょーかいしましたあああああっ!!」

 金縛りを破るように、恐ろしい大声で隣のミヤビが叫んだ。それを驚きもせずちらりと横目で見て、チハヤは俺の襟から手を離した。

「それでいい」

 それから、俺の胸を突いてこう言った。

「二度と『善処する』などというふざけた返事をするな。少なくとも訓練中は、私の要求に応える以外の結果は認めん。半人前の善処なぞクソの役にも立たん……ついてこい」

 そう言って、チハヤはハンガーの方へと踵を返した。



「機兵の操縦訓練はどこまで修了している?」

 チハヤの問いに俺は迅速、端的に答える。

「実機訓練は中等練習機まで修了。『疾風』のシミュレーターを使った訓練課程の七割程度です」

「ほう、ならもうずいぶんと慣れたものだろう」

 挑発的な声色。俺はそれには触れず、無言を守る。

「貴様らには時間がない」

 三か月だ。そうチハヤは言う。

「この期間がどういう意味を持つか、分かるか?」

「掴まり立ちが終わった子供に射撃を仕込む、というところですか」

 そうハルが言う。さっき「面倒が嫌い」と言ったばかりなのに……

「貴様、面白いな。ユウギリ少尉」

 ……こういうのは良いらしい。

「そういうことだ、圧倒的に時間が足りん。だが貴様ら赤ん坊にも、三か月で敵に向かって引き金は引けるようになってもらわねばならん」

 その言葉に、俺は僅かに苛立つ。。

 俺は操縦訓練については士官学校主席、ハルもS評価とA評価が半分ずつ。ミヤビは知らないが……その俺たちに「敵に向かって引き金を引けるように」は流石に言い過ぎだろう。

「不満そうだな? アサト少尉」

 そう、チハヤが笑い、思わず俺はこう口にしていた。

「はい」

 チハヤの目が光る。

「面倒だ。なら、どれほどのものか見せてみろ」



 ――それから2時間後。火星軌道上。機兵操縦訓練宙域。

「そろそろウォーミングアップは良いだろう」

「はい」

 拡張戦術データリンク上に表示されたチハヤに向かって俺は頷く。

 俺たちの使う訓練機は三式機兵『飛燕・改』。一世代前の三式機兵『飛燕』の操縦系を四式機兵『疾風』と同型に換装、反応速度の向上と、演算処理能の出力を強化した『疾風』移行用の高等練習機だ。チハヤ曰く「マイルドな疾風」とのことだ。

 たしかに操縦そのものに違和感はない。疾風の移行用というだけあって、若干反応に鈍さはあるもののシミュレーターとほとんど同じ反応をしている。

「貴様ら訓練生は三機で編隊を組め。ハンデだ」

 三対一。

 ハンデはそこまでだと思っていたのに、チハヤが更に驚くべきことを言う。

「貴様らは、一人頭ロックオン10回で撃墜判定だ。私は三人合わせて1回でいい。貴様ら、30回死ぬまでに私を1回殺してみせろ」

 IFF――敵味方識別装置の情報が更新され、チハヤの機体が敵性を示す赤に変わる。

「では……いくぞ!」

 その声と同時に、チハヤの駆る飛燕・改がスラスターを吹かし一気に戦闘速度に加速、弧を描いて俺たち三機から遠ざかる。

「えっ、ちょ、いくって、俺ら、どうすりゃいいわけっ!?」

 ミヤビのひっくり返ったような声。チハヤが答える。

「貴様ら何をちんたらしている!? 鉱性生物のレーザー砲は発射必中、戦場で止まっているなど殺してくれと言っているのと同じだっ!!」

 訓練用に浮かべられたデブリ雲を背中に偏向スラスターを巧みに操り、チハヤ機は戦闘速度を維持したまま横滑りしながらレールカノンを構える。

 照準、速射。

「うぇっ!? 1、2、3発!?」

 実際には弾は出ない。センサーがロックオンを感知し、撃墜判定を出す。ミヤビのロックオン判定はこの一合で3。もう3回死んだ。

「くそっ!」

 まずい。俺はやっと機体のスロットルを上げる。

「遅いっ!」

 自分自身も高速で飛行しながら、正確に動いている俺を狙い撃つ。

 レッドアラート。ロックオン1回……もう、一回殺されてしまった。

 舌打ち。

「距離を詰める! ハル、援護しろ!」

「先輩の分際で、命令しないでください」

 俺は速度を上げて、円弧を描きながらチハヤ機に迫る。チハヤが即座に照準を修正、射撃姿勢を取る。

「……このっ!」

 重金属チャフ・グレネードを発射、炸裂し宙域を覆う重金属雲が射線を遮る。訓練では互いのレールカノンは鉱性生物と同じ光学兵器扱い、重金属チャフ越しの射撃は無効だ。

 が、しかし。

 警報、無情にも更にレッドアラート1回。

「馬鹿が、自分で蒔いたチャフで相手を見失っていてどうする?」

 どこだ。探している間にさらに1回。

 チハヤ機は頭上。チャフを使うのを読んで、炸裂する瞬間にはもう機動を変えていたのか。

 命中判定2回。合計3回。

「やられっぱなしってのは、まずいっしょおおおおおっ!!」

「ミヤビっ!?」

 不意打ち。

 一直線、猪突猛進にミヤビ機がチハヤ機に向かって突っ込む。

「接近戦か? 度胸だけは買ってやるがな!」

「……うぉっ!?」

 ミヤビの進路上でチハヤが放った重金属チャフが炸裂する。

 それを突っ切ったミヤビの視界には、もうチハヤは居ない。

「え……どこに?」

 レッドアラート、警報3回。

「後ろだ。味方の打った下手を見て学ばんか、阿呆……!」

「貰った……!」

 不意に、ハルの声。

「……っ!?」

 チハヤが瞬時に俺たちから距離を取る。刹那。

 ハルがロングレンジで放った模擬遅滞反応弾が一拍遅れで起爆する。ロックオン判定は取られないが、爆発範囲に入っていると一定時間機体の運動にリミッターが掛かる。演算処理能のリソースを奪われた鉱性生物の状況を模したペナルティだ。

 あと少しで命中だった。ハルが舌打ちする。

「ハル・ユウギリだったか。貴様、目がいいな。だが……遠くから撃っているだけでは勝てんぞ。これは機兵同士の模擬戦だからいいが、鉱性生物相手に遠距離戦を選ぶのは圧倒的に不利なんだぞ」

「……なら」

 ハルが加速し距離を詰める。

「先輩、挟撃します」

「きょうげき?」

「……挟み撃ち!」

 ハルが右から、俺が左から迫る。チハヤはデブリ帯に入り込む。

「さて、付いてこられるかな?」

 チキンレースだ。流星雨のように迫りくる金属片の群れを縫い、コンピュータが弾き出したぎりぎりのコースで機体を操る。チハヤの機体は一切速度が落ちない。それどころか。

「何だ主席、ぶつからずに飛ぶだけで精一杯か?」

「なっ!?」

 途中で身を翻して背面飛行、レールカノンを放ってくる。更にロックオン判定が1。後ろから追いかけているこちらに攻撃する余裕がないというのに。

「……ほんとに化け物かよ」

 しかし、その中でもハルは攻撃姿勢を維持したままじりじりと距離を詰めていく。

 恐ろしい集中力だ。多分、あいつ本気でキレてるな。

「ハル・ユウギリ。お前はなかなか悪くない、だが……」

「……っ!?」

 チハヤが更に飛行機動を複雑化する。さしものハルも付いていけず、デブリの海の中でチハヤを見失ってしまう。そして。

「まあ、まだ『悪くない』止まりだ」

 ハルの機体に鳴り響くレッドアラート。

 その日、結局チハヤからロックオン判定は一つも取れなかった。

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