2.

「で、まんまと出し抜かれたわけだ」

 リミヤとアズキアの報告を受け、岡島は一言そう零した。

「まあ、はい。はい……」リミヤは沈んでいる。

「いや犬がいるとか聞いてねーし! 犬は結局なんも持ってなかったけど!」アズギアは不平を漏らしている。

「敵の戦力を探りながら戦うことも演習内容に含めている。互いに最低限の情報だけ与えられてのスタートだ。というかリミヤ、お前は犬がいるのは知ってたよな?」

「でも、相手がレックさんってのは知らなかったし……」

「一度アズキアは会敵しているな?」

「おれはもともとレックのおっさんとは初対面だし? それなりに容貌とか詳細はリミヤにも伝えたけど」

「“おっさんと愉快な仲間たち”ってだけじゃさすがにちょっと……」

「……反省点は多そうだな」岡島はため息をつく。「後日、二人とも報告書レポートを提出すること。以上だ」

 そうして、岡島は二人を執務室から下がらせた。

 アズキア・リーホヴィット。前騎士団長キズニア・リーホヴィットの娘というだけあり、確実に才能はある。事実、軍での魔術階級は獅士にまで登り詰めている。その固有魔術も非殺傷に敵を捕らえるという、軍よりは犯罪捜査に適したものである。そういうわけで、単純戦力に欠ける内部犯罪調査室としてはリミヤに比肩する有望な人材として彼女を引き抜いた、のだが――。

「不安だな」

 むしろ軍としては厄介払いだったのではないかという疑惑すら頭をもたげる。

 獅士(相当)2人と、兵士~衛士(相当)20人による模擬非対称戦演習。約三日間、草木が生い茂り隠れ場所も多く、それなりに広い無人島での追いかけっこ。前者が後者を捕らえきれない、あるいは後者が前者から逃げ延びる。そういった結果は十分にあり得た。だが、捕らえたにもかかわらず逃げられる。これは想定外だ。レックが上手くやった、ともいえるが――いずれにせよ、問題点を浮き彫りにしてこそ訓練の意義はあると楽観的に考えることもできる。

「レックにも話を聞いてみるか」


***


 レック小隊は引き続き訓練に勤しんでいた。

 軍の訓練場を借り、軍の教官の指導のもと彼らは駆け回る。〈銃〉を担ぎ、構え、撃つ。用意された人型の標的をすべて倒すと、次の地点まで走り、また同様に構えて撃つ。これを繰り返していた。それぞれの地点で標的への距離、標的の大きさや形も異なり、民間人と設定されているものは撃ってはならない。全力で駆け回り疲弊したなかで照準を定め、判断能力も維持する必要があった。また、途上では飛び越えなければならない障害物が設置されていることもある。単純な内容ながら量が多く、彼らの疲労は限界を迎えようとしていた。

 彼らはもともと海賊であり、小悪党に過ぎない。当然訓練など受けたことはなく、その実力は一部を除けば兵士相当、新兵に毛が生えた程度と推定された。

 軍の正式な訓練さえ受ければ、どんな兵士も1~2年ほどで衛士へ昇級できるとされている。ただ、それでは時間がかかりすぎるし、費用対効果もよくない。基本的な魔術戦能力はあるに越したことはないが、即戦力とするにはもっとよい方法があると岡島は判断した。

 それが〈銃〉の訓練だ。螺旋巻きでは以前から開発され、国によってはすでに軍で実戦採用され一定の成果を上げているが、皇国では近年ようやく実験的に一部採用されるに留まる。岡島は以前の事件で〈銃〉が有効に働いた事実を知り、元海賊を即戦力として鍛え上げるのに利用できないかと考えた。アズキアの引き抜きもそうだが、彼は内部犯罪調査室にも一定の「戦力」が必要だと感じていた。


「どうだ、訓練は」

 訓練を一通りこなし、休憩に入ってるレックに岡島は声をかけた。

「帰って寝たい」

 レックの態度はどうにもそっけなかった。無理もない。彼らは捕らえられた結果こうしているだけで、望んだ転職ではない。

「この仕事には慣れそうか?」

「性に合わねえ。俺はもともと海賊だぜ?」

「だが、演習には見事勝利したようじゃないか。正直な話、まさか勝つとは思わなかった。案外、お前は適職なのかもしれんぞ」

「嘘をつくのもつかれるのも、あの嬢ちゃんらよりは慣れてるかもな。それだけの話だ」

報告書レポートも読ませてもらった。そのうえで聞きたい。アズキアのことだ」

「あの威勢だけはいい嬢ちゃんか」

「彼女は使えそうか?」

「……それを俺に聞くのか? そうだな、書き忘れていたことがある。推測も混じってるが、あの嬢ちゃんは人を斬るのにずいぶん抵抗があるようだ」

「そう聞いている。軍でもそういった傾向がみられたそうだ。それであの固有魔術だと」

「あー、えーっと、言葉が足りなかった。たぶんだが、その剣でもできるだけ斬りたくないと思ってるな」

「ほう?」

「命令なら斬るが、斬らなくていいなら斬りたくないってとこか。俺を拘束したあと、ダメ押しで俺を斬っておけば完全に無力化できたはずだ。それをしなかった」

「情報を聞き出したかったんじゃないのか?」

「あいつはもう勝ったつもりでいたよ。それか油断してたのかもな。いや、油断してただけか。思い返すとわかんなくなってきた。このへんがまとまらなくて書くのをやめたんだったかな。とにかく、”拷問でもなんでもしようと思えばできる”、そんな感じの嘘はついていた」

 レックは固有魔術〈偽証看破〉を持つ。目の前で話している相手が「嘘をついているかどうか」を判別できる能力だ。リミヤもアズキアも演習中にその能力は知らなかった。ただ、対策は簡単で、レックを目隠しすればそれでよい。見えていない相手の嘘は見破れないからだ。

「もう一つ大きな問題がある。あの二人を組ませるときはどっちが指揮権を持つかはっきりさせておいた方がいいな」

「というと?」

「やつらからすればクルーガーが文書を持ってる可能性も十分にあった。あの場は一人がクルーガーの追跡に向かい、一人が見張りに残ればよかった。どっちも向っていった間抜けさは指揮官の不在が原因だと思うね」

「なるほど、よい指摘だ。やはりお前は向いているよ」

「おだてているのか? ま、やるだけやるさ。ところで、レイはどこだ?」

 レックの部下の一人で、遠視の魔術に長けている人物だ。

「彼はお前たちのなかでもそこそこ魔術能力の高い方だからな。遠視魔術が扱えるのは大きい。認識妨害を剥がす訓練などをさせている」

「なるほど。嘘はねえか。てっきり俺たちが逃げ出さないように人質にでもしてるのかと思ったが」

「そういう意図はあまりない」

「“あまり”ときたか。こうして部下も外へ出して訓練なぞさせてはいるが、俺たちが逃げ出す可能性は想定しているわけだ」

「……嘘の通用しない相手からの質問というのはなかなか厄介だな」岡島は少し考えてから続ける。「むろん、監視はしている。警戒はしているさ。完全に自由を認めているわけでもないしな。お前の固有魔術は極めて有能だ。手放したくはない。ただ、脅迫という形ではいずれ限界が来る。どこかで破綻してしまう。だからこそ、今後は信頼を培うという方向に切り替えたいと思っている」

「嘘はないようだが、あんたの言葉はどうにもいちいち胡散臭い」

「信頼を得るというのは難しいな」

「逃げ出しはしねえよ。リスクがでかすぎる。そのうえ、罪が不問になるってなら願ったりだ。だからあんたも、心配しなくていい」

「“あまり”ときたか」

「一つ心配事があるとすれば、だ。いいのか、犯罪者を仲間に加えて。今さらだがな」

「問題ない。我々は皇王陛下の命のもと組織されている。それに、元犯罪者を仲間に加えたのもはじめてでもないからな」

「は?」

 レックは一瞬言葉を疑ったが、嘘ではないのがわかった。そして、口には出さなかったが、それはそれで問題なのではと内心思った。


 ***


 情報機関〈風の噂〉内部犯罪調査室。

 岡島は会議室に構成員一同を集めさせ、前にはアズキアを立たせた。

「紹介しよう。新入りだ」

「あー、アズキア・リーホヴィットだ。軍での魔術階級は獅士、指揮階級は……まあ、大したことはねえ。固有魔術が軍よりはここのが向いてるってんで来たわけだが――ん?」

 アズキアはなにかに気づいて言葉を切る。

「んん?」視線の先には眉をしかめるレグナの姿があった。「アズキア……? おいおい、アズキアかよ」

「ウッソだろレグナじゃん!」

 二人は互いを指さしあって驚いていた。

「なんだ、知り合いか」岡島は尋ねる。

「はい。軍学校での同期です」レグナが答える。

「なんでお前ここにいんだよ」

「いろいろあったんだいろいろ」

「お前、〈空間接続〉とかいうめっちゃ使える固有魔術持ってるって軍で出世しまくってウハウハ生活してやるって息巻いてたろ。あれどうなったんだ」

「そのせいで“白”に命を狙われた。目立ちすぎたらしくてな。それを室長に助けてもらったんだ」

「あ? “白”? なんだそれなんかの隠語かわかるようにいえお前それかっこいいとか思ってんのか」

「隠語て。軍でもそう呼んでないか? 帝国シャピアロンの“白”だよ」

「知らねえ。なんだそりゃ」

「はあ」レグナは岡島の方を向く。「こういうやつなんですよ。不勉強で、サボり魔で。軍学校時代も、俺の固有魔術は痕跡が残るから“こっそり抜け出す”みたいなのは不向きだってのに何度いっても理解しなかった」

「んだよ! ホントはできんだろ!」

「……戦闘技能だけなら、まあ、かなりのものだと思いますよ。俺も演習では全然勝てな――いや、格闘演習以外ならそうでもなかったかな。なんでかな、協調性がないから?」

「お前ちげーだろ想定戦場が広くなると途端にお前の〈空間接続〉が強すぎんだよ」

 岡島はますます不安を覚えたが、ひとまずほかのメンバーにも自己紹介を促した。

「ディアスだ。このなかでは俺も比較的新人でね。得意分野は人からなにかを聞き出したり、こそこそ忍んだりだ。可愛らしいお嬢さんが仲間に加わって嬉しく思うよ」

「はあ? 可愛いだとなにいってんだおっさんおれは獅士だぞクソ強いからなわかってんのか」

「ふふ、本当に可愛らしい……」ディアスは小声で、感心したようにつぶやいた。

 ディアスはオールバックに黒髪をまとめた一見して端正な顔立ちの伊達男で、甘い微笑みを浮かべている。アズキアはその奥に得体のしれないものを見た気がした。喧嘩にでもなれば勝てるという自信が揺らぐことはなかったが、彼女は無意識に身震いしていた。

曠野あらのです。現場検証や鑑識とか、そういった役割ですね。よろしくお願いします」

 眼鏡をかけた、柔らかな物腰の、裏表のなさそうな男。一見して弱そうで、しかしそれが逆に強者オーラを感じさせないでもないが、まあ多分勝てるだろう。アズキアはそんなことを考えた。

「ヌフシャペラ。資料の分析とか整理とか、基本的には裏方だよ」

 今度も眼鏡をかけていたが、やや太り気味であまり目も合わせず、表情も不愛想で声も陰気っぽい。あ、こいつは童貞だとアズキアは察した。

「おっと、俺の番か。先の演習であろうことか獅士様に勝ってしまったレックだ。よろしく」

「てめえは知ってんだよ紹介いらねえよ黙ってろおっさん」

 皮肉たっぷりなレックにアズキアは牙を剥く。

「なに、アズキア負けたのか? レックに? あー、だいたい想像つくよ。ちょっとルールが複雑になると頭が追いつかないからな」

「ああ?!」

「先の演習で負けた方のリミヤです……よろしく……」

 沈み込んだ声で顔を伏せながらリミヤは告げる。

「あ、うん、リミヤも知ってる」

 弱々しい少女の姿を見て、さしものアズキアも牙を引っ込める。

「え、リミヤと二人で負けたのか? 室長、そのときの報告書レポートあります?」

「レックのは上がってるが、リミヤとアズキアのはまだだな。あとで共有しよう。仲間の能力は把握しておくべきだろう」

「楽しみだな。おい、アズキア。ちゃんと包み隠さず書けよ。恥の上塗りになるだけだからな」

「わーってるよくそ!」

「……適材適所ということもある。アズキアは我々に不足していた魔術戦力になるはずだ。さて、紹介は終わったな。解散だ」


 創死者の一件から三か月。特に大きな事件もなく通常業務を続けていたが、室長サルヴァドール岡島は第三皇子より相談があると呼び出しを受けることになる。

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