第2話 C.C0057-12.27 アステロイド・ベルトの戦乙女

〇本話に登場するお題

・犬公方(登場人物・愛称)

・海底二万マイル(兵器・名称)

・ハッカー(戦闘描写)



「【ノーチラス】より各機。距離30000単位、接敵まで300秒」

 機兵母艦オペレーターの声が響く。拡張戦術データリンクの情報がユーリの視覚に直接反映される。火星=木製間小惑星帯――アステロイド・ベルト防衛線を越えて侵入してきた敵鉱性生物は駆逐艦級三隻、艦載小型級は多めに見積もって200、というところか。

 地球で平穏な日々を送っている人たちは昔のサイエンス・フィクションの見過ぎで、この辺りには縫って通らなければならないくらい小惑星が密集していると思っている人が多いらしい。けど、実際にはそんなことはない。宇宙のスケールと人のスケールは全然違う。彼らにとっては隣人でも、私たちから見れば、宇宙を漂う石ころは酷く孤独に見える。

 代わりに周囲を満たしているのは、無数に、幾重に、際限なく広がるスペースデブリの帯だ。宇宙ゴミ。ユーリは思う。

 宇宙ゴミ――私たちの前にこの宙域で戦い、散っていった者たちの墓標だ。

「【ヘルハウンド・リーダー】より【アルテミス】応答せよ」

 ヘルハウンド・リーダー――ユーリの護衛を務める第16機兵連隊連隊長ニシヤ・セイジ大佐のコードネームだ。連隊の運用する日本製の四式機兵『疾風』には狛犬をモチーフにしたエンブレムがマーキングされていて、その隊長であることからニシヤは月面日本では「犬公方」――本来の意味は全然違うらしいけど「公方」は将軍【ジェネラル】=指揮官だから、ということらしい――なんて呼ばれている。

「こちら【アルテミス】……ニシヤ大佐、やっぱりコレ、慣れないんですけど名前じゃダメですかねぇ?」

「ダメだな。アサト中尉、君はもう軍属なんだ、少しずつこちらの流儀に慣れていってもらいたい。私はヘルハウンド・リーダー、君はアルテミス。少なくとも、この宙域から生きて帰るまではな」

「……りょーかいしました、ヘルハウンド・リーダー」

 そう返事をすると、ユーリのデータリンクに作戦プランが表示される。ブリーフィングの通りだ。162・163大隊が右側面に回り込んで敵小型級を陽動。その間にニシヤ率いる161大隊と自分がデブリ帯を隠れ蓑に左から突貫、敵駆逐艦級三隻を直接叩く。

「連隊各機。162・163大隊は深入りを避けろ。小型級群を挟んで駆逐艦級の艦砲射程に踏み込むなよ。161大隊はアルテミスに接近する小型級群の排除を最優先に、アルテミスは雑魚には構わず駆逐艦級の撃沈に全力を注げ」

 ニシヤの声を聞く。脱力。一度、力を全て抜いて、自由になる。

 真空の虚の中、機兵の鎧はおろか、宇宙服一つ身に付けずたゆたう少女。

 しかし、この戦場において宇宙艦艇も含めて最も堅固かつ最も強力な存在がその少女――遊撃士ユーリ・アサトだ。

「アルテミス……戦闘艤装展開」

 ユーリの背中から八翅の液状生体金属マニュピレータが、まるで蝶の羽化の如く開く。体の数十倍もある翅が、戦いの予兆を運ぶ微かな光子を照り返し七色に輝く。虚数空間転移フィールドの調子もすこぶる好調、演算処理にも余裕は充分。

「アルテミス、中継カメラが入る。笑って見せてくれ」

 ニシヤの声に応え、ユーリは笑って手を振って見せる。この様子は首都東京をはじめ月面の日本区画にリアルタイムで放映されるだろう。

 ――地球に住むの日本人のほとんどは、宇宙の単位で言えば目と鼻の先でこんなことが行われているということすら知らない。そう、これはサイエンス・フィクション。

 ユーリたち遊撃士は、宇宙という虚構の中で、いつ滅びるともしれない世界を守る可憐なる戦乙女。

「やっほー、お兄ちゃん、見てるっ?」

 シンお兄ちゃん。私の、私の認めるただ一人の家族。見ているかな。

 見ていれば、きっと溜め息を吐くか、そうじゃなきゃ、怒っているかな。

 それでも。

 せめて、誇りに思ってほしい。私がこの世界に居て良かったって、せめてお兄ちゃんにだけは、思ってほしい。ユーリはそんなことを表情にも、言葉にも出さず、思う。

「距離15000に接近! 接敵まで150秒!」

「ヘルハウンド・リーダーより連隊各機、作戦行動を開始する」

 オペレーターと、ニシヤの声。舞台の幕が上がる。

「では、遊撃士ユーリ、推して参りますっ!」



 機兵母艦ノーチラスが敵駆逐艦級の射程――認知領域に踏み込む。

「敵1番・2番、高エネルギー反応!」

「演算能力は全てフィールドへ、最大出力で展開!」

 バキバキと、伝わることのない音を立てながら顎を開いた敵駆逐艦級が超高出力のレーザーをノーチラスに向けて放つ。

 わざと撃たせる。

「総員、対ショック防御!」

 発射と同時にエネルギーの束がノーチラスに叩きつけられんとする。だが。

 発光。行き場を失うエネルギーがもがき、逆巻き、固形し、そして。

「演算処理能出力60%、転移成功」

 消失。敵の攻撃は虚数の海に飲まれ『なかったこと』になる。

 ノーチラスに搭載された演算処理能は統合宇宙軍でも最新型。駆逐艦級の主砲程度なら、全リソースをフィールドに振り向けることで同時三発までは完全処理できる性能を持っている。

「敵1番、2番、演算処理能出力低下、完全復旧まで予想180秒」

「162・163大隊、敵小型級群と接敵!」

 オペレーターの戦況報告。データリンク確認。彼ら二個大隊は数的不利だ、あまり時間は掛けられない。

「アルテミスよりオール・ヘルハウンド、速度を上げます!」

 そうユーリは一方的に叫び、最大戦速に自身を加速し、デブリの海に突っ込む。金属塊の間を縫うようにユーリは宙を舞う。161大隊――ヘルハウンド隊所属の疾風は一機たりとも脱落せずにユーリに追随する。

 データリンクの弾き出したサーキット・コースを抜ける。目前に開けた空間と、そして攻撃目標が姿を現す。

「コンタクト!」

 ニシヤの声が響く。目前に敵駆逐艦級から発艦した小型級の一群が迫る。

 大隊機が遅滞反応弾を一斉発射。遅滞反応弾は敵機の虚数空間転移フィールドに接触起爆、持続的にエネルギーを放出し敵機の演算処理能に負荷をかけ続ける。

「近接戦闘用意! アルテミスは敵前衛を突破せよ!」

「少しだけ手伝っていきます!」

 機兵にはフィールド展開も不可能な小型の演算処理能しか積めず、その出力で運用できる光学兵器では敵の虚数空間転移フィールドに充分な負荷を与えることはできない。命中性に難があっても、実体弾を使う必要がある。

 ニシヤの機兵が構えたプラズマ・レールカノンが雷を噴く。簡易的とはいえ、虚数空間から引き出せるエネルギーは弾体加速には充分すぎる。

 連続で命中したレールカノンに、処理能力を超過した敵小型級が爆散する。

「おお、流石大佐……っと!?」

 小型級の四機小隊がユーリに群がってくる。鉱性生物の主要な攻撃手段は自身の体を発振体とした高出力レーザー砲だ。これは発射されてしまえば基本的には必中で、機兵の対レーザーコート装甲と重金属チャフでは良くて三・四発しか耐えられない。

 しかし敵にも弱点はある。

 小型級では演算リソースが足りず、フィールドを展開しながら同時にレーザーを発振するエネルギーを虚数空間から引き出すことはできない。それ故、こちらは絶えず攻撃を浴びせ続けることで敵の演算処理能に負荷をかけ続け、攻撃そのものを阻害する、というのが基本戦術になる。

「……照準、目標センター、発射!」

 ユーリの背中の羽の内の四枚が、流体金属の一部を弾体と化して投射する。四機それぞれに直撃した弾体は、敵のフィールドに張り付き、浸食を始める。

「よしよし、良い子良い子……!」

 ハッキングのようなもの、とユーリは考えている。科学とか物理とか、そういうのは分からないけれど、感覚的にはそうだ。

 虚数の空間と現実の空間でエネルギーをやり取りする。それがユーリや鉱性生物が使うテクノロジーだ。しかし別空間にエネルギーを移せば両方の空間でエネルギーの保存則が崩れる。それを演算処理し、空間の構成式を書き換えることで、帳尻を合わせる。まあ、そんな感じだ。だから相手が一生懸命その帳簿の上書きをしている所に、ちょっかいを出して邪魔してやれば……

「四機撃墜!」

 という具合だ。が、しかし。

「……わっ!?」

 長距離からレーザー照射を受ける。反射的に起動した虚数空間転移フィールドがそのエネルギーを飲み込み、無効化する。はっきり言ってしまえば、ユーリの演算処理能をもってすれば小型級の攻撃などいくら束になっても無視できる程度のものである。が……

「また視野が狭いって大佐に怒られちゃうなあ……!」

 クロックアップだ。速度を上げていく。群がる敵を八翅のマニュピレータで蹴散らしながら、敵駆逐艦級の一隻に迫る。ノーチラスからの支援砲撃が炸裂し、敵の攻撃を遅滞させる。鉱性生物は絶対に攻撃に味方を巻き込まない。目前の駆逐艦級を他二隻の盾にしながらゼロ距離に詰める。

「……っ!」

 マニュピレータ接続、演算開始。

 敵の演算処理能をハックする。相手の保持する虚数空間を侵食する。

「アルテミスよりノーチラス、フィールド無力化!」

 ユーリの通信から間もなく。

 駆逐艦級に大口径の亜光速質量弾が続々と着弾。無残にも爆発、四散する。それを見て、残りの駆逐艦級二隻は残存する小型級を収容、逃げを打ち始めた。

「ノーチラスより連隊各機、追撃は行わず。状況終了、全機帰投せよ」

 敵駆逐艦級が速やかにワープアウトをしていくのを見送りながら、ユーリは小さく息を吐く。それから、笑う。意識はしていないけれど、カメラにはずっと映っている。

 こんな翅、こんな強さ、気持ち悪いと思うんだけどな。ユーリは苦笑する。

 それでも、私は皆の希望――アイドルなんだ。だから。

「勝ちましたっ! 大勝利!」

 笑顔と、ピースサイン。

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