第9話 C.C0058-6.2 チルドレンズ・ウォー 子供たちの戦争Ⅳ

〇本話に登場するお題

・友達はいのしし(登場人物・描写)



「各機攻撃開始!」

 スロットルレバーを押し上げる。加速する機体、デブリ帯を抜け敵の影が大きく迫る。基地砲火とフィールドの絶え間ない衝突が漆黒に虹光となって弾ける。

「コンタクト! 遅滞反応弾撃てっ!!」

 砲火を受けて動きの鈍った敵小型級群に遅滞反応弾を投射、側面から更に動きを阻害する。だが、あくまで反応弾では処理に負荷をかけるだけ、この機体でフィールドを貫ける兵装はレールカノンだけだ。

 視界の中央に敵の横腹を捉える。照準合わせ。動きは鈍い、大丈夫だ、これなら当たる。

 ロックオンサイトが赤く光る。トリガーを引く。レールカノンが閃光を放ち、雷の尾を引いて、刹那に目標に衝突する。光学サイトが空間の歪みを捉える。効いている。敵がこちらを向こうと動く。

 コンピュータが敵演算処理能への予測負荷値を叩き出す。足りないが、もう少し。やられる前にやれる。姿勢を固定し、更に射撃。1発、2発……3発。

 次の瞬間。

 亜高速に加速された質量弾が虚数空間転移フィールドを引き裂き、小型級の腹を穿つ。そこから火を噴き、爆発。

 やった、撃墜1。そう思った瞬間。

「馬鹿、止まるなっ!!」

 レーザーアラート。しまっ……

 目の前が閃光に包まれる、その一拍の手前。

 視界が砂銀の煙に染まった。何が起こったのか、判断する間もなく。

「全速で下がれっ!」

 チハヤの声に反射的に体が従う。距離が離れ、目の前に広がったのが重金属チャフであることを知る。その途中。

「……っ!?」

 斜め前方で、味方機がレーザー照射を受けて消し炭に変わった。

「セイヴァー11、ロスト!」

 オペレーターの声。目の前で、ほんの一瞬で、仲間が死んだ。消し飛んだ。跡形もなく。その現実を受け入れる暇もなく。

「攻撃にかまけて止まる馬鹿があるか!」

 叱責の声。辛うじて、僅かに冷静さを取り戻す。

 ――敵を撃ち落とすより大事なのは、敵に撃たせないこと。基本中の基本だ。

 目の前の一体に集中するあまり――そして撃墜に、戦果に固執するあまり、敵全体が見えていなかった。

 ……気付けばこの一合で、もう味方機のマーカーが3つも消えている。俺は舌打ちして戦術データリンクと目視を合わせて状況を確認する。敵の反撃態勢はもう回復した、初撃で喰らい付けなかった、奇襲は失敗だ。

「デブリ帯の後衛に合流して立て直します」

「それでいい、お前のお守りばかりもしていられん。自分の身は自分で守れ……私はミヤビを拾ってくる」

 データリンクの情報ではミヤビは前衛の最前線に残っている、が。

「……あいつ、凄い動きだな」

 ミヤビの機体はほぼ全速で機動しながら重金属チャフ・グレネードと遅滞反応弾をまき散らし、前線を掻きまわしている。それが結果的に、味方の後退を助けている。

「無謀で無様な――まるで猪武者の戦い方だが、怖気づかんというのはあいつの長所でもあるな。弾切れになって蒸発する前に連れ戻す」

 そう言ってチハヤは再度前進する。まだ、戦いは始まったばかりだ。そう思うと、途方もない気持ちになる。



 戦闘開始から5分が経過した。

「デブリを盾にしろ! 攻撃を絶やすな! まだ後続が上がってこられん、踏ん張れ!」

 二個中隊20機の内、既に8機が撃墜された。全て、訓練生だ。

 ――5分。たったの5分。ここに来て訓練を初めて2か月。士官学校で操縦を学んだ年月は、人によるが2年から3年。ここまで生きてきた時間は。これから先、生きていくはずだった時間は……

 それが、たったの5分で終わる。あいつらは、この5分の為にここまでやってきたというのか? ただ、ここで死ぬためだけに。

 しかし、それが現実だ。

 レールカノンを撃つ。しかし敵は、その数倍強力なレーザー砲を数倍の規模で撃ち込んでくる。ここで防戦するしかない俺たちにとっては、デブリも重金属チャフも、全ては僅かに死を遅らせるだけの……焼け石に必死になってかける水に過ぎない。

 それが、血も涙もない、戦争という俺たちの前に横たわる現実。

「……くそっ」

 敵はこちらをデブリ帯に釘付けにしながら着実に基地方向へと進軍していく。訓練生たちのほとんどは完全に怖気づいてしまい、火力が足りない。

 撃たなければならない。しかし……

 目の前で爆散した、仲間の姿が脳裏をよぎる。

「敵の進軍速度が速すぎる。残りの中隊が出撃する前に押し込まれてしまうか……訓練生共はこのままデブリ帯から攻撃を続けろ、セイヴァー5、9、13は私に続け、突貫し敵陣を崩す! セイヴァー17はここに残留、訓練生共を統率しろ!」

 チハヤの声に俺は耳を疑った。

 番号は小隊長たち、正規の操縦士の機体……だが、チハヤを含めてたったの4機だぞ?

「……ぐっ!?」

 レーザーアラート。同時に身を隠していた大型のデブリにレーザー砲が穴を穿たんと弾ける。俺は慌てて機体を別のデブリの陰に移す。もうまともに反撃もできていない。

 こんなはずじゃなかった。死ぬのが怖い、動けない、身を晒せない。

 死ぬのが怖くて――死を待つ以外のことができない。

 密度の薄いこちらの攻撃、容赦のない敵のレーザー照射。悲鳴のような、基地の対空砲火。

「……セイヴァー8、ロスト! セイヴァー11、機体大破!」

 それでも、死んでいく味方。どうしようもなく、なすすべなく、震える俺たちの首を刈っていく、銀河の彼方から現れた無情の死神。

 チハヤたちが僅かばかりの時間を稼いでくれるかもしれない。だが、それでどうなる? チハヤたちが命と引き換えに稼いだ時間が、一体何を与えてくれると言うんだ。それで誰かが救われるのか?

 それでもあの人たちは迷わない。自分に与えられた任務を遂行することに、迷いを見せない。

 それに甘えて、ここで身を隠しているだけでいいのか? なら俺たちは何のためにこの宙へ上がって来たんだ。

 こんなはずじゃなかった。そうだろ、こんなんじゃ、だめなんだ。

 震える自分に言い聞かせる。死を恐れ、何もできずにいる自分を奮い起こす。

 ……そうだ。たった5分じゃ、ないんだ。死んでいった奴らは、この5分の為にここまで来たんだ。たった5分に過ぎないのかもしれない。あいつらは逃げずに、誰かを守る為に戦ったんだ。誰かの代わりに戦って死んだんだ。それを、それを意味が無いことだなんて言えるか?

 遠い漆黒の宙の向こうで戦う、ユーリの姿を思う。

 強いとか、弱いとか、そういうことじゃない。

 ユーリはいつも、いつもこうして戦ってくれていた。こんなちっぽけな小型級ではなく、遥かに強大な敵を前に、あの小さな体一つで戦っていた。短い自分の命を燃やして戦ってくれていた。そして、それでも笑ってくれていた。それはユーリが強いからできることじゃない。力があれば、誰にだってできることじゃない。

 だから弱くても、それで自分には何もできないなんて、俺には言えない。

 この基地は――そして、俺自身は、ユーリが帰ってくる場所だ。今日までユーリが守ってくれた場所だ。俺はユーリにだけ戦わせたくないと思ってここに来た、ユーリだけを死なせたくないと思ってここに来た、ユーリのそばで死にたいと思ってここに来た。

 なら、今は逃げる時じゃないし、死ぬ時でもない。

 生きるんだ。戦って、守って、そして生き残らなくちゃだめなんだ。

 そしてこの場所で、もう一度ユーリを迎えなくちゃならないんだ。

 自分を信じろ、勇気を奮い起こせ。

「……セイヴァー2よりセイヴァー・リーダー。突貫に志願します」

 それに続いて。

「セイヴァー3、同じく志願します」

「セイヴァー4、同じく志願で!」

 ハルとミヤビの声だ。馬鹿なことを言うな、そう叫ぶ前に。

「覚悟があるなら来い!」



「デブリ帯を200単位先まで迂回する、各機遅れるなよ!」

『了解!』

 チハヤを先頭に、小隊長機と俺たち第一小隊機はデブリの隙間を縫って基地側へと進む。進軍する敵部隊の正面に回り込む。

 ……もう、ハルたちと言葉を交わす余裕はない。

 迷うな、集中しろ。迷えば俺が足手まといになって味方を殺す。

 何度も訓練飛行したデブリの海。操縦アシスタンスの弾き出す最適ルートを戦闘速度でなぞる。

「ポイント115でデブリ帯を離脱、フォーメーション・アローヘッドで敵正面下方から仕掛ける!」

 ポイント115を通過、全機急旋回しデブリ帯を抜ける。ここから先はもう隠れるものは何もない。残った重金属チャフ・グレネードと火力だけが頼りだ。

 基地の砲火は続いている。最前衛の敵の動きは鈍っている。

 側面の敵がこちらに気付いた。

「下から敵陣の内側を抉る! ポイント148から突入、足を止めるな!」

 敵の腹の中に潜り込んでしまえば、同士討ちを避けるために敵は簡単には攻撃できなくなる。そこまで肉薄できるかが勝負だ。

 敵が旋回を始める。

「遅滞反応弾、撃てっ!」

 突入口に向かって反応弾を斉射。炸裂する弾頭の先でフィールドが発光、敵の動きが鈍る。

「後衛スライド、機動射撃!」

 ハルを含めた後衛3機が右側に流れながら射線を確保、戦闘機動を維持したままレールカノンの射撃を加える。集中砲火を受けた敵小型級二機が爆散する。

 が、しかし。

 レーザーアラート。俺の前を飛んでいた機体が、次の瞬間。

「……っ!?」

 強烈な光を放ち、消失。

「セイヴァー5、ロスト!!」

「小隊側面防御!」

 スライドした後衛隊が敵の射線に壁を作るように重金属チャフをばらまく。それを盾に、突入ルート――ポイント148に更に迫る。動きの鈍っていた前方の敵が遂にこちらに砲口を向ける。

「前面防御、チャフ撃て!」

 重金属チャフ・グレネードを敵目がけて投射。同時に唸りを上げたレーザー光がチャフの霧に衝突。レーザーアラート、それを切り裂き。

「全機突っ込め!!」



 そこからは必死で、どれくらいの時間戦ったのかも、どんな風に戦ったのかもあまり覚えていなかった、だが。

 ――敵陣を抜けた時、過ぎていた時間は。

「……2分か、もう、持たんな」

 たったの2分。無力、圧倒的に、無力だった。

「後方にチャフを投射、第三中隊展開ポイントまで退避する」

 指示通り、後方にチャフをばらまきそのまま対岸のデブリ帯に向けて撤退する。

 その時だった。

 チャフの範囲外に、一体の小型級がこちらに向けて旋回しているのが見えた。その、射線の先に居たのは。

「ハルっ!!」

 くそ、間に合うか!?

 機体を急旋回し、陣形を外れてハルの横へ出る。

「先輩っ!? 何を……!」

 間に合……

 でも、間に合って、そこからどうす……

 レーザーアラート。音は一回きりだった。

 視界が、白く、真っ白に光って、そして……

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