第17話 俺のロマンとしてロボット使いになりたいという夢はあるがそれは断じてアンドロイド系を使うという意味ではなく巨大ロボットに乗りたいという意味で男子諸君なら同じ夢を持っているはずだと声高に宣言する

 するとそこにいたのは――


「ヨウコソ」


 結ってある黒髪。

 服装は今までの人々とは違い、和服。


 銀色の肌。

 ウィーンという駆動音。


「第四ノ番人ノ冬香ふゆかガオ相手シマス」


「ロボじゃん」

「ロボっすね」


 ある程度、存在はあるかもしれないと思っていたが、まさか本当にあるとは思っていなかった。サイバールームはありながら銃器類がなかったから、戦闘系のモノはないと踏んでいたのだが、予想が外れてしまった。何だこの世界。


「むむ……強そうなやつだ……」


 やすみちゃんもたじたじだ。ロボットという概念が無い世界でどう見えているのだろう。興味がある。


「ああいう人にあったのは初めて?」

「ああ。あれだけ頑丈そうな鎧を纏っているモノは初めて見た。攻撃もなかなか通じないだろう。さてどうしようか」

「そういう認識なんだ」


 中に人が入っていると思っているのか。言われてみれば、その可能性もまだ確かに残っている。まだ俺の世界の方でも、これほど滑らかに稼働する自走式のロボットなんて開発されていないのだ。有り得ない。


「サア。ドナタガ来マスカ?」


 ジャキン、と音を立てて冬香が変形する。身体中から剣が飛び出し、機能性を重視したのか這いつくばるような格好になる。

 首や関節がギュルンギュルン廻っている。

 怖い。

 ……というか着物、どうなっているんだろうか。

 などと素朴な疑問はあるが、認めざるを得ない。

 自分の世界の理で、この世界を判断してはいけないことを。


「私が出るぞ」


 予測通り、というか宣言通り、名乗りを上げたのはやすみちゃんだった。


「アナタデスカ。デハ早速――」

「私の名は徳川家康美。風雲城に挑んでいる国の大将である」


 冬香が攻撃に入るべく前傾姿勢を取っていた所に、やすみちゃんが名乗りを上げる。


「冬香殿。あなたに対し――『一騎打ち』を申し込む」


「イイデショウ。大将カラノ『一騎打チ』ノ依頼ニハ応エマス。ソレガ掟デスカラ」


 そう言うと冬香は剣を収め、最初の状態に戻る。


「『……ん? 何で戻ったんだ?』って顔しているっすね、アッキー?」

「地の文を先に読みやがったな。まあ、そうだけど」


 姫子が人差し指をくるくると廻しながら、何故か得意そうに語る。


「この世界での『一騎打ち』はかなり効力を持つっす。暗黙の了解で大将のみしか提示できないってのはあるっすけどね」

「まあ、俺の世界での一騎打ちも史実ではあったみたいだな。無用な兵の消耗を防ぐための良い策だと思うけれど」

「この世界でもその思想はあるっす。……まあ、今回のやすみちゃんの場合は自分が勝負したいから、っていう側面が強かったっすけどね」

「だろうな」


 誰もがそう思っているが、敢えて口に出す必要はない。


「で、だったらそうして相手は武装を解除したんだ? まさか居合やウェスタンみたいに一度武器を収めた状態が規律だからか?」

「いや、それは違うっす。それよりも、もっと限定的になるからっす」

「限定的?」

「この世界での『一騎打ち』は勝負方法も決まっているっす」

「それでは武器を使用しない、ってことか?」

「察しがいいっすね。その通りっす。だから相手も武器を収めたっすよ。了承した旨を言葉だけではなく分かりやすく表現できるっすからね」

「成程な」


 最初、この世界での戦闘は真剣な殺し合いだ、という印象を述べたが、一騎打ちでは傷つけ合う要素が少なくなっており、ちぐはぐな印象になってきてしまっている。実際は戦闘での殺し合いの悲惨さを知りながら止められないので、後者を立てたのだと思うが。だったら最初から一騎打ちしろよ、ということも思うのだが、そういう訳にもいかないのだろう。それこそ、大将だけしか戦場に出て行かず、兵士の存在意義がぶれてしまうし、大将に重責が集まってしまい過ぎる。現場の当事者意識が薄れてしまう。それは新たな火種になる。

 政治って難しい。


「難しいことを考えている顔しているっすね」

「んー、まあな。……それより、肝心な一騎打ちの内容って何なんだ?」


「『土下立て伏せ』っす」


「……は?」


 耳がおかしくなったようだ。

 聞きなれない単語が聞こえて来た。

 状況を把握しきっていない俺に対し、姫子は繰り返す。


「『土下立て伏せ』っすよ。幼児風に言うと……コホン。『どーげーたーてーふーせー』」

「佐藤――『』。……何それ? 説明して」

「土下立て伏せとは。土下座と腕立て伏せを複合したモノっす。因みに今、私がしているのが土下座っす」


 それは知っているよ。


「土下座と違うのは膝をつかないことっす。腕立て伏せと違うのは三つ指にして、地面に頭を付けるとこがカウントになるっす」

「かなりきついだろ」

「きついっすね。でもそれぐらい出来なくちゃ大将クラスじゃないだろう、というのが暗黙の条件っす」

「大将って大変なんだな。――大体分かった」

「ということっす。ほら」


 姫子が立ち上がりながら二人を指差す。

 そこにはやすみちゃんと冬香がお互いに向き合い、手をついて跪いている姿があった。

 非常にシュール。特にロボットの方が。


「ルールを確認するっす!」


 いつの間にか二人の傍まで移動していた姫子が声を張り上げる。


「基本は通常通りの『土下立て伏せ』っす。制限時間は六〇秒。地面に額を付いた回数が多い方の勝利。足の位置を動かしてはダメ。膝を付いたら負け。――それくらいっすかね」

「うむ。私はそれで良い」

「コチラモ異議ナシデゴザイマス」

「それでは――太鼓、準備完了しているっすか?」

「準備完了しています、姫子様」

「ちょっと待て。何で太鼓が必要なんだ? っていうか何であるの?」


 背部についてきていた女性の一人が端の方で太鼓のばちを持っているのを見て、俺は思わずツッコミを入れてしまう。


「一騎打ちするような人間は持っていて当たり前なんすよ。今回は冬香さんのモノを借りているっすけど、やすみちゃんも太鼓持ちがきちんと背後についてきているっすよ」

「太鼓持ちってそういう意味じゃないんだけどな……いや、本来の意味はそうなんだろうけど」


 慣用句として使われているのは、他人を褒めるのが上手い人、ってイメージなんだけどな。諸説あるから、ただ単に媚び諂う人を差す時もあるけど。

 でも、今回の場合は文字通り、太鼓を持っている人がいるのだろう。

 重いだろうに。


「細かいことはいいっすよね。では二人とも、位置についてください」

「ちょっと待て」


 そう言ってやすみちゃんが鎧を外す。

 胸が揺れる。

 いい景色だ。


「冬香殿はそれでいいのか? 随分と重そうだぞ」

「私ハコノママデ結構デス」

「余裕なんだな」

「イエ、脱ゲルモノガナイダケナノデスガ……」


 ロボットが戸惑っている。結構レアかもしれない。

 ――さて。

 勝負がそろそろ始まるわけなのだが、この状況でやすみちゃんの言葉を思い出そう。

 やすみちゃんは能力を見せてくれると言った。結果、ここまで誰かしらに邪魔をされて使えなかったのだが。しかし、実用的な能力と言っていたが、この『土下立て伏せ』で果たして見せてもらえるのか。

 ……ただ単に忘れている可能性の方が高い気がするが。


「じゃあ始めるっすよ」


 そんな俺の思考はよそに、二人が再び開始前のポーズをする。

 静寂が包み、妙な緊張感が辺りに流れる。

 やがて、完全に静まってから数秒ほどの後。


「位置に付いて、よーい――どん!」


 姫子が腕を振り降ろすのと同時に、二人の顔面が床に叩きつけられる。

 ――その時だった。

 バリンッ!


「エ……?」


 音の出どころは、冬香の方からだった。

 冬香の頭を打ちつけた部分。

 その部分が

 何だ。パワーを間違えて床をぶち抜いたのか、と思ったが、それだったら疑問の声を放たないだろうとすぐに思い直す。ましてやロボだし。

 予想外なのだろう。

 何故ならば冬香にとって、完全に不利になったからだ。

 地面が陥没すれば、頭が床に届く距離も増える。

 足の位置を動かせないというルール上、大きく陥没してしまえば――物理的に頭を付けることが出来ない。


「状況把握。継続可否検討中」


 電子音が聞こえてくる。内部処理に時間が掛かっているようだ。

 だが、結論は明白だ。


「不可能。続行不可能。対応策検討。検討。検討。不可能。対策無。凍結。凍結。凍け……」


 プシュー、と音を立てて、冬香が行動を停止させた。凍結と言っていたが、フリーズしたのだろう。どうしてメカになってまでカタカナを使わないのだろう。不思議だ。

 と、そうこうしている内に、


「一分経過。勝者、やすみちゃん! っす」


 やすみちゃんが立ち上がり、爽やかな笑顔を見せる。


「記録は二回っす」

「少ないな」

「勝てることをしっていたから、あまり無理をしなかったのだ」


 その割には汗だくなのだが。服がぴっちりとしてくっきりとしている。ごちそうさまです。


「冬香の自滅の気がするけれどな」

「自滅じゃないっすよ。あれがやすみちゃんの能力っす」

「そうだ」


 やすみちゃんがある胸を張る。いいね。おかわり。


「さっきから私の胸ばかり見ている気がするのだが……」

「そうだよ。話を続けて」

「気のせいならいいのだが……ん?」

「話を続けて」

「あ、ああ……分かった」


 腑に落ちない顔のやすみちゃん。勢いで誤魔化されたのだから当然なのだが、気が付かない内に話を強引に進めよう。


「やすみちゃんの能力ってのは、さっきの冬香が頭を着けた時に床がぶち抜けたことと何か関係あるの?」

「うむ。私の能力により、あのようになった」


 やすみちゃんは自分の目を指差す。


「私の能力は『目で見たモノを脆くさせる』ものなのだ」

「目で見たモノを?」

「姫子は『逆めぢゅーさ』だと言っていた」


 言い方が可愛い。


「正しくは『逆メデューサ』っすけどね」

「見られると石のように硬くするギリシャ神話のメデューサと逆だからか」

「『ぎりしゃしんわ』とは何だ?」

「語るとそれだけで一日が終わりそうだから、後日ね」

「うむ。分かった。……後日、ゆっくりと聞かせてもらおう」


 何故か嬉しそうなやすみちゃんにヒロイン感を存分に感じていた。鈍感主人公でありたい。そうしよう。話を変えよう。


「えっと、やすみちゃんの能力について、もう少し詳しく教えてくれないか?」

「ん、教えると言ってもそんなにないぞ。大した能力じゃないし」

「いやいや、そんなことはないっすよ。本気出せば対人戦で無敵っすよ」


 ああ、と俺は悟る。


「相手を見るだけで、相手を脆く変質させることが出来るからか」

「正解っす。足を脆く変質させるだけで自壊していくっすからね」

「何か卑怯すぎて、この能力をあまり利用する気にはならないのだけどな。それに能力を使うとひどく疲れるのだ。そうそう使えない」


 だからあれだけ汗を掻いていたのか。


「でもチートっすね」

「俺らがそれを言うか?」

「ですっすねー」


 俺は疲れも何もしないし、姫子もそうだ。姫子ほどの能力であれば何か副作用がありそうなのだが……まあ、あるんだろうな。隠しているだけで。後で聞いておこう。


「むぅ……また仲良くしている……私が活躍したのに……」

「ああ、ごめんごめん」


 これくらい拗ねてくれる方が可愛いもんだ。


「で、お前はドヤ顔で煽るな」

「これが本妻の余裕っすよ」

「誰が本妻だ。それに意地悪な継母系だぞ、それは」

「……ハッ」


 どうしてこうも墓穴を掘っていくことが好きなのかね、姫子は。


「――さて、雑談はここまでだ」


 冬香を縛り終えた所で、俺はそう口にする。


「やすみちゃんが最後の番人を倒した所で、残るはあと一人だけだろう」

「この城の主だな」

「その通り」


 四人の門番はあくまで門番で、先には四天王やら三人官女やら五芒星ならいうる可能性はまだ残っているが、そんなぐだった展開にはさせない。いても省く。

 そう無駄な誓いを立てていた所で、


「ギ……異常、驚愕……」


 冬香から音声が聞こえて来た。暴れ出す様子ではないが、壊れたように単語を紡ぎ出す。


「主……主様ト同ジ……『オトコ』……ドウシテ……?」


 そこで再び停止する。


「……『おとこ』? 『おとこ』とは何だ? 城主の名前か?」


 やすみちゃんが頓珍漢なことを言う。

 ――いや、頓珍漢ではない。

 城主のことを差していることは合っているのだ。


「なあ、姫子。この世界には男って概念自体あるのか?」

「ないっす」

「『おとこ』という言葉自体は?」

「ないっす」

「じゃあどうして冬香の口から明らかな男性と言う意味の『男』という単語が出てくるんだ?」

「分からないっす。ただ可能性はほぼ一つだけっす」

「俺も一つに絞った。いっせーの、で言おうか。いっせーの」


「「城主は――他の世界から来た『男』」」


 完璧に合った。


「よく合わせられたな」

「アッキーが今言いそうなことは分かったっすからね。まあ、ズレていても問題はなかったすけれど」

「だな。趣旨は同じだ。俺達以外の異世界人がこの世界にいるってことだ。となれば一体どのような方法で来たのか、ってことも気になるな」

「む……言っていることが半分くらいついていけていないのだが……」


 やすみちゃんが眉間に皺を寄せながら、前方を指差す。


「とりあえず、この先にいるであろう城主に直接訊ねるのが得策ではないのか?」

「ん、そうだな。ここで議論しても仕方ないし、先に進もうか」


 俺は頷き、先頭に立って歩を進める。

 数分後、俺達は再び扉の前に立つ。最後の扉っぽくない、普通の扉だった。一から四の扉に書いてあったようなものも何もない。


「行くぞ」


 俺の言葉に、姫子ややすみちゃんを含んだ後続メンバーが首を縦に動かす。

 そして扉を開けた先には――


 少し広めではあるが――普通の事務室だった。

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