第12話 俺の人生の中で女の子と密接しながら侵入するということは初めてであるが、先の文章をそのまま読むとなんだかいやらしい気持ちになるが決してそんなことはなくただ事実を述べただけである

「……アッキーって結構いじわるっすよね」

「……何だ。今更じゃないか」

「ふふ……そうっすよね」


 姫子と小声で会話をする。

 周囲は暗闇。一筋の光も見えない。

 因みに姫子とは距離も近い。


「……あん。そこはくすぐったいっす」

「……嘘つくな。何でピロートークみたいな反応してんだよ」

「……最中はピロートークじゃないっすよ」

「……しまった。経験ないことが分かってしまったか」

「うへへ……アッキーは処じ――あれ? なんか逆な気がするっす」

「いいから静かにしていろ。……特に俺の声は外部に聞かれるとまずいんだからな」

「……へーいっす」

「……お前も都合上、幼い声を出してくれよ。腹から声出せ」

「分かったよ。お兄ちゃん」

「……やれば出来るじゃねえか」


 そんなふざけたやり取りをしているのは、あるコンテナの中だった。

 風雲城に行く手段として、俺は二つ提案した。


 一つは、風雲城を打ち落として内部に入る。


 当然、墜落によって中にいるであろう攫われた幼女たちが犠牲になる可能性もあるため、こちらの方策は却下された。


 そこで二つ目の――『元々幼女達を運ぶ方法に紛れて侵入する』という方策だ。


 ドンピシャ子達は「食糧庫に幼女を集めろ」という指示を受けていたので、そこから風雲城まで幼女達を運ぶ手段が必ずあるはずである。

 案の定、食糧庫には中身が何もないコンテナが幾つか存在していた。あたかもそこに入ってくださいと言わんばかりだったが、やすみちゃんが調べるとドンピシャ子以外でまさにそのような指示をされた人がいたという。合わせて、それを外の特定の位置に運び込むように指示された人も。


 なので部隊の大半をコンテナ内に待機させることにした。フェイクとしてある程度の聞き分けの良い幼女を含んでおき、そのまま浮遊城に運んでもらう。

 そういう状態なのだから、コンテナ内から大人の声がしてはいけない。ましてや女性しかいないこの世界で男の声がする訳には尚更いかないのだ。

 ――そういえば『男』って口にしても問題ではないが『女』という言い方だと何だか見下している感じになってしまう気がする。それは俺が男だからだろうか。女性目線だと『男』って言うと高飛車な感じになるのだろう。だから委員長キャラも「ちょっと男~」とは言わないのだろうな。関係ないか。

 そんなどうでもいいことを考えていた所で、


「……動き始めたぞ」


 やすみちゃんが幼い声でそう言う。なかなかのものだ。


「武士語幼女萌え~……とか思っているんすよね?」

「……」

「なぜ黙っているんすか!」


 さっきも言った通り、男声が聞こえたらおかしいのだ。ましてや今は動き出したタイミングであって、外に誰かいるのは確実である。ツッコミなどしている余裕はない。

 やがて三〇分くらい経った所で微小な揺れが収まった。どうやらコンテナが止まったようだ。その間ずっと言われもないことで姫子に責められていた。くそう。思わず能力を使いそうになったじゃないか。

 そんな怒りの気持ちを押さえつつ耳を澄ませると、外から、こんこん、と叩かれる音がして誰かが覗き込んできた。


「とうっ」


 すかさず姫子が幼女ボイスのままの掛け声と共に、影から手刀を食らわせた。うまい。これならばふざけた子供がダメージを負わせたように思われるだろう。初手としては完璧である。

「どうしたの?」と次々と外から入ってくるが、姫子が次々と倒していく。「ははははははっ!」と幼女ボイスで高笑いしながら。器用な奴だな。

 そこまでしたら相手も当然異常に気が付くだろう。周囲を取り囲む気配がしてきた。


「よし! 行くぞ!」


 やすみちゃんの号令で一斉に大人達が剣を抜いて外に飛び出す。その後ろについていく形で俺も外に出る。

 倉庫のような大きな空間であった。幾つかコンテナが点在している。


 そしてそこには、ビキニのお姉さんがいた。


 中にはビキニのおばあさんもいたが、目を瞑ろう。

 見なかったことにするのも時には大切である。

 あれは透明人間だ。

 見えない見えない。


「何を葛藤しているっすか!」

「……ああ、姫子がヒロインに思えて来たよ」

「今更っすか!」

「何事か、救世主殿!」

「ヒロインやっぱこっちだわ」

「熱い掌返しっすね!」

「二人共! なんでそんなに悠長なのだ!」


 敵の攻撃を捌きながら声を飛ばしてくる。こちらの被害はまだないようだ。流石、やすみちゃんの精鋭部隊である。だが、いずれは犠牲者も出てしまうだろう。

 その前に――


「佐藤――『』」


 対象は、風雲城に所属している人間。


「『降参しろ』」


 ドッ、という地面にぶつかる音。頭が当たる音。

 カランカランという金属音。相手が持っていた得物の音だ。

 戦闘中だったビキニの彼女達は全員、地に伏した。

 ついでに姫子も土下座していた。対象から外していたはずなのに何故だ?

 そんな彼女はその体制のまま感心の声を上げてくる。


「はえー。すげー効果っすね。というかそれ、自分で名前を言っても通じるんすね。しかも他の人を巻き込んで自分には通用しない、っていうチートっぷり」

「他の人の巻き込みと自分が土下座しないことは、モノローグで伏線は張っておいたはずだぞ」

「そんな細かいものは見逃す主義なんすよ」


 感心する声をあげる姫子。

 対称に言葉を失う、やすみちゃんの部隊。

 それはそうだろう。いきなり剣を交えていた相手が唐突に頭を垂らして武器を投げ出したのだから。


「やすみちゃん。今の内に敵の後ろ手を縄で縛って」

「あ、ああ」


 放心している彼女に指示をする。これは能力を使う必要はないだろう。


「あ、ついでに負傷者がいないか確認してもらえない。敵も含めて」

「んん? 構わないが……」


 この指示には戸惑いを見せるやすみちゃんだが、理由を訊ねることもなく部隊に命令を下してくれた。

 代わりに姫子が疑問を口にしてくる。


「どうして敵までっすか?」

「敵の中に他の所から無理矢理連れてかれた人がいるかもしれないじゃないか。その人達まで犠牲にしたら後味悪いじゃないか」

「それでも、覚悟があってやっていることではないっすかね。敵陣にいて戦う、ってのは。少なくとも私が見た限りは嫌々戦っている人はいなかったっすよ」

「んー」


 俺は少し思考した後、正直に話すことにした。


「あのな。理由を付けたんだが、実は単純に俺が人が傷つく好きじゃないからなんだよ。だったら先に今の手段で無力化させろ、って話だろうけど、でも、彼女達の戦いがどういうものなのかは見ておきたかったんだ」

「結果は?」

「本気の殺し合いだった」


 女性だけの戦国時代と聞いて、ぬるい戦いを想像していた。

 だが実際はお互い刃を向け、本気で殺し合いをしていた。

 この世界は、こういう世界なのだ。


「だからこれからは本気で行くよ。冗談なしで、止める」


 そう告げて、俺はやすみちゃんの元に向かう。


「ねえ、やすみちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど」

「何だ、救世主殿?」

「俺を最前線に置かせてくれないか?」

「……何故だ?」


 やすみちゃんの眉間に皺が寄る。


「救世主殿は切り札だ。先程の妙な術といい、前線に置く必要はない」

「それでも、最前線に置いてほしいんだ」

「駄目だ」


 頑なに首を横に振るやすみちゃん。


「頼む。無理矢理従わせたくないんだ。お願いを聞いてくれ」

「……理由を問おう」

「誰の犠牲もなくこの戦いを終わらせるためだ」

「それは敵も含めてか?」

「ああ」

「もう一度問おう。何故だ? 我が軍の味方ではないのか?」

「俺はやすみちゃんの味方だよ。だけど――」


 そこで一度言葉を区切り、俺はハッキリとこう言ってやる。


「俺は姫子に『この世界を救ってくれ』と言われた。この世界の中には勿論『風雲城の人間』も含まれているんだよ」

「これは戦闘だぞ」

「分かっている。だからやすみちゃん達は相手を殺すつもりでやってもらっていい。俺は攻撃を妨害したりとか君達の敵になるようなことはしない」


 俺は胸を張って宣言する。


「目の前の敵は、その前に全員無力化させるから」

「……」


 やすみちゃんは悩む仕草を見せる。

 数秒後。


「……全く。救世主殿は仕方ないな」


 やすみちゃんは微笑をたたえる。


「分かった。救世主殿を信じよう。だが決して無理をしないでほしい。危ない場面には我が前に出るぞ」

「分かった。だけどそんなことはさせないからね」

「うむ。信じておる」


 俺とやすみちゃんは見つめ合う。

 やはり綺麗な顔をしている。精悍さも携えており、まさに「強い女子」といった様子である。

 そして時が経つごとに、やすみちゃんの顔が赤くなる。うぶだな。可愛いな。


「ちょっと待ってくださいっす! なんか最終決戦前のヒロインとの場面っぽくないっすか!」

「場面っぽいも何も、その通りだよ」

「むきーっ! 何でそうなるんすか! 今にもチューしそうな雰囲気で!」

「ちゅー? ちゅーとは何だ?」

「接吻のことっす!」

「なっ! 何故分かっ……むぐっ」


 急いで自分の口を塞ぐやすみちゃん。その顔は、心配になるほどに紅潮する。


「するつもりだったんすか!」

「い、いやそんなことないっすよ!」

「やすみちゃん。口調が移っているよ」

「私のキャラまで奪う気っすか! どこまで強欲なんすか!」

「す、すまぬ。そんなつもりは……」

「そこで悪女系にシフトしてくれればまだこっちが立つ可能性があったのに、素直に謝ると言う自分を上げる行為にするとか、色々私に対して潰すとはひどいっす!」

「どうすればよいのだ……」

「放っておけばいいと思うよ。――さて」


 拳を自分の掌に打ち付けて、内部に続いていると思われる方向に視線を向ける。


「すぐに終わらせるか」

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