第5話 俺の小学四年生時代

 小学校四年生の時。

 俺はまたしても危機に瀕していた。

 宿題で書かされた読書感想文が、賞を取ってしまったのだ。

 小学校に入って以来、目立たないようにわざと平均点付近を狙っていた(そのために猛勉強や運動もしている。正直、人から見たら無駄な努力だと思われるかもしれないが……)のだが、読書感想文はその判断を違えたらしい。

 結果として、全校朝会で表彰される羽目となってしまった。

 他の受賞者と共に、俺は壇上の傍で待機している。

 ここで校長から名前を呼ばれるのだ。

 全校生徒の前で。

 どうなるかなんてことは予想がついている。教室とは違って校長の点呼を途中で妨げる程の声量を出すには恥ずかしいし、状況的にもおかしいだろうから、遮る方法など無い状態だった。

 もう、腹を括るしかないのだ。


『では、次に四年一組、佐藤――』



「『』」



 直後、校長を始めとした体育館内の人間すべてが地に頭を付けた。

 異様な空間。

 しかも全校生徒に禍根を残す形となってしまった。


「……さすがにこのことについては忘れてほしいな」


 圧倒的な光景に、そう願望を漏らしてしまった。

 すると――


『はい。おめでとう』

「え?」


 何事もなかったかのように、校長が俺に賞状を手渡してきた。気が付くと、皆も頭を上げて平然としている。数秒前には全ての頭が地についていたということが、嘘だったかのように。


「……ありがとうございます」


 拍手を浴びつつ賞状を受け取る俺の頭の中は、疑問で埋め尽くされていた。

 今までならば、平伏したことに関して、何らかの反応を見せていた。記憶自体は残っているはずなのだ。現に、一年生の時に教室内で同様のことが起こった際、先生は土下座したことを覚えていて、俺に対する態度がぎこちなかった。クラスメイトも同様に、少し距離を置かれてしまった。とても悲しかった。

 だからこの状況は良いことではある。……のだが、やっぱり不可思議である。気になる。

 であれば、今までと違う所で思い当たるのは――


(……俺が直後に、忘れてほしいと呟いたから?)


 でもそれが何だというのか。


 当時の俺はそこで思考が停止して判断が出来ず、首を傾げながら壇上を降りて行った。

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