第7話 俺の日常
五月。
ゴールデンウィークという長い休みを終え、学校に来る足取りも重い人が比較的に多くなる。同時に、新入生の間でコミュニティ形成が固まりつつある時期でもある。
そんな中、俺はこの能力のせいで、今は一人ぼっちで――
「よう、アッキー。休みの間、元気してたか?」
……とはならず。
そう声を掛けてくる爽やかスポーツマンは、
「ああ。あまりに元気すぎて異世界を救ってきた所だ」
「ほう、じゃあそれなりに充実した休みだったんだな」
「まあな」
――この通り、能力は発動していない。
その理由は単純明快。
名前で呼ばれなければ、俺の能力は発動しないのだ。
だから仲の良い人からは『アッキー』というあだ名で呼ばれている。
それ以外の人からは、というと……
「あのー、佐藤明君はいますか――」
「『俺だ』」
途端に、教室の外から俺に声を掛けてきた他クラスであろう女子はその場に平伏する。
周囲はそんな彼女の様子に驚きを見せ、こちらに視線を向けてくる。
そんな中、俺は平然と彼女に声を掛ける。
「まあ、『冗談はそこまでにしてね』。――で、どうしたの?」
「あ、うん。委員会の話なんだけど……」
彼女は何事もなかったかのように会話を続け、周囲の人間も再び雑談に花を咲かせる。
――さて、お分かりいただけただろうか。
ここでは二点、今までとは違う、新たな真実がある。
一つ。
【平伏させる対象は、名前を呼んだ人のみに絞ることが可能である】。
今までであれば、周囲の人間も俺に対して頭頂部を見せていただろう。だが、今回その行動をしたのは彼女だけである。
……まあ、意識したら出来るようになっただけなのだけど。
しかし、ミニマムは判断出来たのだが、マックスでどこまでの範囲まで能力が及ぶかは、未だに把握出来ていなかった。経験則から、同じ空間内であれば小学校の全生徒くらいの人数は能力適用範囲だとは思うのだが……実証も出来なかったし、曖昧なまままでも問題はなさそうだったので放置しておいた。
さて、では二つ目。
俺の名前が呼ばれた。
能力によって相手が頭を地に着けた。
にも関わらず、皆は何事もなかったかのように――まるで、冗談であったかのように、この現象をスルーした。
先程の俺の「冗談はそこまでにして」という言葉の通り。
ここまで言えば、流石に分かるであろう。
【『俺だ』と述べた直後の言葉は、平伏した全員に強制力を発揮する】。
回りくどい言い方だが、要するに、能力発動直後、命令することが出来るということだ。だからこそ、あの小学四年生の時に体育館内の人々は、俺の「忘れてほしい」という命令を聞いてあのような反応を見せたのだった。
しかし命令と言ってもなんでも出来る訳ではなく、例えば「片足立ちをしろ」と言えば、自分が出来る限りの時間のみしか片足立ちはせず、物理法則は乱さない。そしてバランスを崩した瞬間に「片足立ちをしろ」という命令は無くなる。
他の制約としては、無茶だと思う命令は出来ない、ということがある。例えば「天井を走れ」と命令しても、無茶だと思ってしまったら天井を走る前に命令をキャンセルされる。走ろうとして落ちて正気に戻る、ということではなく、明確な無理だと判断されたら実行すらされない。
因みに、それらの実験は全て自分に対して行った。意識すれば自分にすらこの能力は適用されるのだ。
さて、そんな伏線のようなものを置いて、話は教室内に戻る。
「じゃあ、よろしくね」
「了解」
教室を去る彼女の後姿に手を振ると、晴彦がにやにやとした顔で頬をつついてくる。
「お前は本当にモテるなあ。羨ましいぜ」
「ただの委員会の話でどこにそんな要素がある? まさか、女子と話しただけでそう言ったんじゃないだろうな?」
「うっ……」
どうやら図星だったようで、晴彦は言葉に詰まる。
「い、いいじゃねえか。羨ましくて仕方ないんだからさ」
「ユースからの声も掛かった程のサッカー少年のお前がモテないわけないだろ。嫌味か」
「嫌味じゃねえよ。今はそんなスペック持っててもモテないの。サッカー部だからモテるとかいう幻想は捨てろ。二次元にしかねえよ」
それを抜きにしても晴彦は、顔は整っているし性格も悪くないからモテるに決まっているのにな――と口にしそうになったが、ギリギリで発声を止める。変な勘違いをされそうで怖いから。男色的な意味で。
「ってか、持っててもモテないとか『モテ』を掛けた大喜利か? わー、おもしろいおもしろい」
「ぐっ……たまたまだったのを、ドヤ顔でこっちが言ったかのように言いやがって……」
「ドヤ」
「腹が立つな、おい! チクショー、お前なんか帰り道に空から降ってきた隕石に当たっちまえ!」
「全く脈絡がないな」
「……はっ! だがアッキーなら美少女が降ってくるかもしれん。それはずるい!」
「全く現実性もないな」
「仮に落ちてきたら最初にどうする?」
「逃げるだろ。普通に」
「ばっかだなあ」
晴彦は鼻を鳴らす。
「その瞬間に右手と左手を上部にロックオンして、胸を掴むに決まっているだろ! ラッキースケベ狙いに!」
「それがモテない要素じゃないのか?」
「おいおい、そこは『貧乳だったらどうするよ?』だろうが。まあ、揉むけどな」
「どんどん女子からの株が下がっていくな」
「せんせー、どうやったら女の子のおっぱいを揉むことが出来るんですか?」
「知らん。揉んだことないし」
「嘘だ! むしろ揉んでくださいとかやられそうじゃないか!」
出来るけど、それは流石に自重する。思春期だから当然考える。頑張って自制しているのだ。
「ていうか、普通に彼女作って、ステップ踏めば揉めるんじゃないのか?」
「そのファーストステップが難しいんだよ。はあーおっぱいおっぱい」
「音頭を取るな」
とはいえ、ここまでおっぱいおっぱいと言っているにも関わらず女子から嫌われていないというのは、やっぱりイケメン故か。許すまじ、イケメン。俺はそうならないようにイメージ作っているのに。
……いかんいかん。俺が嫉妬すると、本当にろくな方向にかないからな。自重しないと。
そんな俺に構わず、晴彦は続ける。
「で、結局どうやったらおっぱい揉めるんだ?」
「彼女を作ればいいんじゃないのかしら?」
「それはさっきも聞い――うおっほい!」
晴彦が跳ね上がる。
「やあ、彼方」
俺は彼の後ろ側に立つ、肩口に揃えたショートボブの女子に声を掛ける。
整った顔立ちにスラッとした長身、ならびに見惚れるようなスタイルの良さがあることと、さらにあまり感情を露わにせず落ち着いた様子を常日頃から見せているため、安易に近づくことさえ躊躇われる。
だが彼女と俺は親しい。
何故か。
それは晴彦が俺の親友だからである。
「やっほー、アッキー。それにハル」
「お、おう……」
晴彦は気まずそうに頬を掻くが、これは多分、姉にエロ本を見ている所を目撃されたのと同じ心境だろう。
晴彦と彼方は幼馴染であり、家も隣で親同士も仲がいいらしい。何それ。羨ましい。
……で、ここからが厄介。
彼方は晴彦のことが好きであり、俺はよく彼女から相談を受けていた。そのために仲が良い。
対して晴彦はどうかというと……まあ「男子って子供よねー」ってことだ。恋愛要素を自覚していない。というか、無為に考えないようにしているように見える。
それで挙句の果てに、彼方が俺のことが好きだと勘違いしている。
きついよね、この謎トライアングラー。俺に矢印向いていないのに。
「ねえ、アッキーとハルは何を話していたの?」
「晴彦に聞いてくれ」
「なっ! お、お前、裏切ったなあ!」
「何を裏切ったの?」
晴彦の目を覗き込む彼方。傍から見たらキスしているように見える。
「おおおおおおお前! アッキーが見ているキャー」
「何を言っているの? で、結局なんだったの、アッキー?」
呆れたように眉を潜め、彼方はこちらに問い掛けてくる。
「さっきまで、晴彦がおっぱいおっぱい言っていたんだよ」
「なっ……」
「ふうん」
彼方の反応に、声を出さず口をパクパクとさせる晴彦。
そして、彼に見えないようにVサインを俺に見せてくる彼方。
……うん。だってお前、胸大きいからな。だからお前の指示通り、こいつを洗脳しておいたよ。見てよ成果。すごいだろ。
「ち、違うんだ彼方。こ、これは……」
「何を言い訳する必要があるの? おっぱい好きなんでしょ?」
「う、うう……」
何この一八禁ゲームにありそうなこと。やったことないけど。でも爆発すればいいとは素直に思ったよ。さっさとどこかにフケちまえ。
……いけない。また荒ぶってしまった。平常心。へいほー。
そう心を整えたところでチャイムが鳴り、先生が教室に入ってくる。晴彦は逃げるように席に戻り、少し悔しそうな顔で彼方も自分の席に向かう。
それを見送った後、ふと視線を窓の外に向ける。
今日は快晴。
空から何も零れ落ちる気配はない。
――この時の俺は微塵にも思っていなかった。
こんな空にも関わらず、俺の身に降りかかってくるものがあるとは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます