20.

 固有魔術は神からの授かりものだといわれていた。

 術現時代においては、現代よりはるかにその風潮は強かった。

 ルール・カティアは固有魔術と呼べるものを持たなかった。生まれてからも、そして育ってからも、固有魔術と呼べるものを手にすることはなかった。彼は、自分には才能がないのだと思った。ゆえに彼は、汎用魔術を幅広く修得しその精度を高めることで補おうと躍起になった。どれだけの魔術を覚えても、どれだけ魔力を高めても、彼は自らのうちにある劣等感を打ち消せなかった。

 だから彼は、そんな自分が〈17人の英雄〉として名を連ねるのは極めて数奇で、不釣り合いなものだと思った。


 ジェイクリーナス。

 ドルカ討伐の指導者的存在。魔界出身で、地上の視察と外交を目的に訪れたという。国境を越えて集いし英雄たちをまとめあげたのは彼の手腕によるところが大きい。ドルカとの戦いで死亡。


 ニグロ。

 土木工事担当の優しい巨人。活動拠点や要塞の建築を手掛ける。神獣の血を浴びずにいたため、ドルカとの戦いの後、人々に看取られながら寿命で死亡。


 ヴィザー・ジェヴレン。

 龍使い。黄龍、炎龍、刃翼龍など多様な龍を使役し戦場の空を駆ける。豪胆なる戦士。キールニールとの戦いで死亡。


 ハイドロキシ・ネア。

 多重術式によるネア魔術の基礎を考案。深い学識を持ち軍師的立場にあった。キールニールとの戦いで死亡。


 ミハイル。

 シャピアロン魔術師協会の創設者。絵画魔術の使い手であり、年単位で描かれる大作はときに一軍にも匹敵する存在力を有する。キールニールとの戦いで死亡。


 アンナ・フロロフ。

 シャピアロン宮廷魔術師。魔術の体系化を推進し、多くの弟子を育てる。キールニールとの戦いで死亡。


 マンフレッド・アイゼル。

 混乱する諸国を統一しアイゼル皇国を建国。初代皇王。のちに養子であるブランケイストに王位を託し、キールニールとの戦いに挑むが死亡。


 アルラヤ・ユーベリオス。

 千年教の始祖。人種・民族・思想など分け隔てなく傷つくものを癒し続けた聖人。人々を導き、多くの諍いを治めた。キールニールとの戦いで死亡。


 イニア。

 〈言霊支配〉という叡海干渉魔術を持ちながらも、その強大さを自覚し内に秘め濫用を避け続けてきた。意を決し全力でキールニールとの戦いに挑むも、その半身を取り込まれてしまう。


 グレー・スーツ。

 影のような男。


 ドルカという悪を挫くために各国から集いし英雄たちは、その悪を倒したあとも、それぞれの道を歩み歴史の礎として偉業を成し遂げていった。

 一方、ルール・カティアは途方に暮れていた。不死の呪いを受け膨大な時間を得たが、なにをすべきかという明確なビジョンを持てずにいた。ただ各地を放浪し、人々と出会い、魔術を学び、無為に日々を過ごしていた。大弓陸の縦断。大内洋の横断。彼の心は満たされない。遠方より伝え聞くかつての仲間たちの活躍に、彼は喜びよりも歯噛みし、劣等感を覚えていた。

 そして長い年月が経った。ドルカ討伐より二世紀ほどが経ち、さらなる巨悪が出現したことを知った。

 のちにいうキールニール。彼らは再び結集し、彼に挑んだ。かつての英雄は再びその名を歴史に刻む。

 そのはずだった。

 結果は惨敗。不死であったはずの彼らは襤褸雑巾のように引き千切られ、粉微塵になるまで消し飛ばされ、灰すら残らぬほど焼き尽くされ、英雄たちは無残にもその命を散らしていった。

 逃げ延びた二人の臆病者――ルール・カティアとデュメジルを除いて。

 

 ***


「カ、ティ、ア、くーん」

 沈んでいく。

 膨大な質量を持つ魔獣が海へ帰っていく。

 腕を輪切りにされ、首を切断されて、駆動力を失い溶けていく。闇禍邪爪あんかじゃそう――海の魔獣は風化した石灰岩のように、脆く儚く崩れていった。

 沿岸には大量の海鳥の死体が転がっている。いずれも鋭い爪と嘴をもち、殺意を実行するため海を越え渡来してきた。あらかじめ魔術的な改造を施され使役されていた半魔獣。すべては志半ばに撃墜された。

 地は穿たれ切り刻まれ、大岩も砕かれあるいは綺麗に裂かれていた。それらはすべて激戦の痕跡を物語る。もはや夜が明けようとしていたころ、その結果は、彼女の足元に明白に表れていた。


「ほんとにもう、君はホントに、なっさけないなぁ。そんなに弱くて恥ずかしくないの? この400年、君はいったいなにをしてたの?」

 カティアは倒れていた。全身の骨をあらぬ方向に折り曲げられ、皮膚を突き破られ、血に塗れ肉を毟られ、臓腑を地に零していた。通常の人間なら7回は死んでいるほどの損傷。致死量を遥かに超える出血。

 だが、彼は死なない。不死の呪いがゆえに。しかし、立つこともできない。単に極端に「死ににくい」というだけだ。圧倒的な暴力が重なればやがて死に至る。今はただ死なずに済んでいるに過ぎない。

 カティアは、死の淵にいた。

「うーん、そろそろ死にそ?」

 アイダは倒れ伏すカティアを足蹴にしながら、軽く頭を転がす。踵で頬を踏みつける。チリチリと焼け焦げる音が聞こえる。煙が上がり、肉の焦げるにおいがする。ただ踏まれただけで、カティアの頬は焦げていた。

 それは、アイダの体温が極めて高熱であること意味していた。

「あっと、足が滑った!」

 と、右手甲を踵で勢いよく踏み潰す。それは原形を失い、真っ赤な紅葉が地に咲いた。

「でさ、疑問なんだけど、カティアくんは勝てる気でいたの? ちょっと努力して、ちょっと準備して、それで勝てる気でいたの? この私に!」

 散々に蹴る。蹴る。爪先を脇腹に突き刺して、何度も何度も、足指で腸を引きずり出すように、何度も何度抉るように蹴り続ける。それは燃えるように熱い。

 そして、ぴたっと、思い出したように蹴るのをやめる。

「ま、殺さないけどさ。カティアくんみたいなのはさすがに残しておかないとコレスティナ様に悪いしねー。それとも、殺されないのわかってたからダメ元? ダメ元で挑んできた? そういうの、ホントつまんないからやめてほしいんだけど」

 カティアは答えない。答えられるはずもない。もはや息も絶え絶えで、肺にも穴が開いている。700年にも及ぶ人生に幕が下りようとしていた。

 死ぬわけにはいかない。まだ死ぬわけにはいかない。自暴自棄ではない、勝つために挑んだ。この女を斃すまでは、終わるわけにはいかない。

「拍子抜けだなあ。ちょっとびっくりしたけど。ちょっとだけ」

 アイダは最後に、軽く小突くようにカティアの頭を蹴り飛ばす。

「じゃ、もう帰るねー」

 そうして、深いため息をついて去っていった。


 ***


 明朝。

 エンベル東外洋の航海に位置する孤島。第三艦隊の協力を得て、岡島は島へと上陸した。

 静かだった。グロウネイシスは制圧されていた。信者と思しきものたちが術式塔の下で拘束されている。

 だが――妙な胸騒ぎがあった。岡島は森へ入り、島の中心部へ向かった。棺や封印解除の術式があるならそこだと思っていたからだ。

「室長……」

 レグナもまた同様に、不吉な予感を覚えていた。この島は、なにかがおかしい。二人は急ぎ足で森の奥へ向かった。


皇子ブエル……殿下?」

 広場にいたのは皇子。そして近衛ロイ。リミヤとアズキア、レックとその部下。ドルチェと思わしき人物は死亡。細切れの死体が散乱し、首を落とされた祇女の死体も確認。それ以外の4人は無力化。同様に、グロウネイシスは全員拘束され無力化されていた。

 内部犯罪調査室は全員無事。第四皇子もその近衛も無事。この状況だけ見れば完全な勝利に思えた。しかし、その場から漂う重く濁った空気が、決して勝利を確信させなかった。

「いったいなにが……」

 誰もが顔を伏せ、落胆し、打ちひしがれているように見えた。

「殿下! いったいなにが……なにがあったのですか!」

「……岡島か」皇子は力なく、死んだ目で岡島を見た。「わからない。いつの間にか夜が明けていて、それから……」頭を抱え、髪を掻き毟り、半狂乱めいて声を上げた。

「それよりも! そんなことより! 棺が! キールニールの棺が! どこにもないんだ!」

 岡島はそこでようやく、広場にあるはずのものがないことに気づく。鍾柱が二本切断されているが、おそらく封印解除術式だ。ならばその中心には、キールニールの棺が存在するはずなのだ。

「ルール・カティアだ! あの男だ! あの男が! すべてはあの男が!」

 最悪の想定外事態が発生した。岡島はそう理解した。

 ルール・カティアがあの〈17人の英雄〉なら、その立場はどちらかといえば味方になるだろう。

 勝手にそう考えていた。それは楽観的な、酷い思い違いだったのかもしれなかった。彼の正体もその目的も、なに一つわかっていないのだから。

「リミヤ、アズキア、レック。お前たちも同じか」

「……うん。私たちはドルチェと戦っていた。そして、なんとか倒した。怪我しちゃったけど。そのはず。そこまでは覚えてる。だけど……」

「そうなんだよ! おれも気づいたら夜が明けてて、鍾柱が斬られてて、そこ――南の森で、なにか……」

「俺は、北でロイと共にカティアを押さえていた。いや、ロイがカティアを押さえていたのを見ていただけ、というべきかもな。だが同じだ。気づけばカティアは目の前にいなかった」

「申し訳ありません殿下。私は、決して、カティアからは目を離さずにいた――つもりでした」

 彼らの証言は共通して、「気づけば夜が明けていた」という点に集約される。

「カティアを探せ! やつを取り押さえろ! なにかをしたならやつだ! なにかを知っているならやつだ! やつを探せ!」

 皇子は冷静さを失っているように見えたが、指示そのものは的確だった。

 おそらく、すべての元凶はカティアにある。

 広場から南の森へ。爆発の跡。動物の死骸。倒れた樹木。血痕。

 そして、痕跡を追うように辿り着いた島の南沿岸。虐殺死体に見紛うほどに襤褸切れとなって横たわるルール・カティアが発見された。

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