第8話 C.C0058-6.2 チルドレンズ・ウォー 子供たちの戦争Ⅲ
〇本話に登場するお題
・萌え♡萌え♡きゅんきゅん☆ラブちゅーにゅう♪(セリフ)
「ブリーフィングを始める」
俺たちは初めて、基地の作戦会議室の椅子に座った。前には実戦指揮を取るチハヤ、基地の参謀将校数名が座り、こちら側には前から各訓練小隊の小隊長、そして俺たち訓練生が座る。
参謀将校の一人が立ち上がり、話し始める。
「状況を概説する」
同時にARビジョンが展開する。
「敵鉱性生物群は揚陸艇級4隻、及び艦載小型級推定70~80機。本基地より距離10万単位にワープアウトし、ここを目指して一直線に進軍している。接敵予想時刻は20分後の標準単位時間15:34。「疾風」及び「飛燕・改」の全機換装が終了するまであと25分が必要だ。その為、まず半数の二個中隊を先発。準備完了後後続の二個中隊が合流し、迎撃を行う。本作戦は基地防空火力と訓練用デブリ等の遮蔽物を最大限に活かすため、基地直近宙域での水際作戦となる。なお、本作戦を実施するに辺り、訓練小隊10個小隊を第1から第3までを第一中隊、第4・第5を第二中隊、第6から第8までを第三中隊、第9・第10を第四中隊とする仮設第164機兵大隊として編成する。なお本大隊にはコールサイン『セイヴァー』を割り当てる。以上。では大尉、作戦の具体的内容について」
参謀将校と入れ替わり、チハヤが前へ立つ。
「大隊長として本作戦の指揮を採る、チハヤ・キリノ大尉だ。まず、本作戦の作戦目標を説明する」
ARビジョンがズームアウトし、第16機兵連隊の戦闘宙域までを含めた広域宙図に変わる。
「基地主力の第16機兵連隊及び機兵母艦ノーチラスが現在交戦中の鉱性生物を退け、ワープでこの基地に帰還するまでにおおよそ50分の時間がかかる。交戦開始から約30分、基地施設を鉱性生物の攻撃から可能な限り防衛、基地の制圧、及び基地機能の完全喪失を防ぐことが本作戦の目標となる。具体的な作戦行動を概説する」
ビジョンが切り替わる。この基地周辺の三次元詳細宙図だ。
「先発の二個中隊は第一中隊、第二中隊とする。先発隊は基地を発進、訓練用デブリ帯に埋伏、敵を待ち受ける。敵が基地防空網で捕捉可能な距離に入った所で左側面よりこれを強襲、各個撃破を図る」
「それだと、基地方向へ進む敵を迎撃する部隊がなくなってしまうが」
正規兵の一人がそう言う。チハヤは頷き、参謀連中の方をちらりと見てから答える。
「基地施設の完全防御は最初から諦める。本作戦が基地の防空火力抜きには成立しない以上、射線上に機兵部隊は展開できない。敵の侵攻に合わせ先発隊は基地側に機動防御、後発の第三中隊は基地火力の援護を受けつつ、反対側の右側より攻撃、第四中隊は基地に接近した敵を水際で迎撃、最終的には四中隊で敵を包囲する形に持ち込む」
……最後には勝利する。そういう筋書きで話さなければならないのだろう。
だが、第四中隊が戦闘を開始した時点で既に敵に取りつかれたようなものだ。そこから、一体どれだけ持つのか。30分が、果てしなく長く感じられる。
「要は、一部隊ずつ敵を足止めする杭になって、止まっている間に基地の砲火を叩き込み、つぶれたら別の杭を打ち……四本潰れた時点で機兵連隊が帰還できなければ、諦める。そういう作戦ですね」
ハルが周囲に聞こえないように(と言っても隣なんかには聞こえているだろうが)ぼそりと呟く。まあ、そんなとこだろう。
「せめて、長持ちする杭にならないとな」
そう言って前を見る。それくらいで揺らぎはしない。もう、覚悟はできているつもりだ。
「何か質問は?」
チハヤが席を見回す。聞くことはない、やるだけだ。全員が無言であることを確認し、参謀将校に頷く。
「ブリーフィングは以上、総員準備にかかれ!」
パイロットスーツを着込んで、ハンガー上部の搭乗者通路に出る。自分の乗ってきた、飛燕・改を見る。この二か月、ずっと訓練漬けだった。それでもまだ「乗りこなせる」とは、到底言えない。言えないが、でも、この手足に馴染んだ……相棒と呼んでいい機体だ。
今、初めて実弾が積みこまれている。
これから、俺たちは本物の戦場へ向かう。
「第一、第二中隊機全機換装完了!」
「搭乗かかれ! 時間がない、急げよ!」
機体に乗り込み、発進シークエンスへ移行する。コクピットの外で、整備士が最終点検をし、上から覗き込むようにして俺に声を掛けた。顔は知っているけれど、名前は知らない、女性の整備士だった。
「ちゃんとこの子、連れて帰ってきてくださいね。少尉」
訓練生ではなく、少尉。初めてそう呼ばれた。
「御武運を」
俺はただ小さく頷いて応える。
コクピットが閉じる。機体はリニアカタパルトへ。
「セイヴァー2、進路クリア。カタパルトスタンバイ、ユーハブコントロール」
「アイハブ、リフトオフ!」
機体が一気に加速し、そのまま宙へ。スラスターで更に速力を上げる。俺と同時に続々と機体が打ち上がる。
「セイヴァー・リーダーより第一、第二中隊各機。ポイント1に移動する。タイミングはギリギリだ。全機遅れるな!」
作戦宙域に到着し、部隊展開が完了したのは接敵3分前だった。センサーでは捕捉しているが、光学カメラではまだ捉えられない。
不意に、データリンクに秘匿回線のコールが入る。サウンドオンリー。
「……大丈夫ですか、先輩」
声の主はハルだった。俺は息を吐いて答える。
「私的通信は軍規違反だっての……まあ、思ったよりは、落ち着いてると思う」
思ったよりは、だ。もっとガタガタ震えたりするのかと思っていたが、違った。
ただ静かに、ひたすらに、恐ろしいだけだ。
「大丈夫ですよ」
そう、いつも通りの淡々とした声でハルが言った。
「先輩は、悪運強いですから。多分、死ぬ時は私の方が先に死にます」
「縁起でもないこと言うなよ」
「でも、私はここでは死にません。だから、先輩も死にません」
励まして、くれているのだろうか。
それなのにハルの声は、俺よりも震えているような、そんな気がした。
ふっと、言葉が口を突いた。
「お前が本当に死んじまう、って時には、俺がうっかり足を滑らせて盾になってやる」
「……似合わないことを言わないでください先輩、キモいですよ」
いつも通りの反応過ぎて、俺は笑って嘆息する。
「似合わないかもしれないけど……俺は割と真面目に、ハルの為だったら盾になってもいいと思うくらいには、お前のこと気に入ってるんだけどな」
「……は?」
俺はその声を無視して続ける。
「またキモいって言われるだろうけど、まあ、ほんとにここで死んじまう可能性が大だし、思ってることは言っておいた方が後腐れないしな。お前は自分で選んでここに来たって言ったけど、俺、ハルが一緒に来てくれて、本当は嬉しかったよ。今、正直に言うと俺すげえビビってるけど、でも、お前が一緒に居てくれて、いつも通り毒づいてくれるからさ、多分、なんとか敵に向かって引き金は引けると思う。だから、あんま言ったことなかったけど、ありがとうな、ハル」
本当に似合わないな。自分でも笑えてくる。
でも自然と、すらすらと言葉が出た。本心だったから。
さて、どんな罵声が返ってくるやら……そう思っていたら、ハルは無言だった。
そして、沈黙を破り唐突に。
「……も」
「も?」
「も……萌え♡萌え♡きゅんきゅん☆ラブちゅーにゅう♪!」
……
……
「……え?」
唖然としてそんな声が出た。突然叫ばれた言葉に、耳を疑った。
何かの聞き間違い? いや、でも、と口を開く間もなく。
「意味はありません何も考えなくていいです先輩があまりにも似合わないことを言うので更に私が似合わないことを言って中和しただけです以上」
そう恐ろしい早口で言ってハルは一方的に通信を切った。
機内に静寂が還ってくる。
……初陣前だってのに、俺たちは一体何やってんだか。
心から笑えた。それで、生きなきゃ、と思った。生きて、ハルの顔を拝んてやらなきゃならないと、そう思った。
よし、生き残るぞ。俺は生き残る。絶対に。
「敵、光学観測圏内に入ります!」
オペレーターの報告。俺は機体の光学望遠を最大にする。
初めて、直接見る鉱性生物。
揚陸艇級。駆逐艦級より遥かに小さい。現在確認されているキャリアー型の鉱性生物の中では最小のクラスだ。鉱性生物はその体自体が演算処理能として機能している。だから巨大であればあるほど、それが強力な敵であることを示している。
だが、もっとも小さな揚陸艇級の虚数空間転移フィールドですらも、基地砲の直撃数発程度では貫けない。せいぜい足止めがやっとだろう。本質的に、遊撃士以外は敵にとっては無力、蚊トンボに過ぎない。
それでも、やるしかない。ユーリはここにはいない。俺たちでやるしかない。
敵がみるみる迫る。そして。
「敵揚陸艇級、艦載小型級を発進!」
「基地防空システム、迎撃開始!」
小型級を吐き出したところで、基地の連携防空システムが一斉に火を噴く。恐ろしい速度と密度で、質量と熱の雨を敵に叩きつける。
俺は操縦桿を握り直す。チハヤの声が響いた。
「セイヴァー・リーダーよりオール・セイヴァー。これより作戦行動を開始する!」
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