17.

 ラウル隊との遭遇戦によりレック隊は3名が負傷、うち1名が瀕死の重体となった。

 レックはただちに後退を指示した。森を脱し、態勢を整える。彼らの装備する〈銃〉は、前装式で火打石を落とすことで黒色火薬に点火し弾丸を射出する。一度撃てば習熟したものでも装填には20秒はかかる。敵と十分に距離が離れているならともかく、会敵時はわずか2~3歩の距離。反射的に撃つことになり狙いも不正確。倒せたのはせいぜい敵の半分にも満たない。

 レックは両手で二本の舶刀カトラスを抜いた。追撃してくるであろう敵を迎え撃つためだ。時間を稼ぎ、後方で部下に〈銃〉の装填作業をさせる。

 追撃は来ない。だが、戦闘音は聞こえる。術兵の火球魔術、悲鳴、倒れる音。おそらくは「増援」が来たのだ。

 すぐにレックの関心は重体で倒れ伏せる部下――ジェストに移る。火球の直撃による激しい火傷。呼吸も荒い。適切な治療がなければ絶命は時間の問題に思えた。

「お、お頭ぁ……」声を出すのもやっとという様子だ。「へへ、お頭に拾われて、海賊なんてやって、気づいたら今度は軍隊みたいなことして、……なんにせよいつかこうなるとは思ってましたが、まあ、楽しかったですよ」

「おいおい、それっぽい台詞で雰囲気をつくるな。別に死ぬわけじゃねえ」

 レックは無理に笑いながらそう答えた。

 こんなことなら、治癒魔術の一つでも習得しておけばよかったと思う。

 が、魔術には適正というものがある。一つの魔術に極端な才能を発揮するものもいれば、広く浅く器用貧乏になりがちなものもいる。なんらかの固有魔術を有するものは前者の傾向が強い。

 レックもまたそうであり、〈偽証看破〉という固有魔術を有するがゆえに他の魔術の習得は困難だった。今はこんな能力など、仲間の言葉が紛れもない真実であることを知ることにしか役に立たないというのに。

 悲壮に浸っている場合ではない。別方向、森の奥からさらなる足音が聞こえた。

 敵か。それにしては、勢いがない。ただゆっくりと歩いてくる。レックは舶刀カトラスを構え、装填を終えた部下たちも〈銃〉を構える。


「ルール・カティア……だな?」

 姿を見せたのは、出発前から何度も見せられた似顔絵の人物。

 長身で、落ち着いた物腰の男。携えるは刀。魔術師としての才能に欠けるレックも、その男を一目見ただけで“本物”だと理解できた。両手に構える舶刀カトラスが、もはや棒きれのように頼りない。

 カティアは周囲を見渡し、状況の理解に努めた。

「怪我人がいるようだな。診せてみろ」

 そういい、平然とレックの横を抜けて歩いていく。

「待て!」冷や汗を流し、震えを抑えながらもレックは男を呼び止める。「なんのつもりだ」

「早くしないと死ぬが、いいのか?」

「診てどうする。お前がなにをするというんだ」

「治癒魔術の心得くらいはある」

 違う。レックが聞きたいのは「治療する」という言葉だ。彼がその言葉を発してさえくれれば、レックはその真偽を知ることができる。だが、仮に嘘だったとしてどうなるのか。治療するふりをして止めを刺すつもりだったら? レックはそれを止められるのか。真意は不明だが治療してもらえるなら願ったりだ。下手に呼び止めて気が変わるのも避けたい。

 だが、だからといって、このまま見過ごすわけにはいかなかった。

「俺たちは敵だ。敵のはずだ。それを助けるのか?」

「君たちは俺にとって敵ではない。敵ではない、が――」カティアは少し考え、なにかに気づく。「なるほど、そういうことか。“俺は今から怪我人を治療する”――これで満足か?」

 嘘はない。彼の言葉には一切嘘はなかった。

 ならば、もはや、レックにカティアを止める理由はどこにもない。

 だが引っかかる。奇妙な物言いだった。まるでこちらの意図を汲むかのように、彼はあえて正確な内容で発言をした。

 嘘はなかった。だが、警戒を完全に解くわけではない。レックはカティアの様子を注視する。

 彼は片膝をつき、ジェストの患部に右手を翳す。術式が発動されると、手のひらから水のような質感の球形が零れ落ちる。〈命の滴〉と呼ばれる治癒魔術だ。雫は患部へ優しく広がり、損傷した器官を咀嚼し再生させ、染み渡っていく。これを数回繰り返すことでみるみるジェストの容体は安定していった。

「これくらいはできる、が、俺も治癒魔術は専門じゃない。このまま安静にしていれば数日で後遺症もなく完治するはずだ」

「すまない。感謝してもしきれねえ。だが、それとは別に俺はあんたをまだ信用するわけにはいかない」

 カティアの真意はまだわからない。レックは武器を下ろすわけにはいかなかった。

「俺の目的を君たちに説明するのは難しい。だが、君相手なら少なくとも敵対の意図はないことは伝わるはずだ」

「どういうことだ?」

「君の固有魔術だ。俺の推測が的外れでなければよいが、先ほど再三俺の意図を確認しようとしてきたのは、俺が信用できないからじゃない。信用に足るための正確な情報が欲しかったからだ」

「だからどういう……!」

「以前にも似た術者と出会ったことがあるのでピンと来ただけだ。それとも、やはり違ったか?」

 血の気が引いていくようだった。単に魔術師としての力量に圧倒的な差があるだけではない。その年季と経験もまた厚みが違いすぎるのだ。固有魔術とは個人の資質に依存し再現性の極めて低いものをいう。ゆえに、普通に生活していれば同じような術者に二人以上出会うことは極めて稀だ。ましてや、固有魔術はその特異性から強みを維持するため能力を隠していることが多い。

 が、長い人生を歩むものなら、長い長い人生を過ごしてきたものなら、固有魔術ですら経験則的に体系化できる。

「さて」カティアは立ち上がり、角帯よりなにかを取り出す。小さな瓶のようだった。

「おい、なにを――」レックの制止など聞かず、カティアは瓶を手から零し、地面に落とした。

 瓶が割れ、中身が弾け出す。それは強烈な魔力波だった。風圧すら感じさせるほどの強烈さで、一瞬のうちに島を覆う三重の魔術障壁のうち二つを消し飛ばし、残る一つも薄くかろうじて形を保つ程度にまで擦り減らした。

「なにをした!」

 さすがにこれには、レックも怒声を上げざるを得なかった。

「準備だ。といっても、それを君たちに説明しても意味はない」

「なんだと」

 あいかわらず嘘はない。だが、「意味はない」とはどういう意味なのか。


「動くな」

 レックから見て右奥。気づけば、戦闘の音は止んでいる。それを終わらせた男が現れた。

 顔は血に塗れ、右手の剣も血に濡れている。左手にはラウルの首を提げ、その男は現れた。

「動くな、ルール・カティア。それが我が主君の命だ」

 第四皇子近衛ロイ・イヴァナス。彼はただ要求と刃のみを向ける。断固たる忠義によってのみ動く彼は、意思疎通など届くはずのない堅牢なる要塞のようであった。


 ***


 六祭祇女はそれぞれ鈍器に偏った武器を手にしている。星球鎚矛、戦斧、連接棍棒、戦鎚、職杖、鮫歯棍棒。いずれも、そのシルエットだけで威圧的だ。

 彼女たちがそれらの武器を手にするのは、腐っても聖職者であるからである。ゆえに殺人は非推奨、できるだけ致死性の低い武器を。ただし、いうまでもなくそれは形骸化した慣習であり、「目の前で死ななければ殺人ではない」「それで死ぬならそこまで」程度の意味しか持っていない。結局のところ、彼女たちに殺人への躊躇は微塵もない。

 そんな彼女たちを前にしながら、第四皇子は奥のドルチェを観察して首を傾げていた。

 なぜあの不意打ちが避けられたのか。彼女はこちらを見ていなかった。気づいている様子もなかった。いや、避けられたというなら気づかれていたのだろう。だがいつ? どうやって?

 そんなことを考えながら、皇子はよそ見をしつつも六祭祇女の攻撃を躱す。棘が頬の寸前をかすめる。鎚が地面を抉る。たまには軽く反撃、柄の底で後頭部を殴るなどする。六祭祇女は皇子の側面に回り込むこともできず、全員が正面に立たされていた。

 ドルチェの持つ未知の固有魔術。その仮説が皇子の脳裏にかすめつつあった。


 リミヤとアズキアは二人で、対角線上にドルチェを囲む。正面にアズキア、背面にリミヤ。騎士団との訓練で何百回とも繰り返した動きだ。そう、すべてはこの本番のために。

 だが、驚くほどそこまでは上手くいった。ドルチェはただにんまりと笑みを浮かべながら、その様子を眺めるだけだった。

 ただ、こうなったからといって即、勝てるわけではない。ドルチェが棒立ちだったのは、多少の小細工でなにか変わるわけでもないという自信の表れにも思えた。

 なにより、彼女は武器を構えていない。

 徒手空拳のまま戦うつもりなのか。そのような魔術師も存在はする。だが、ふつうは武器を持つ。二次魔術の媒介として、あるいは魔術効率の補助のため。

 武器を持つことのデメリットなど基本的にありはしない。武器が持ち込めないような敵地ならともかく、ここは彼らの本拠地ホームのはずだ。

 ならば、彼女はなんなのか。目の前の彼女はなんだというのか。

 驕りか。それとも、他に事情があるのか。いずれにせよ、魔術の世界は例外で満ち溢れている。二人がかりでもまるで隙を見せない彼女に、二人は慎重にならざるを得なかった。


 だが、彼女ドルチェは違う。

 なんの前触れも躊躇いもなく、背後へ振り向き一直線に、リミヤに向けて突っかけていった。

「なっ」

 対複数、ならば一人ずつ叩くのは基本だ。だからといって、それはあまりに思い切りがよすぎた。

 アズキアもその背を追う。正面のリミヤも構える。ドルチェはその寸前で、急速に足を止める。背後に目でもあるかのように、アズキアの剣を最小限の動きで躱す。よれた上体の重心を左脚で支え、回避の動きを回転力へ変え、右足でアズキアの顎を蹴り上げる。

「ぐきっ」

 その反動のまま逆回転、左足を軸にダンサーのように、アズキアの背を押すように蹴りつけた。リミヤに向かって、ぶつかるように。

「アズさん!」

 リミヤは思わず、反射的にアズキアを支える。が、その状態の危うさに気づく。時間にして数秒にも満たないだろう。しかし今確実に、二人同時に一箇所で動きを封じられてしまっている。

 だが、リミヤの恐れた最悪の事態は訪れなかった。ドルチェは少し距離をおいて後ろに手を組み、あいかわらずの笑みを浮かべていた。

「悪い、リミヤ」意識を取り戻し、アズキアは再び敵へ向かい合う。「……舐めてんのか」

 リミヤの目にもそのように見えた。彼女は驕っている。我々を見縊っていると。しかし同時に、本当にそうなのかという違和感もあった。本当にそれだけの理由でこんな戦い方をしているのか。なぜアズキアの攻撃をああまで絶妙なタイミングで躱せたのか。

「アズさん、あの人……なにかある」

「なにか?」

「わからない。でも、私たちを舐めてるわけじゃない」

「ふーん……」


 ――やはり、そんなところか。

 皇子ブエルは、六人の相手を片手間に、ドルチェの様子を眺めていた。ならば一つ、試してみる必要がある。

剣舞劇燮けんぶげきしょう

 それは、万が一にも戦場で将が孤立し敵に包囲された際の、緊急脱出のための技。殺傷力よりも、大軍の敵に対し衝撃力をもって怯ませ、隙を生じるための技。連続で放たれる遠隔斬撃は、確かに意図通りの効果を発揮した。吹き荒れる暴風のような衝撃に六祭祇女はみな防御に徹するしかなかった。

 だが、皇子は逃げるために技を放ったのではない。ある魔術の術式を組み上げるために隙を生む必要があった。剣すらも鞘に納め、両手で高速に複数の術式が描かれていく。威力を最大にまで高めるには、相応の魔力と、相応の時間がかかる。彼は皇家の人間、生まれながらに魔力なら膨大にある。だからこそ、その出力で、その魔術を気軽に発動することができる。

塒彗星とぐろすいせい

 滅びと禍いをもたらす、凪ノ時代より掘り出されし破壊の魔術。単純にして強力。それは眼前に映るものすべてを塵に帰す。六祭祇女も、ドルチェも、無力化し拘束している信者たちも、そしてあの二人も、例外なく許しはない。

 ――むろん、邪魔が入らなければの話だが。

「信じていたよ、止めてくれるとね」

 狙った先は、キールニールの棺。棺自体は無事に済むだろう。しかし、周囲の解除術式は、それを支える鍾柱は、跡形もなく消し飛ぶ。そうなれば、封印を解くという望みは完全に断たれてしまう。ならば、彼女はそれを止めるしかない。

  塒彗星は強力な魔術だ。だが、範囲攻撃であるがゆえに威力が拡散しやすく、適切な障壁の用意が間に合えば防御は比較的容易であるという弱点がある。すなわち、対熱・対衝撃障壁。

 ドルチェは大急ぎで棺と六祭祇女の前に立ち、両腕を掲げて障壁を貼った。

 結果、威力は大幅に軽減。だが、それでもなお皇家の放つ極大破壊魔術。ドルチェの両腕も無事には済まない。両腕に重度のやけどを負ってしまう。

「お姉さま……!」

 祇女の一人が駆け寄り、背後からドルチェに抱き着く。そして、そっと両腕をあてがう。己が肉を分け与える代償治癒魔術。代わりに自身が怪我を負うことになるが、どんな治癒魔術より迅速に効果が表れ、自らが代わりに受けた傷はあとで自己回復で治せばよい。

 そんな様子を、極大魔術を撃った反動で息を整えながら皇子は眺める。

 リミヤとアズキアも、状況の理解が追いつかずにポカンと立ち尽くして眺めるほかなかった。

「さっきの……」

「ああ。下手したらおれたちも死んでたぞ……」

 直接狙われたわけではないにせよ、広場一帯を焦土にしかねなかった魔術。そんな魔術を放った皇子を、アズキアは不敬にも睨みつけた。

「君たち!」皇子は二人に向かって話しかける。「さっきのでドルチェの固有魔術がおおよそわかったよ。そう、つまりだ。彼女は、他者の“心を聴く”。奇襲は一切通用しないというわけだ。いやはや、おそるべき強敵だね」


 ***


 同刻。

 グロウネイシスの島から遥か西の遠洋に、高速で海面を駆ける影があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます