第10話 俺の価値観が崩壊する

「……姫子、ツッコミをしていいか」

「ええ。どうぞどうぞ」


 嬉しそうに目を輝かせる彼女。……そういえば、想定通りの反応をしていなかったしな。

 しかし目の前の光景には流石に物申したい。

 ガラス窓。

 三角錐の建物。

 レンガ建て。

 旗。


「これって西洋の城だろ?」

「城って聞いたら、普通は瓦がついていたりてっぺんにシャチホコがあるようなものを想像するっすよね? やーい引っ掛かった」

「ん? 何かおかしいのか?」


 やすみちゃんが可愛らしく小首を傾げる。


「いや、何もおかしくないよ。ただ大きくてびっくりしただけ」

「そうだろうそうだろう。自慢の城だ。暖炉もいいものを作っている」

「完全に和洋折衷だな」


 人が和。

 建物が洋。

 ……というか、さっき空を飛んでいた時にこんなの見えなかったぞ。どこから現れた。


「普段は隠さなくてはいけないので、お披露目する機会は少ないのだがな」

「どこまで高性能なんだよ」

「押し箱一つで出来るぞ。この絡繰りは」

「無線も電気もあるのか」

「発電所もあるぞ」

「……なんかもう、カタカナや英語じゃなければ何でもありだと思っていないか?」


 まあまあ、と姫子が口を挟む。


「ここはあくまで『戦国時代に近い世界』なだけっすから。パラレルワールドと考えてくれればいいっす」

「ふーん、そうなんだな。ならば仕方がないな」

「……最初からそうっすけど、物わかり良すぎっすよね、アッキーって」

「ぐじぐじするよりはいいでしょ?」

「まあ確かに、悩み系主人公は現実にいたらうざいなー、って思うっすけど」

「何を話しているんだ?」


 やすみちゃんが眉を潜める。


「いや何でもないっす」

「ふむ。何でもないならそれで良い。――そろそろ城も隠さなくちゃいけないから、早く中に入ってくれないか?」

「そうしようか。……ん? 隠す?」


 俺はなすがままにやすみちゃんの後ろについて城に入る。

 そして内部に足を踏み入れ、背後にある入口が閉まった直後、


 ――ブオン。


 そんな音と共に耳鳴りがした。

 後ろを見ると、先程まで澄んでいた外の景色が歪んでいた。


「……何でステルス障壁が出来ているのか判らない」

「おお、よく分かったっすね。しかも内部からとは」

「いや、何となくで口にしたのだが……本当なのか」


 この文明、俺達の世界よりも遥かに進んでいるじゃないか。――などというツッコミを口にする気力もなくなってしまった。


「ん? 透明障壁は別に珍しくないだろう。八百屋で売っているぞ」

「へえ。お土産に買っていこうかな。いくら?」

「一尺一円だ。面積なので掛け算で決まるぞ」

「ん、じゃあ五〇尺掛ける一〇尺で五〇〇円分お願い」

「了解した。あとで八百屋の親父には言っておく」

「あ、姫子。通貨は共通でいいのかな?」

「はい。硬貨は全く同じっすよ。……ってなんで対応してるっすか!」

「俺の対応力にいちいちツッコミ入れていると大変だよ」

「この私がツッコミにまわざるを得ない特殊状況が信じられないっす……」


 肩を落としている姫子を横に置いておき、やすみちゃんについていく。

 途中、幾人かの少女が遊んでいるのを見かける。この城、結構広いようだ。それに子供達も遠くから手を振ってきていることから、やすみちゃんが慕われていることが伺える。

 そんな周囲の様子を眺めながら歩いて数分後、


「ここが私の部屋だ」


 少女趣味全開の部屋がそこにあった。

 天蓋のついたベッド。

 シャンデリア。

 ぬいぐるみ。

 少女漫画。


「可愛い部屋だね」

「そ、そんな……」

「うぉーい! そこつっこまないんかーいっす!」

「少女漫画のことか? どうせ姫子が持ってきたんでしょ?」

「ああ……私のボケどころが……」

「そういえば俺の世界のことをよく知っているし、そういう本とかもあるけれど、どうやっているの?」

「それはっすね、私の能力でちょちょいと空間を捻じ曲げて吸い上げて入手した本の知識とかで……」

「盗んだの? うわー」

「ち、違うっすよ! 廃品回収とかで捨ててあるのを拝借しただけっすよ! 思春期の小学生が表紙セクシーな本を拾ったのと変わらないっす! こう、私の空間捻じ曲げ能力でずずずとブラックホールのように吸い込んで引っ張ったから私自身の手は使っていないっす! っていうかそもそも本屋さんとか個人の部屋とかから盗ったりしていないっす!」

「本当かな?」

「本当っすよ! しかもちゃんと読み終わったり不要だったり、ちょっと見知らぬ通りすがりの人に性の目覚めの必要があるかなー、って思ったら野に置いていたりするっすよ!」

「ゴミ放棄か。悪い奴だな」

「ほら、あれっす、橋の下に置いてあるカピカピの本のようなものっす! だから無罪っす!」

「紅茶だ」

「ありがとう」

「そこで無視しないでくださいっす!」


 騒がしい姫子は放っておいて、出された紅茶を飲む。普通にミルクティーだった。美味しかった。

 俺は甲冑を脱いで薄着になったやすみちゃんに向き合う。こういうの大好物です。意外と脱いだらすごい。やはり甲冑が胸の形に沿っているなどフィクションの世界の中だなと実感しながら話を訊く。


「さて、早速だが話を聞こう」

「私の大きさは八二、五七、八一だ」

「うん。ナイスバディ。じゃあ次は何が困っているのかを教えてくれない?」

「うむ」


 深刻な表情でやすみちゃんは深く頷く。


「実は最近、近隣諸侯を蹂躙する移動城が、力を奮っているのだ」

「移動城?」

「名を風雲城、という」

「どこかのゲームみたいっすよね」

「姫子、お前何歳だ? 俺は知らないぞ」

「前に同い年って言ったじゃないっすか。ぴちぴちの十五歳っすよ!」

「ひめこさんじゅうごさいか。納得した。――で、その風雲城が世界にどう悪影響を与えているんだ?」

「誘拐だ」

「誘拐?」

「ああ。移動城が近くに来ると、必ず、特定の人間が全員行方不明になるのだ」


 思っていたよりもスケールが低い話だ。

 世界を救ってくれと言われたから「いきなり魔王が現れた」とか「世界崩壊の危機」とかだと思っていたのに。


「……おい、姫子。ここから『世界を救ってほしい』っていう話にどうすればなるんだ?」

「まあ聞いてくださいよ。本題はここからです」

「しかも!」


 両こぶしをテーブルに叩きつけて、やすみちゃんは震えた声で告げる。


「攫われるのは……十二歳以下の子だけなんだ」


「何だって!」


 思わずガタッと椅子から立ち上がる。自分の顔が青ざめるのが分かる。


「その反応おかしくないっすか!」

「やすみちゃん! そんな深刻な事態になっているのか!」

「ええ。他の国からの間者の情報から、信憑性は非常に高いのだ」

「ロり誘拐……犯罪臭がひどいな」

「犯罪っすよ!」

「若い者がいなければ、元気が湧かないのだ……」

「分かる。分かるぞ!」

「アッキー、ロリコンだったんすか!」

「いや、ただのノリだよ」

「ノリなんすか! ノリで今まで使っていなかったびっくりマークを使ったんすか!」

「真面目な話をすると、若者が一気にいなくなった場合、小学校教員の仕事はなくなり、学校は廃校、小学生向けの玩具は大きなお友達の力を借りるけれど売り上げが足らず不渡りを出し、将来的には働き手が減少することによって税収が減収、後期高齢化が進み国は滅ぶだろう」

「本当に真面目な話をしないでくださいっす」


 適当に並び立てた言葉を重ねて姫子を圧倒するが、思ったより口にした内容が深刻だったので心境が変わった。


「やすみちゃん。今の所、君の所の城内のロリは無事なのか? 因みにロリは幼女のことだ」

「ああ。まだ無事だ。我が城内には一〇〇人の子供達がいるが、誰も――」

「大変です姫様! 我が城内の子供達が全員行方不明になりました!」

「なんだとっ!」


 入ってきた和服の女性の言葉に立ち上がるやすみちゃん。

 一方、俺と姫子は紅茶を啜る。


「フラグ回収速いっすね」

「まあお約束だよな。それよりやすみちゃんは城内では『姫様』って呼ばれているんだな」

「十五歳で将軍でありながらも可憐な容姿で人々を指示する姿は、正にジャンヌ・ダルクのごとくだったからっすよ」

「ジャンヌ・ダルクを知っているのか?」

「薄い本からっす。大抵お尻が弱いっす」

「お尻が強い人っているのか?」

「いるっすよ、きっと。私も絶賛特訓中っす」

「二人共何でそんなに落ち着いているのだ!」


 やすみちゃんが焦った表情で怒号を上げる。


「あれだけ警戒していたのにあっさりといなくなってしまったのだ! しかも透明障壁が解除された気配もないのにも関わらずだぞ」


「じゃあ――


「えっ……?」

「お、もう分かっちゃったっすか?」

「分かったというか、消去法だよね、これ。――ねえ、そこの人」


 俺は先程に入室した女性に声を掛ける。


「は、はい。何でしょう?」

「尋問っすか? 凌辱っすか?」

「姫子は黙ってろ。あ、やすみちゃん。何か書くものある?」

「あ、ああ。どうぞ」

「ありがとう」


 手渡された紙とペンに、さらさらと日本語で「佐藤明」と書いて見せる。


「俺の名前はこれなんだけどさ。読める?」

「はい。えっと……サトウ――」

「『』」


 瞬間的に女性は俺に対し平伏する。対象にしていないのに土下座している姫子と、何故か顔を赤らめて胸を抑えているやすみちゃんは無視して、女性に問う。

「次の素直に答えて。――『』?」

「『食糧庫の中です』。……ハッ」


 女性が口元を押さえ、見る見るうちに血の気を無くしていく。


「相変わらずチートっすね。推理モノもびっくりの展開っすよ」

「別にいいじゃないか。使えるものは使うべきだろ?」

「じゃあ私も使ってくださいっす」

「下ネタになるからいやだよ。俺は純愛モノがいいんだよ」

「ど、どういうことなのだ、アッキー!」


 驚愕からようやく意識を取り戻したやすみちゃんが、震えた声で問うてくる。


「どうもこうも、そのままだよ。城内のロリはまだ食糧庫の中にいる、ってだけだよ。とりあえず、信用できる人間を向かわせたらどうだい?」

「あ、う、そ、そうだな。――半蔵子はんぞうこ。至急確認を頼む!」

「御意」


 天井から高めの女声と、直後、がさごそと移動する音。多分名前から忍者だろう。どうせ顔を隠した美少女に決まっている。後で見てみよう。


「半蔵子ちゃんは十三歳のロリっ子っすよ。ぺったんロリっ子っすよ」

「心読んだな、貴様」

「……本当にロリコンじゃないんすよね? 不安になってきたっすよ……」

「そんなことよりどういうことか説明してくれ!」


 やすみちゃんが業を煮やしたように声を張り上げたので、そろそろ真面目に話を進めよう。


「簡単に言うと、そこに座っている女性の報告は嘘。ロリはまださらわれていなくて、なにかもタイミングで外に連れ出されようとしたってこと」

「……そうなのか? 丼飛車子どんぴしゃこよ」


 凄い名前だなと思ったが口には出さないでおく。もしかしたらこちらの言語で素敵な名前なのかもしれないから。

 言語といえば、先程ドンピシャ子に見せたのは日本語だったが、それは少女漫画が普通にあったことから共通言語だろうという目算があって行っていた。伏線だ。姫子が音読してあげていたとか、上の位の人しか識字率が低いとかだったらの可能性は知らない。

 ――それはさておき。

 ドンピシャ子は頭を垂れる。


「……はい。申し訳ありませんでした」

「どうしてそのようなことを?」

「それは……」

「脅されたんだろう?」


 俺の言葉にドンピシャ子は身体をビクリと跳ね上げる。ビンゴだ。


「そうなのか、丼飛車子?」

「……その通りです」


 膝をつき、ドンピシャ子は顔を覆って震え声で語る。


「今朝、私の部屋に手紙が置いてあって、その中には城内の子供達を食糧庫に入れないと、一緒に入れてあった、は……恥ずかしい写真を電送箱を通して全国に配信するって!」

「この世界にパソコンがあるのかよ」

「恥ずかしい写真ってどうなんなんすかね?」

「気になるところが違うだろ、姫子」

「アッキーが言うなっす」

「自室で接合器を……」

「丼飛車子も言わなくてよいのだぞ!」


 やすみちゃんが慌ててドンピシャ子の口元を押さえ、深い溜め息を吐く。


「全く……二人共、どこまで見通しておるのだ。落ち着いている理由も分かるが、異様だぞ」

「俺は見通しているが、姫子はノリで落ち着いているだけだぞ」

「そうっす」

「……どちらにしろ異様だ」


 苦笑を浮かべ、それをドンピシャ子に向き直す。


「未遂だから今回は不問にするが――他の協力者の名前は出すように」

「……はい」


 そこまで読み切っていたか。

 彼女一人で一〇〇人以上の子供達を食糧庫に連れ出すのは至難の技、というよりも不可能だ。絶対に他の協力者の存在がいるはずだ。

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