第21話 俺のおかげで一件落着……のはずが……

 ――再回想。



「ぐふふ……あ、あの……お、お嬢ちゃん……こっち来ないかい……?」

「え……い、いやです……」

「はぁはぁ……風雲城は今、働く人を募集中なんだよ……ちゃんとお給料も払うから来てくれないかい……?」

「あの……とってもみりょくてきなはなしですけど……こんかいは『えんがなかった』ということで……」

「幼女なのに難しい言葉知っているね……でも、言うこと聞かない子は……連れていっちゃおうねえ……」

「いやああああああああああ!」


    ◆



「……という訳なので、仕方なかったんです」

「完全にさっきと行動が同じだよね! だよね!」

「いやあ、やすみちゃんがいてくれて助かるなあ」

「そうっすね。おかげでボケキャラが輝くっすよ」

「お主らああああああ!」


 やすみちゃんが吠える。

 その横でタケシ君は表情を引き締めて、冬香に語り掛ける。


「つまり、人手不足を補おうとしたら拒否されたので、焦って誘拐をしてしまった。で、後に引けなくなったから、同様に脅すやり方で人員補充をしていた、ってことか」

「その通りです……」

「おー、今ので読み取ったのか。すげえな」

「当たり前だよ、佐藤君。この一年間、僕は彼女と過ごしてきたんだ。これくらいのことが判らなくてどうするんだ、って思うよ」


 タケシ君はにこやかにそう言うが、普通は分からない。というか、いい方に微妙に話を修正している。

 そこから長年の俺の積み重ねから、一つの結論を出す。


 タケシ君は全裸を好いている。


 言い方に語弊が多々ある気がするが、事実だろうから訂正しない。


「よし、分かった。悪いのは完全にこっちだ」


 パンと手を付き、タケシ君はやすみちゃんに向く。


「城主として謝罪させてほしい。本当にごめんなさい」


 土下座。

 きれいな土下座だった。

 多分、逆側にいる人には、食い込んだ海パンが強調するプリ尻を見せつけられているのであろう。――完全に余計なことを言った。想像してしまった人には謝りたい気持ちでいっぱいだ。謝ったらややこしくなるから謝らないけど。


「む、むう……まあ、こちらは被害が結果的に無かったから、問題はないのだが……」


 やすみちゃんが難しい顔をする。確かに、ここまで攻め入ったが、首謀者に頭を下げられればそこで話は済んでしまうことでもある。

 相手が全面的に非を認め、戦う姿勢を見せないのだ。

 ここで物語は終了である。


「……うん。謝ってくれるのならば、いいよ」

「ありがとう。これからは絶対にそういうことをさせないようにする。そして、他の城主たちにもこれから誘拐した人々の返還と謝罪に向かうよ」

「うむ。それであれば問題は無い――」

「ちょっと待ったっす!」


 収束しようとした空気を、わざと止めた奴がいた。

 姫子だ。


「やすみちゃんどうしてここで終わるっすか! 相手は誘拐犯っすよ! 報復成敗お仕置きをしないんすか!」

「いや、だって謝っているし、もうしないって言っているし」

「甘い。甘いっす。この場だけの嘘かもしれないじゃないっすか!」

「そんなことしない。僕の命に掛けても約束は守るよ」

「存在薄い奴の命にどんな価値があるんすか! ぺっ」

「おいこら! そこのいかれた女ぁっ! 今、タケシ様になんっつったぁ!」


 冬香が切れた。


「存在が薄いっつったんすよ! 何が間違っているんすか?」

「てめえ! 言っていいことと悪いことがあるだろ!」

「やーい。お前の城主、影薄いっすー」

「ぐぬぬ……許せん……」

「いきなり何ケンカ売ってんだよ、姫子」


 俺は姫子の首根っこを掴む。


「だってだってっすよぉぉぉぉ」

「何泣いてんだよ。情緒不安定すぎるだろ」

「私がヒロインの物語なのに最後は戦闘なしで話し合いで解決とかどういうことっすか! これからアクションぐりぐり動く所だったのにっす!」

「あー」


 何となく分かった。

 確かに、ラスボスであったタケシ君との決着は話し合いで済んでしまった。展開として物足りないのは間違いない。


「でも平和的に解決できたから、グッドエンドじゃないか」

「いやいや! そこは最終決戦らしく戦ってくださいっす!」

「無茶言うな。もう戦う必要なんてないだろ?」


 ライバルに向かって言うようなセリフを、全くシチュエーションが異なる状況で口にする。おお、そうか。姫子はライバルなのか。何のだろうか。


「そんな! まだアッキーの能力全てを説明しきれていないのに! その利点も弱点もっす! 戦いの中で明かしていくはずだったのにっす!」

「勝手にシナリオ作るなよ」

「能力?」


 タケシ君が首を傾げている。


「ああ、うん。そこの冬香さんと同じ感じで、俺も特殊な能力を持っているんだよ」

「どんな能力なの?」

「名前を呼ばれると、相手を強制的に土下座させて、一つ何でも命令を聞かせられるっていう能力」

「……それってなんか覚えがあるような……」

「それはそうだろう。タケシ君。君のその影の薄さは、俺の能力のせいでなったのだから」

「えっ……?」


 俺は頭を下げる。


「ごめん。幼い頃に能力を抑えきれなくて、自分の存在感が増す反面、思わぬ副作用で君の存在を薄くしてしまった」

「そうだったんだ……」


 少し考え込む所作を見せたタケシ君はやがて首を一度縦に振り、


「……うん。分かった。許すよ」

「何でですか!」


 叫び声が割り込んでくる。

 冬香だ。


「こいつはタケシ様の存在を薄くさせた張本人! 何で怒らないのですか!」

「わざとじゃないらしいからね。それに……」


 目を瞑り、タケシ君は滔々と語る。


「確かに存在が薄いことでかなりひどい目にあったよ。親にも認識されにくくなり、信号が無い交差点では車が停止してくれることは無い、声を出さないと気が付いてもらえないのに余計な所では察せられるという厄介な体質だった」

「……エロいことをしようとしたんすね?」

「しっ。今いいこと言っているんだから黙っておけ」


 小声で話し掛けてくる姫子の唇に人差し指を当てる。

 タケシ君の行動も仕方ないゃないか。男の子なんだから当然そういうの考えるし実行したくなるものだ。誰がタケシ君の行動を責められようか。いや、責められる。犯罪だし。口ぶりから未遂だろうけど。……というか言葉の節で捕えただけで具体的な行動を述べていないから犯罪とは限らないだろうけど、でも覗きや女風呂侵入くらいのものだろう。後でこっそり聞いておこう。

 ――なんて禄でもない思考をしている間も、タケシ君は語りを続けている。


「でもね。そんな僕の体質も、悪いことだけじゃなかったんだって、ようやく分かったんだ。この世界に来てね」

「それは一体……」


「君を見つけられたことだよ」

「……ッ」


「あ、これ、口説いているっすね」

「冬香の方から、きゅーん、って効果音が聞こえたな」

「小学生に頃からこんなたらしだったんすか?」

「いや、どうも印象が薄くて覚えていないんだ」

「ですっすよねー」

「おい、顔が真っ赤になっているぞ。流石に話を真面目に訊いてあげようよ」


 やすみちゃんの言うことならば仕方がない。俺達は黙って二人の様子を見届けるにする。

 こほん、と一息をついて、タケシ君は言葉を紡ぐ。


「君の存在を消すことが出来る能力について、何故か僕だけには姿が見えるのは分かるでしょ。それって、きっと存在の薄さからの思わぬ副産物なのだろうと思うんだ。正確な所は分からないけれどね。だから、こういう体質でなければもしかしたら君を見つけられなかったかもしれない。だから――ボクは彼を許すんだよ」

「タケシ様……」

「君と会えたことは、今までの不幸を全部ひっくり返すほどのよいことだったんだよ」


 あたりが何ともいえない桃色の空間に染まっていく。何これ。黙っているの滅茶苦茶きついんですけれど。隣の姫子も喉を掻き毟っている。


「痒いか?」

「物凄く」

「分かる。俺もこういうの駄目になったな」

「大人になるって残酷っすね」

「……あ、そうだそうだ」


 俺達の囁き声が聞こえたのか、はたまた自分自身も耐えられなくなったのか、タケシ君はこちらに向かって声を掛けてくる。


「佐藤君の能力について詳しく教えてくれないかな? 何でも、ってどんなことでも出来るの?」

「あ、ああ。答えようか」


 気恥ずかしさから解放されたことにホッとしつつ、改めて紹介する。


「先に言うが、何でもではない。無理だと思うものは出来ないんだよ」

「でも結構万能に使えるんだよね。ずるいなあ」

「いや、弱点はあるぞ。さっき言ったけど、意識しないとそこら辺に能力をばらまくし、その他にも、例えば……」


 少し姫子から離れた位置に立ち、


「姫子。俺のフルネーム呼びながら飛び込んできてくれないか。抱き止めるから」

「はいよろこんでっす! 佐藤さん」

「『』」


 まっすぐに飛んでくる姫子をすっと避ける。姫子は着地と同時に頭を下に着ける。そして小さくある言葉を告げた後、タケシ君に「ほらね」と示す。


「土下座をするのは出来る体制が整った後なんだ。だから突然重力に逆らって土下座をするわけでもないんだ。言うなれば重力には勝てないって所だね」

「それって別に大した弱点じゃないんじゃないのかい?」

「あとは俺が認識できない相手には効かないってのもあるな。だから実際、タケシ君や冬香さんは天敵なんだよ」

「目で見えないと駄目なの?」

「認識できないと駄目だ」

「? 何が違うの?」

「んー、言葉で説明するの難しいな。何となくフィーリングで悟ってくれ」

「何でペラペラしゃべっているんすか!」


 土下座から立ち上がり、姫子が文句を言ってくる。


「弱点を語るとかもう完全に私の望む展開をさせない気満々じゃないっすか! っていうか何で言う必要があるんすか!」

「いやあ。雰囲気で」

「ふ・い・ん・き、ってなんすか!」

「怒るなよ。っていうか間違っているし」


 わざとだろうけど。


「ああもう! 今まで張っていた伏線とか全部台無しじゃないっすか!」

「伏線? そんなのあったっけ?」

「アッキーが敵のみ平伏させていたのに、一緒についてきていた冬香さんは何事もなかったじゃないっすか! 認識していない人に効かない伏線は他にも、影に隠れている人達を命令していたのは飛び出した後だったことがあるっすよ!」

「あー、そういえばそうだったな。っていうか、冬香さんはずっと付いてきていたのか?」

「あっ……」

「ええ。コンテナの中からですけれど」

「ということは……私の城に侵入していたのか?」


 目を見開くやすみちゃんに、冬香は首を縦に動かす。


「他国からの荷物に紛れて侵入するというのが私の手段です。大変申し訳ありませんでした」

「いや、さっき謝ってもらったからそれはいいのだが……いやはや、気が付かなかった」


 能力を使って撮影したのも彼女だろう。そこからついてきていたっていうのは必然的に考えられるだろう。今の今まで気が付かなかった。


「おし。これですべて解決した。一件落着だな」

「まだっす! まだ伏線はあるっすよ!」

「何だよ。そろそろエピローグに入る所だぞ」

「メタいっす! メタメタ!」

「姫子に言われたくないよ。」

「最大の謎! タケシさんがこの世界にどうやってきたのかってのが残っているっすよ!」


 確かにそうだ。

 タケシ君が突然、この世界にやってきたことについては何の説明もない。


「だが、必要ないだろう。タケシ君は存外、この世界を気に入っているのだから」

「謎を残すのは探偵の名折れっすよ! 解けない謎はないっす!」

「解かなくていい謎はあるだろ」

「! ということは解けているんすね!」


 しまった。

 推測とはいえ当たりが付いていることを悟られてしまった。

 話を逸らすしかない。


「解けているも何も情報が無いだろ。その状態で解けたんだとしたら真犯人しかいないよ」

「じゃあアッキーが犯人っすね」

「何でそうなるんだよ」


 まあ、実際遠因ではあるだろうけれど。

 そう本音を隠していると、タケシ君がうーんと唸る。


「僕がここに来たのってさっきも話した通り一年前なんだけど、その時、突然荒野に放り出されていた所を冬香に拾われたのが、この城に常駐しているきっかけなんだよね」

「本当にいきなりだったんすか?」

「うん。確かあの時は、部屋の掃除をして予想以上に疲れていつの間に寝てしまって、起きたらこんな世界、っていう感じだったよ」


 やめろ。


「じゃあパジャマのまんまとかだったんすか?」

「いや、さっきも言ったけど部屋の掃除をしていたんで、その……軽装だったんだ」

「ん? 言い澱んだっすね? ……ハッ! まさか!」

「……そうだよ。冬香が脱ぐようになったのは僕のこの時の恰好のせいだよ! パンツ一丁だったからだよ!」


 やめろ。その情報は別に聞きたくなかった。


「その周囲にあった雑誌もまずかったんだよ。肌色多めでさ……」

「雑誌が傍に置いてあったんすか?」


 やめろ。


「ああ。ちょうどこっちの世界に移動してくる時の夜に捨てようと思ってまとめていた雑誌が周辺に合ったんだ。僕、だらしないから服とかは床に散らかしていたんだけど、それらは無かったんだけどね」

「服は無くって雑誌と一緒にこの世界に……っすか……?」


 ……何でだよ。


「うん」

「それってもしかして……あろは荒野にっすか……?」

「いや、名前は分からないんだけど……」

「あろは荒野です。一年前、タケシ様が倒れていらっしゃったのは」

「あ、そうなんだ。じゃあそうだよ」

「……」


 あーあ。

 だから追及するの止めたのに。


 どうして――


「それじゃあ次行きましょうっす」

「待て。お前何か隠しているな」

「ななななななななななにも隠していないっすすすすすすよよよよお」

「嘘をつくな。身体が嘘だと言っている」

「……どういうことなの?」


 冬香の追及に汗をだらだら流している姫子に、タケシ君は疑問を投げかける。

 さて、ここまで来たらネタばらしをするか。


「こいつは時々、俺達の世界のゴミ捨て場からこの世界に漫画とか雑誌とか空間転移してたんだよ。で、いらないのを荒野に捨てていた」

「捨てていたってのは語弊があるっす! 選別して未来ある若者に新しい芽を吹きださせていただけっす! 百合系ばかりのを選んで!」

「と、いうわけだ」

「あっ……」

「諦めろ。少なくてもタケシ君に対する罪をここで洗い流せ」

「待って……あの時……幽かに記憶が……」


 タケシ君が肩を震わせながら額に手を当てる。その指の隙間から目が飛び出さんばかりに開かれていることが判る。


「母さん……掃除……うっ……」

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