15.

「第四皇子から手紙が届いた。内容を今から読み上げる」

 それは、探索航海の範囲を絞り込むための重要な要因ともなった手紙だ。

 第四皇子が行方を眩ます前日に近衛隊に手渡され、一週間ほど経ったら内部犯罪調査室に届けるよう指示されていたらしい。手紙にはご丁寧に時限式の封印まで施されていた(もともと封印魔術の起源は手紙の機密性を高めるためだったとされている)。

 内容は皇子の真意。計画の概要。そして、潜伏するであろう島のおおよそな位置の推定。警戒すべき人物としてルール・カティアとドルチェが筆頭に挙げられていた。

 グロウネイシスとは協力関係にはあるものの必ずしも友好とはいいがたく、皇子も彼らについて完全に把握しているわけではない。ただ、皇子が知り得た情報はすべて記されてあった。その多くは、内部犯罪調査室の調査結果を裏づけるものだった。

「“事の始まりは霊峰アッタン魔術研究所での九ヵ国封印資料の発見。あるいは、ルール・カティアを名乗る男の接触。キールニールを引き上げ、九ヵ国封印を解除するという提案は馬鹿げたものに思えたが、当時から同じことを僕自身も考えていたのは事実だ。

 耐高圧深海潜水艇の開発は時間の問題だった。九ヵ国封印もすでに時代遅れのものとなっている。放っておけば人知れず引き上げられ、封印を解かれる可能性がある。そうなった場合でもキールニール自身の封印を解くことはできないだろうが、棺を引き上げられ別の場所へ隠されてしまうというだけでも大きな問題だ。なにか手を打つべきだと考えていた。

 仮にこれを議会に提案したらどうなるだろう? おおよそ想像がつく。彼らはキールニールのことを忘れようとしている。すでに九ヵ国封印の研究を禁じるという馬鹿馬鹿しい協定があるくらいだ。おそらくは、深海潜水艇の建造を禁止する方向で動くだろう。だが、アイゼル国内で禁止されても他国で製造すればいい。法で規制したところで技術的に製造できなくなるわけではない。どこかで秘密裏に建造されることを止められはしない。なにより、魔工技術の停滞に繋がる。

 だからこそ、いっそ引き上げてしまい、もはや海溝の底が安全な隠し場所でないことを知らしめる。そして、同時に九ヵ国封印も解いてしまい時代遅れであることを知らしめ、より強固な封印に更新させる。カティアは僕のそんな心中を察してか、その協力を申し出てきた。

 たった一人の「本物のグロウネイシス」などと名乗って!

 まさかそれが真実とは思わない。が、彼はおそるべき有能な魔術師だった。九ヵ国封印を解いてしまうにも、その魔術能力は僕自身にはなかった。彼ならそれができる。パズルのピースが嵌るような感覚だった。

 我々は秘密に結託し、僕はアッタンに九ヵ国封印の再現研究を指示し、レイティリス魔工にも深海潜水艇の開発を発注した。そして、カティアは計画のための人手を集め始めた”」

「あー、ちょっと待て。第四皇子ブエル殿下はそんなことのために、ここまで大掛かりなことをやらかしてるってことか?」口を挟むのはディアスだ。

「そうだ。いずれ破落戸ならずものによって引き上げられてしまう前に、自らの手で引き上げてしまおうということだな」

「待て待て、つはりは結局、その破落戸に引き上げられてしまってるってことにならないか?」

「そうではない、ということにするのが我々の仕事だ」

「あー、そう、なるほど……」

「そんなこと、とはいいますが」と曠野。「いずれは問題になることです。海溝の底に沈めてしまってもキールニールは問題なく復活する。それでも、いくらかの時間稼ぎは期待できる。せめてもの対抗策としてかつて人類はそうしたのでしょうが、キールニール復活のときを待たずして人類自身が彼を引き上げる術を手に入れてしまいかねない。そういう状況であれば、殿下の問題意識は支持できます。ただ、やはり独断でグロウネイシスを名乗るものと結託し、その計画を進行させていたという点に関しては私もさすがに支持しかねます」

「皇子の予想も半分くらいは当たってると思うよ」とヌフ。「“いずれ引き上げられてしまうくらいなら、いっそ自分たちで引き上げてしまおう”、そんな提案したところで、問題はアイゼル国内に留まるものじゃない。議論は長引き、紛糾し、5年や10年かかって結論は出ないかもしれない。その間に勝手にネオグロに引き上げられちゃったりなんてこともあるかもしれない。どうなるかはわからない。だから確実な方策として、論より証拠ってことで皇子自身が勝手に引き上げてしまう、というのは強引だけど理には適ってる。ま、半分は功名心なんじゃないかと思うけど。下手したら失脚どころじゃすまないし、ギャンブルだよね」

「そんなところだ」岡島が話を戻す。「我々の任務は要するに皇子の計画を支援することにある。この事件が皇子を失脚させアイゼルを国際非難の対象とするものになるか、外交の切り札となるかは事件の処理と皇子の手腕によるだろう」

「俺からもいいか?」挙手したのはレックだ。「俺はこの組織を、皇子とかそういう権力者で、手の出しづらい立場にある人物の犯罪を摘発する正義の組織だと思っていたんだが、やることは皇子のやんちゃの尻拭い。それでいいのか?」

「そうそう! それだよなんかおかしいと思ってたんだよ!」便乗するのは後ろで同様に怪訝な顔をしていたアズキアだ。隣でリミヤは微妙な顔をしている。

「そうだな。ただ、前者についてはいくらか訂正が必要になる。第四皇子の行動は、実害はないものの間違いなく法に抵触する犯罪行為だ。キールニールの棺を引き上げたなどと世間に知られたら社会混乱も招くだろう。我々の理念は、お前の言ったとおり他の組織では摘発の難しい内部犯罪に対抗するための組織だ。だが現実は、皇王陛下の命によって動く超法規的捜査機関、それが我々だ。法とはなにか、正義とはなにか、などと講釈したところでお前は別に興味もないだろうから簡単にいう。皇王陛下の命は“皇子による不祥事を起こさないこと”、起こってしまった不祥事を摘発することではない。この命を厳守することが我々の一線なのだ」

「わかったよ。俺たちはつまり皇王の犬ってこったな」

 岡島はため息をつき、声を低める。

「……俺自身の本音をいわせてもらえば、“面倒ごとを押しつけやがって、クソ皇子”だ」

「ひゅー」眉をしかめていたレックも思わず頬が緩む。

「聞かなかったことにします」と曠野は顔を伏せる。

「殿下の主張はわかる。わかる、が、勝手に巻き込まれたこちらとしてはたまったものじゃない。こうして手紙をよこしてくれるぶんだけ、まだマシではあるがな。ただ、不本意でも仕事はせねばならん。仕事を完璧にこなせばこそ、皇子に対し不敬を働き文句の一つでも皮肉を添えてぶつけるチャンスも訪れよう。その機を得るための仕事だ。厄介極まりないが、心して掛かれ!」


 ***


 船酔いから回復したリミヤが最初にせねばならなかったのは、魔獣〈伝書鳩〉の召喚である。

 その名の通り鳩の姿をした魔獣であり、脚に手紙を括りつけて特定の場所あるいは特定の人物に向けて飛ばすことで長距離通信手段として利用される。場所と人物の両方が指定できれば、鳩はより正確に飛んでいく。

 目指す先は二方。北方海域で同様の探索航海を続けている曠野とディアス、そしてトゥーバ島基地に駐在しているサルヴァドール岡島である。鳩の速度であれば半日もあれば辿り着くはずだ。


「島の大きさは約1km四方。中心には森があり、その内部は不明。南の入り江には船が停泊。外周には8つの術式塔が確認された。高さは約4m、なかには人影も見えたそうだ。魔術障壁を形成しているものだろう」

 レイの報告をレックはそのようにまとめた。船員は甲板に集まってその話を聞く。

「対侵入障壁は? あれがあったらだいぶまずいと思うんだが」とアズキア。

「なさそうだ。近づいて確認したところ、魔術障壁が三重。それが島全体を覆っている。対侵入障壁に回すほどのリソースはなかったのだろう」

「三重って。そこまでしないとダメなのかよ」

「実際には、さらに棺だけを覆う形での小規模な魔術障壁も合わせて四重か五重か……。ともかく、魔力波を均等に拡散させるため棺は島の中央に配置するはずだ、とのことだ」

「つまり森のなかってことだな」

「そうなる。まとめよう。こちらの作戦目標は三つ。キールニールの棺の確保。グロウネイシスの制圧。そして、第四皇子の保護だ。警戒すべきは空間転移によって逃走されること。ただ、これは魔術障壁があるかぎり防げる。転移先とタイミングを合わせる必要もあり、空間転移による逃走は困難であり可能性としては低いが、その用意がないとは言い切れない。よって、作戦行動としては二手に分かれる。というよりは、リミヤとアズキアには別行動をとってもらうといった方がわかりやすいな。二人は森の中央を目指し棺を確保。解除術式や転移術式があれば破壊し、制圧してくれ。残る我々は術式塔を制圧し、魔術障壁を維持することで空間転移による逃走を防ぐ」

「術式塔って8つあるんじゃなかったけ?」船酔いから復帰しつつあるリミヤが口を挟む。

「敵は多く見積もって約100人。さらに重士相当、獅士相当の戦力まで存在する。対して、リミヤとアズキアの二人を除けば、こちらは〈銃〉で武装したせいぜい衛士相当が数人いる程度の20人による小隊だ。8つの術式塔を同時に制圧するのが理想ではあるが、そこまで戦力を分散させることはできない。一つずつ確実に制圧していく。最低でも3つの術式塔を保持できれば魔術障壁は維持される。もともとが三重もの障壁だ、逆にいえば解除も容易じゃない」

「ま、要するにおれたちが棺を確保しちまえばそれで終わりなわけだろ」

「ああ。だが、森の内部がどうなっているかはわからん。罠や防御網、警備も厚いはずだ」

「だよな。たしかやべーやつもいんだよな……ドルチェだっけ。話はいろいろ聞いてっけど」

「ビビってるのか?」

「んあっ?! ……そうだよわるいかビビってるよ!」

「お、おう。そうか」

 思わぬ肯定にレックはたじろぐ。

「大丈夫だってアズさん! 二人ならいけるって! あのサヴァムさんにも勝てたんだし」

「一回だけな。しかもおれぶっ倒れてたし」

「ま、敵が約100人っても全員が戦闘員ってわけじゃない。多くは術式塔の維持管理、封印解除のための数合わせ、あるいは炊事・洗濯やら生活基盤を支えるものとか、そんなんだ。なにせやつら最短でも18週間はあの島でやっていくつもりらしいからな」

「そのことですが」帆柱の上から偵察を担当していたレイが下りてくる。「見たところ、外周には生活感がありません。食糧庫とか、水ですね。術式塔の横に天幕も見えますが、100人近く暮らしてるってなら数が少なすぎます。つまり、あるとしたらすべて森のなかってことですね。となると、彼らは森と外で頻繁に行き来することになります。さっき船長がいってた“罠があるかもしれない”って話ですが、そんなわけでそこまで警戒しなくてもよいかもしれません」

「なるほど。下手に罠を仕掛けては自分たちの生活が不便になるからな」

「それからもう一つ、重大な報告が」

「なんだ」

「旗が見えました。皇国旗です。島の北東にある岬に小屋が建っています」

「――皇子か!」それは、任務にとって重大な目標の一つである。「ならば、皇子の保護を担当する部隊も必要になるな。というより、彼ら自身が大きな戦力になる。やむを得ん、部隊をさらに二つに分ける。俺は皇子のもとへ向かう。レイ、もう一つの部隊はお前が率いろ」

「了解」

「船長! なんかややこしいこといってますけど、つまりは船じゃなくて島を襲うってこってすよね。だったらいつもと同じじゃないですか?」部下の一人、ジェストが軽口を叩く。

「そうだな。簡単なことだ。やつらが寝ぼけ眼のうちに、規律正しく迅速に、奪って殺しておしまいだ。ただし島だ、船とは違う。迷子にならねえよう気をつけろ!」

 船長の口上に船員は雄叫びで応え、士気を昂らせる。

 一方、「あー、そういえばこの人たち海賊だった」と、リミヤとアズキアはドン引きしていた。

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