4.
「ところで、〈17人の英雄〉というのは?」
質問を投げかけるのは若い男性だ。
「彼らについてはあまりに詳しい史料が残っておらず……もっとも、凪ノ時代以前はだいたいそうなのですが」多数の資料が並べられた机の向かいで質問に答えるのは、学者風の中年男性だ。「名前がわかっている、というだけで7~8人程度です。つまり、本当に17人なのかどうか、それすらも不明ということです」
「では、わかっている範囲でお願いします」
「そうですね。まず、彼らが英雄と呼ばれる所以。これは、術現時代において世を騒がせた巨悪――〈魔導師〉ドルカを斃したからです。彼らはドルカを斃すため国を超えて集った英雄です。ヴィザー・ジェヴレン、ミハイル、マンフレッド・アイゼル……。ただ、そのために代償も負った。ドルカは神獣エルを従えて世を統べようとしていました。〈17人の英雄〉によってその企みは阻止されましたが、その戦いの結果、彼らは神獣の血を浴び不死の呪いを受けます。また、神獣エルが現在のように荒れ狂う災害と化したのも、この戦いがきっかけだとされています」
「不死の呪い? つまり、彼らは現在も生きている、と?」
「いえ。どちらかといえば子を成せない呪いというべきでしょうか。高い不死性も付随しましたが、完全な不死というわけではない。彼らはドルカを斃したあとも生き続け、各々の人生を歩み、各地でさまざまに影響を残しています。それから数百年の月日が経ち、凪ノ時代――キールニールというドルカをはるかに上回る厄災の出現に、彼らはもう一度集結します。そして、敗れたのです」
「なるほど。あ、話は変わりますが、つまりあの創死者デュメジルもまた、その不死の呪いを受けた一人ということになるでしょうか」
「デュメジルは……違いますね。彼は血を浴びなかったそうです。彼はもともとはドルカの弟子でしたが、ドルカを裏切り、後ろから刺した形になります。そういうわけで、彼が〈17人の英雄〉のうちに数えられるかどうかは微妙なところです。少なくとも、彼自身はそう考えてはいなかったようですね。とはいえ、〈17人の英雄〉と深く関わっていたのは間違いありません。対キールニールの招集には彼も応じています」
「では、彼の持つ不死性は神獣の血とは無関係な独自に獲得されたものということですか?」
「そうなります。着想としては神獣の呪いにあり、その身に血を浴びることのなかった彼は、逆に彼らの呪いを羨んだ。もとより不死への憧れは強かったようです。その後、彼は独自に不死の研究へ進め、やがて〈塔〉へと至ります。そう、彼は〈塔〉へ至った魔術師なのです。彼の不死性も、彼の計画の大部分も、その先にある無限図書館で得た知識によります」
「〈塔〉、ですか。伝説の類だと思っていましたが」
「ここまではっきりとした記述は彼の日記がはじめてですね。偶然か必然か、〈塔〉へ至る魔術師は俗世から離れた隠匿の魔術師が多い。おそらく、“一人である”ことは最低限の条件だと思われます」
「〈塔〉――実に興味深い。〈塔〉へ至るか、あるいは〈塔〉へ至ったものの協力。来るキールニールへの備えとして、いずれかが欲しいところです。さて、話を戻します。〈17人の英雄〉ですが――」
先客がいたため、岡島は部屋の外の廊下で立ち聞きしながら、話が終わるのを待っていた。
「キース。さっきの客人は……
先客が去ったあと、岡島はキースに軽口を叩く。
「階級章が見えてなかったのか? 参謀部だよ。私もできるならそうしたいが、これでも軍属でね。デュメジルの日記に要約と注釈をつける作業をしてたのは合ってる。日記の内容に興味を示すお偉方も多いが、量があまりにも膨大すぎるからな」
「キールニール対策としての情報収集と整理か」
「そういうことだ。600年後という気の遠くなる話ではあるが、どんな些細なものでも情報を蓄積しておくに越したことはない、とのことだ。彼は若いが、真面目で勉強熱心で私の話を素直によく聞いてくれる。お前と違ってね」
「おっと、待て。違う」言葉のとげが刺さるのを感じた岡島は慌てて訂正する。
「なにが違う? また遺物を借りに来たんじゃないのか? こっちはつい三か月前にお前のために骨を折ったばかりなんだが」
「遺物ではない。ただ、話を聞きに来た」
岡島はそういい、似顔絵を取り出す。
「なんだ? 知らない顔だが……ん? いや待て。その飾りは……」
キースが注視したのは「兄」の形にも似た首飾りのスケッチだ。
「知っていたか。まさかとは思うが、グロウネイシスじゃないだろうな」
「そのまさかだ。なぜ知っている? 私も8年前の遺跡調査でたまたま目にした、くらいのものだぞ。そうか、それは首飾りだったのか」
「詳しく頼む。紋様は知っていたが、首飾りだとは知らなかった?」
「そうだな。紐まで残ってたわけじゃない。グロウネイシスの教会と思われる遺跡にその飾りを見つけたことがある。もちろん軍の調査だ。その現物も遺物として
「飾りの部分だけ見つかったとのことだが、なにか魔術的な痕跡はあったか?」
「ないな。術式の形跡もなかった。おそらく、この形そのものに意味があるのだろう。だが……、それを身につけていた人間がいたのか?」
「ああ。だが、どこで見たかまではいえない」
「いつなら言える?」
「ことがすべて済んだら、だな」
「そのときになれば詳しく教えてくれ。彼らがどうやってこの紋様を知ったのか実に興味深い」
「お前の知るかぎりだと、この紋様を知るものは軍にしかいないわけだな?」
「そういうことになる。それ以外に考えられる可能性としては、軍が発見するより先に遺跡に侵入し紋様を発見した、といったあたりになるだろう。軍の内通者を想定するよりはありそうな話だ」
「本物のグロウネイシスということはないか」
「本物? 凪ノ時代からひっそりと生き延びていたということか?」
「さっきも不死の呪いとやらで盛り上がっていたようじゃないか」
「グロウネイシスは狂人の集まりだ。それゆえに優れた魔術師も多かった。だが、不死者までいたかは定かじゃないな」
「死んだということになっているなら記録には残らない」
「偽装死か。軍の追跡すら振り切れるほどの」
「もしそうだとしたら大事になりそうだな。何百年も息を潜めていたにもかかわらず、今こうして姿を現し活動している。機が熟したということだろう。そのうえ、彼らは九ヵ国封印に興味を示している節がある」
「グロウネイシスが九ヵ国封印に、か」
「ああ。そこから連想されるのはただ一つ。彼らはキールニールの封印を解こうとしているのかもしれない」
***
鬱蒼とした森のなかを、黒ずくめの集団が列をなして進んでいく。90人ほどの集団だ。
先頭には長身の男と女がいた。男は長い白髪を後ろに束ねたものを揺らし、女は短い黒髪はひょこひょことついて歩く。そして、その全員が共通した首飾りを身に着けていた。「兄」の形にも似た、錨のような飾りだ。
ただ、先頭集団には2人ほど例外がいる。
第四皇子ブエル・ブランケイスト・アイゼルとその護衛ロイ・イヴァナズだ。その服装も、立ち振る舞いも、集団からは浮いて見えた。特に、皇子の流れるように美しい金髪は場違いのように輝いていた。
彼らがしばらく歩くと、森を抜け、開けた場所に出た。88名の集団が腰を落ち着けて十分ゆとりのある空間だ。広場の中心には神殿を模したかの、屋根のない石造りの建造物が見えた。鍾柱の配置から、それが魔術的な装置であることが伺えた。奥には木造の小屋も見えたが、そんなものよりも彼らは二体の巨大な影に目を奪われていた。
身長4mほどの巨人。それでいて、直立した状態で地に着くほど長く太い腕が伸びている。首はなく、首のあるべき位置には目のような窪みが二つ見える。動きは鈍く、知性も感じさせない。ブエルはこれが人型の魔獣であるとすぐに気づいた。
「まずは資材の搬送だ。空間転移の術式を描く」
腰に刀を提げた長身の男が口を開く。名をルール・カティア。その振る舞いから、彼が集団の指導者であることは明白だった。
彼は宣言通りに石造の建造物に術式を描き、空間転移を発動させる。半径10mほどのかなり大きい術式だ。あらかじめ転移元で用意させていた資材――野営用の柱、布地、寝具、食糧、予備の鍾柱に大量のラグトル鉱片が運び込まれた。
それを受け、二体の巨人は野営地の設営を始める。人間の身長よりやや低い長さの柱を地に突き刺し、固定する。柱は二本ずつ一列に並べられ、柱に刻まれた術式を起動すると、頂点よりその隣の柱へ生き物のように紐が伸びる。そして、渡された紐を覆うように幕が形成された。
「いやはや面白い。これで屋根になるのか」
「モルディナの遊牧民族に伝わる
ゆえに、船から降ろしたものと合わせて保存食糧は約3t。並行して食糧庫に運び込み整理していく。
二体の巨人は
皇子は物珍しそうに、天幕の手触りから素材を確かめる。魔術的に形成された布地であり、頑丈で撥水性の高さがわかる。雨風を凌ぐには申し分ないだろう。また、これだけの設備をただ一人で用意したカティアという男の魔術師としての能力の高さも窺い知れた。先の空間転移もそうだし、二体の巨人もかなり高度な魔獣に違いないが、それを誇るような素振りもない。
「さて、ここはもともと俺の魔術工房ではあるが、放置して久しい。障壁も破れかかっているはずだ。それぞれ分担して修繕に向かってくれ」
カティアは部下に指示し、それぞれ障壁形成の基点へと向かわせた。
その一連の作業のなかで、一際退屈そうにしているものがいた。カティアと同じく先頭を歩いていた女だ。
「ねえ、カティアさん。もういいでしょう。私、はやく会いたいんですよ」
カティアは少し考える。いずれも時間のかかる作業であり、同時に並行することもできる。
「わかった。手の空いているものと、ブエル殿下。ドルチェと共に彼の回収作業へ向かってくれ」
「やったー」
それを聞き、ドルチェと呼ばれた女は嬉々としてもと来た道を戻っていく。ブエルとロイ、それから数名の部下がそれについていく。
こうして
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