第7話 C.C0058-6.2 チルドレンズ・ウォー 子供たちの戦争Ⅱ

〇本話に登場するお題

・なし



 訓練開始からおおよそ二か月が過ぎた。現在は実機による小隊機動訓練と、シミュレーターを使った鉱性生物との戦闘訓練を半々で行っている。

 チハヤは自身の技術もさることながら、指揮能力も視野の広さも卓越している。何より、俺たちの個性を見抜いて的確な助言をしてくれる。

「ミヤビ、貴様の長所は思い切りと反応の良さだ。後ろは私が支えてやる、臆せず前へ出ろ。貴様のようなタイプは、あまり考えても仕方がない。馬鹿なりに働け」

「ハル、貴様は視野の広さと長距離射撃の精度が抜きん出ている。距離を取って小隊全体を把握し、穴を埋めろ。だが判断速度がまだまだ遅い、戦場では即断即決、指示を待つな自分で判断し動け。事の優先順位くらいは一人でも把握できるだろう? 優等生」

「シン、貴様はそつなく何でもこなせるが、戦い方が素直過ぎる。敵の攻撃は必中だ、自分がどう攻撃するかより、相手にどう攻撃させないかを考えろ。デブリ、重金属チャフ、そして敵自身、武器だけでなく周囲の環境を使い倒して戦え。ただ出来るだけの奴は、シミュレーターのスコアは良くても本物の戦場じゃ簡単に死ぬぞ」

 確実に強くなっている。そういう手ごたえがある。

 しかし同時に、それを上回る速度で状況は悪くなっているように思う。

「本日午後の演習は、現在実施を見合わせています。訓練参加者は第3警戒配置で待機。繰り返します。本日午後の演習は……」

 第3警戒配置。すなわち、基地内のどこにいてもいいが、外には出るな、ということだ。俺、ハル、ミヤビの三人は基地内にいくつかある休憩室の一室にいた。

「これは中止かねー」

 ミヤビの、中止ならいいな、という香り漂う問い掛けに、さあ、と俺は適当な返事をする。

 最近少しずつ、だが確実に鉱性生物の攻撃頻度が高くなってきている。規模も次第に大きくなっているようだ。今日もユーリを見送った。この前の攻撃は四日前だ。

 ARビジョンに迎撃状況が映し出される。月面に中継されているプロパガンダ用の映像ではなく、戦術データリンク情報も含めたものだ。敵部隊は母艦級1、重巡航艦級3を主軸とした大規模な機動部隊だ。迎撃部隊も第16機兵連隊のみでなく、第4機兵連隊、第7機兵連隊の3個機兵連隊、後方支援部隊として第4艦隊、そしてユーリを含めた3人の遊撃士と相応の連合部隊が組まれている。

 戦況は終始、統合宇宙軍の優勢に推移している。しかし。

「また……機兵部隊には犠牲が出ますね」

 そうハルが静かに呟く。ビジョンの中の戦いは、苛烈だ。実際に機兵の中からあれを目の当たりして、俺は戦えるのだろうか。最近、そんなことを考えるようになった。

 仕方のないことだが、戦えば戦うほど犠牲は増える。第16機兵連隊の操縦士は精鋭揃いだが、それでも大規模な戦闘が続けば少しずつ、すり減るように機体も操縦士も損耗していく。規定の促成訓練課程もあと一ヵ月。

 俺たちが、死んでいった者たちの穴を埋める番も近いのかもしれない。

 その時だった。

 休憩室内に突如として警報音が鳴り響いた。非常事態を知らせる赤色灯が明滅する。

「おい、何だよっ!?」

「ミヤビ黙れ!」

 続いてオペレーターの声。俺は耳を澄ませる。

「て、敵襲! 繰り返す、敵襲! 基地内全区画、第一戦闘配備を発令! 非戦闘員及び訓練生はシェルターに速やかに退避。これは訓練ではない! 繰り返す、敵襲、全区画、第一戦闘配備を発令! ……」

 明らかな、動揺の滲んだ声。繰り返される第一戦闘配備と訓練ではないという言葉。

「敵襲って……敵って何よ? だって、鉱性生物どもはここまではワープして来らんないんだろ?」

 ミヤビの疑問に俺は小さく頷く。

 鉱性生物も人間も使っている、虚数空間テクノロジーを用いたワープ航法は万能のものではない。空間を捻じ曲げるために必要な演算出力は膨大なものであり、ワープ先となる空間の近くにその演算処理を行う巨大演算処理能搭載衛星「ワープゲート」を必要とする。現在、アステロイド・ベルトの内側に鉱性生物が設置したワープゲートは全て人間側の支配下にあり、それ故火星付近のこの基地まで直接的がワープすることはできない……はずだ。

「何か、想定外の事態が起こってるのか……?」

「どうしますか、先輩?」

 そう、ハルが俺に訊いた。いつも通り落ち着いた表情だ。

 どうするか。つまり――指示通りにシェルターに避難するか、それとも……。

「……ハンガーに行ってみよう、戦闘配備ならチハヤ大尉がいるはずだ」

 ハルが頷く。避難は状況を確認してからでも遅くはない。本当に敵が来ているのなら、手伝えることだってあるはずだ。

「おいおい、それって命令違反だろ?」

 そう不安そうな声を上げるミヤビにハルはさらりと毒を吐く。

「別に、ミヤビ先輩にまで付いてこいとは言っていません。どうぞ貴方はシェルターで一人震えていてください」

 俺は嘆息する。

「ほんっと口悪いな……俺たち二人で大丈夫だ、ミヤビは先に避難してくれ」

「はあ!? お前ら正気かよ!?」

 俺は笑う。

「お前まで正気を疑われる必要はないさ、小隊全員命令違反ってのもまずいしな」

 そう、ミヤビを置いて俺とハルは駆け出した。



 機兵が格納されたハンガーへ行くと、予備の四式「疾風」に武装を施すべく、整備兵たちが忙しく走り回っている。その機兵の足元に、整備兵と話をしているチハヤの姿が見えた。

「チハヤ大尉、一体何が起こっているんですか!?」

 俺たちはそこに駆け寄る。チハヤが俺に睨みを効かせた。

「貴様ら……シェルター避難と指示があったはずだが」

「お叱りも、処分も受け入れますが、状況だけでも教えて頂けませんか」

「貴様ら訓練生への指示は『避難』だ、軍人なら命令を守れ」

 刺すような視線だ。しかし、俺はそれに負けずチハヤに食い下がる。

「……何も分からないまま、戦うこともせず死にたくはありません」

 一頻りして、チハヤはわざとらしく舌打ちをした。

「……どうやって来たのかは知らんが、小規模な鉱性生物群が付近にワープアウト、この基地へ向かってきている。確認された戦力は揚陸艇級4、これを迎撃すべく現在基地に残っている操縦士の機体を緊急換装中。以上だ、貴様らは避難しろ」

「……戦力が、足りていません」

 話は終わりだ、という顔するチハヤに向けて、ハルが静かに口を開く。

「揚陸艇級一隻に格納された小型級は15~20機、四隻分では二個大隊強の戦力になります。それに対してこの基地に残った操縦士では、一個中隊を組むのがやっとです。とても勝負になりません」

「基地防空の援護もある。そう簡単に……」

 ハルがチハヤの言葉を遮り話す。

「恐らく大尉は――というよりも、この基地の司令や参謀共ですかまあとにかく大尉たちを犠牲にして万に一つの時間稼ぎを、とでもお考えなのでしょうが、それも無理です。第16機兵連隊の戦況もモニターしていましたが、殲滅までに希望的に観測しても残り30分。ワープを使って戻ってくることを考えると、基地に救援できるのは早くても1時間後です。とても持ちません。万に一つもありません、ゼロです。犬でも分かります」

 そう恐れも悪気もない様子で話すハルを、チハヤはじとりと見た。

「好き勝手にずけずけと言ってくれるな、ハル・ユウギリ」

「お言葉ですが、好き勝手でもずけずけでも、判断として正しいかどうかには関係ありません。言葉の印象は些末な問題だと思いますが」

 些末な問題なら、わざわざそんな挑発的な言い方をするなよ、と俺は思ったが、あえてそうしているのだろう。だが、予想に反してチハヤは怒りはしなかった。大きく溜め息を吐いてから言う。

「……そうだな。残念なことに、おおむね貴様の状況判断は正しい。まあ、勝ち目も、我々が全滅するまでに連隊が戻ってくる可能性も、特に状況に変化がなければ限りなくゼロと言っていいだろう。だが、だからと言って戦わないというわけにはいかん……降伏を許してくれる相手でもないしな」

 それが仕事だ。そう、平然とチハヤは言った。

「……訓練用の飛燕・改に、実弾を積めませんか?」

 俺がぼそりと呟いた言葉に、チハヤが表情を変えた。

「……正気か?」

「アレでも、十分勝負になりますよね。俺たち訓練生も頭数に数えれば、一個大隊は組めます。万に一つは、勝ち目が出る」

「ない」

 チハヤはそう断言する。

「……ここまでの訓練で腕が上がったのは認める。だが、実戦はそんな生易しいものではない。貴様らが思っているより敵は高性能で、強力だ。そもそも我々の戦いは遊撃士の援護が主任務であって、味方に遊撃士がいることを前提としている。そして敵と同等以上の戦力を投入してなお、犠牲は少なくない……分かるか? 遊撃士もなく、敵の戦力は倍以上。操縦士としての腕は関係ない、元より貴様らを加えたところで焼け石に水なのに変わりはない」

 チハヤの言葉に俺は頷く。分かっている。

「さっきも言いましたけど、戦うこともせず死にたくはありません。せめて、戦わせてくれませんか。そうじゃないと……何の為にチハヤ大尉に訓練してもらったのか、分かりません」

「戦う、ということは、悲惨に死ぬ、ということだぞ」

 チハヤが確かめるように言う。俺とハルは顔を見合わせて、それから答える。

「潔く、綺麗に死んでやろうとは思いません」

「チハヤ大尉! その話、俺たちも乗せてください!」

 声と足音が響き、俺たちは振り返る。

 ハンガー内にぞろぞろと入ってきたのは、シェルターにいるはずの訓練生たちだった。そして先頭はミヤビだ。俺は驚いて尋ねる。

「ミヤビ……これ、お前が?」

 ミヤビは笑って言った。

「誰とでもすぐ仲良くなれるのが取り柄なんだ……お前らには忘れられてたけど」

「それは悪かったって……」

 そう、俺は苦笑する。

「どうせ放っておいても基地ごと鉱性生物に蒸発させられるだけです。それならこの戦力、悪あがきに活用しない手はないと思いますが」

 そう、ハルがダメ押しとばかりに言う。

「……一応、可能性はあると思って訓練生の機体も換装準備はしている」

 そう言ってきた壮年の整備兵に、チハヤは嘆息する。

「整備隊長までそんなことを仰いますか……彼らはまだ子供なんですよ」

「戦ってもらうことしかできない俺たち整備兵は、せめて万全の状態で機体を送り出すことしかできん。いざ『訓練生も戦う』となった時に急ごしらえの機体では整備兵の名が廃るんでな。実際、どうするかは俺の範疇にはない。ただ、準備だけはしてあるって話だ」

 チハヤは嘆息して、それから俺たちを見回し、言った。

「……基地司令に進言しよう。どうせ訓練兵を実戦に放り込む大義名分でも探していたところだろう。貴様らが志願した、と言ったら喜んで許可を下さるだろうさ……ガキ共。全員、覚悟は出来ているんだろうな?」

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