エピローグ A.D2018-7.15 そこで、待っていてね
〇本話に登場するお題
・ラノベブロガー(登場人物)
一人のラノベブロガーがWEB小説を読んでいた。小さな新人賞からデビュー作を出した作者が、年末にお遊びで始めた小説だ。筆が遅いらしく、「新春」と題打った小説が完結したのは、夏も盛りの今日だ。
「……まあ、お題30個組み込んでって意欲はいいんだけどね、やっぱいろいろ無理があるよな、純粋に読み物としては点数付かないなあ」
読み終えた男はそう、誰に言うでもなく感想を述べた。
その時だった。
「うわばあ……!!!?」
突然の奇声に、男は驚いて振り返る。
驚愕を、男の両目が捉えた。
男は固まった。硬直した。フリーズした。状況を飲み込めなかった。
いや、飲み込めない、というのは語弊がある。幾百幾千のライトノベルを読み続けてきた男にとっては、幾度か見た光景ではあった。もちろん、作品の中ではあるけれど。
……しかし、創作の中の、しかも使い古されたお約束が、こんな、俺の部屋で?
「……痛てて、ここ、どこ……?」
――自室のベッドに、美少女が降ってきた。
「驚いたな。本当に奇跡が起こっちゃったみたいだね……一体どの世界線の、どの時代なのかは分からないけど、大気組成は地球と瓜二つだ」
「じゃあ、ここって地球? ……ってか、あれ? 君の声が外から聞こえ……」
「ここだよ、肩の上」
なんだあれは、生き物なのか。男は困惑する。少女の肩の上には、金属でできたような、くりくりとした目の、リスのような姿の物体が乗っている。
「……なんか、ずいぶんとちんまりかわいくなっちゃったね、君」
「虚数空間に入った衝撃でユーリから分離しちゃったみたいだ。まあ、体がある分には都合がいいけど」
少女が男の方を見る。男は射抜かれたように、何故か直立不動の姿勢を取った。
「あの……すいません、突然で申し訳ないんですけど、ここっていつの、どこですか?」
来たっ! お決まりの質問、まさか現実に受けることになるとは。
「言葉、通じるのかな?」
「ものは試しだよ、地球だったらいけるかもだし」
日本語だ! 通じる! 通じているぞ! 男は必死に頷いて見せる。
「西暦2018年7月5日の、地球の日本、東京」
理解されるかは分からないが、とりあえず男は宇宙の地球、というところから話してみる。少女は嬉しそうに手を叩く。
「やっぱり地球なんだ!」
それから肩のメタルリスが喋る。
「西暦、というのは人間が宇宙世紀の前に使っていた紀年法だね」
「……ってことは、過去に来ちゃったってこと?」
「一概にそうとは言えない。全く別の時空間にある、これまた全く別の地球かもしれない」
「でも、生きているってことは、帰れるかもしれないってことだよね?」
「可能性はゼロじゃない」
「ゼロじゃないってことは、出来るってことだ」
男はリスと話す少女を見ていた。自分の存在なんて意に介すことのない、現実離れした美しさを持った少女を、自分のベッドに落ちてきた少女を、ただぼんやりと見ていた。
少女の境遇は、男には分からない。だから鈴の音に似た少女の声の意味するところは、はっきりとは分からない。ただ、たくさんの物語に触れてきた男には、ひとつだけ分かることがあった。直感的に、本能的に理解できることがあった。
この声は、この言葉は、主人公の声だ、主人公の言葉だ。
前を向いて、上を向いて進んでいく。絶望に打ちひしがれても、強敵に剣を折られても、それでも立ち上がり進んでいく。
そして最後には、ハッピーエンドを手繰り寄せてしまう、そんな愛すべき主人公の声だと。
「そこで待っていてね。ちゃんと帰るからね、お兄ちゃん」
少女はそう、ここではないどこかへ向かって呼びかけ、心から愛おしそうに笑って見せた。
――fin
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